94.コンテスト会場に到着して、はしゃぎ回る
「うっひゃほ~い!いいねぇ!アタイ、こういう空気が大好物だよ!」
楓華は自然豊かな緑の大地へ降り立つなり、まだ全貌が分からない状況下で舞い上がっていた。
そんな彼女の様子を提督の爺さんは甲板から見下ろし、まるでヤンチャな孫を見守る眼差しで呟いた。
「まだ停船場なのに元気なガキだな。ここ辺り一帯は、どれだけ見渡しても宇宙船ばかりだろうが」
提督の言う通り、周囲は大小様々な宇宙船で埋め尽くされていた。
その数えきれない隻数は大群と呼んで差し支えないほどであり、それ相応の稼働音が猛々しく鳴り響いている。
そのせいで耳鳴りに悩まされそうなくらい騒々しいのだが、それでも楓華のテンションは天井知らずに上昇し続けていた。
なにせ乗り物の数に合わせて、多種多様の種族がお祭り気分で喋りながら闊歩している。
どのグループもお嫁さんコンテストが目的だろう。
だから楓華は見知らぬグループが楽しそうにしている気配に当てられて、より明るい笑顔を浮かべながら甲板の方へ手を振った。
「ほらぁ!みんなも来なって!何があるか急いでチェックしないとな!早くしないと時間が足りなくなるぞ~!」
誘う口ぶりの割に、楓華はワクワク感が抑えきれず1人で駆け出そうとしてしまう。
そんな既に背を向けている彼女に慌ててくれるのはミルだけであり、末っ子の少女は急いで宇宙戦艦から飛び下りた。
「待ってフウカお姉様!ミルも行く!お嫁さんだから同伴させて!」
「よし、ミルちゃん!このアタイに付いて来な!会場を冒険……いいや、超デートだ!」
「超デート!?やった~!ミル、超デート大好き!」
2人は普段よりIQが一段と低下している会話を繰り広げながら、他のグループが向かっている先へ走り出してしまう。
根拠無しに期待を抱き、楽しい事だけ考えて走り去る2人。
その行動は完全に幼い子供と同一であり、提督の爺さんは小さな不安と心配すら覚える始末だ。
ただ取り残された側である長女と次女は全く気にしておらず、もはや慣れた状況と言わんばかりに平常心で喋った。
「行ってしまったわね。それじゃあヒバナ、私達も行きましょうか。ゆっくりとマイペースに、体力を温存しながらね」
「はい。モモ氏も某達と行きますよね?」
ヒバナはモモに問いかけながら振り返る。
するとモモは全く別の方向を真剣な眼差しで眺めており、浮かれた様子が微塵も感じられなかった。
それどころか考え事に集中しているらしく、一切言葉が耳に入っていない。
「あの……モモ氏?」
再度ヒバナが呼び掛けると、鬼娘はハッと我に返った反応で視線を合わせる。
そして何気ない素振りを繕うようにして、珍しく愛想笑いで応えた。
「あぁはい。ヒバナ師匠。会場へ行くのですよね?もちろん私も行きますよ」
「えっと、大丈夫ですか?もし船酔いや惑星の環境で気分が優れないのなら、ここで休んでも良いんですよ」
「お気遣いありがとうございます。でも、私は大丈夫ですよ。ふと懐かしい気配を感じただけですから。それよりフウカさんとミル師匠はどちらへ?」
「2人は先へ行きました。いつも通りと言えば、いつも通りですね」
「良くも悪くも子どもっぽいですね~。きっと人混みを気にせず、当然のように全力疾走して行ったのでしょう」
どうやらモモは楓華の行動までは気が付いていなかったらしいだが、それでも即座に分かりきった口調で言い当ててみせた。
それだけ楓華達のロジックが読みやすいと共に、モモが2人を理解している証拠だ。
そうして提督を除いたモモ達3人が遅れて下船する一方、当の楓華は一足先にイベント会場へ到着していた。
「うっわ、見てミルちゃん!結婚式会場みたいなのある!あっちには新郎新婦の服!ウェディングドレス綺麗だな~!こういうのアタイも着てみたいなぁ~」
会場には様々な形式でブースが用意されており、楓華は屋外展示の服を見かけた途端に大騒ぎしていた。
同じくミルもハイテンション状態になっていて、負けず劣らずの勢いで応える。
「フウカお姉様!あそこにお城!すっごく大きくてカワイイお城があるよ!夜にはバルコニーで星空を眺めたいね!」
「マジだ!ここって何でもあるな~!このメルヘンチックな雰囲気と言い、テーマパークじゃん!」
楓華とミルは能天気になり過ぎているせいで、とにかく目についたモノを片っ端から話題にして楽しんでいた。
事実、ここの会場は最高クラスのテーマパークと遜色ない。
可愛らしい着ぐるみ姿のキャストがゲストと記念撮影しているし、陽気な音楽や面白おかしい仕掛けが至るところで作動している。
正直、このままコンテストの事を忘れて1日中遊び歩きたいくらいだ。
それほど遊び心がくすぐられる最中、楓華はとある知人に声をかけられる。
「ックフ。ご無沙汰しております。フウカ様」
「おぉー、マジか。連絡はしたけど、まさか本当に来てくれるなんてね」
楓華が親しそうに反応するのに対し、ミルは少しだけ怯えたように身を萎縮させる。
こうしてミルが過剰に驚いてしまうのは致し方ない話であって、唐突に挨拶してきたのは女性傭兵のクロスだ。
ミルは彼女と殺し合い同然の手合わせで大変な目に遭っているため、つい本能的に警戒してしまう。
一方クロスはいつもと変わらない赤い軍服姿と長い銀髪であり、威風堂々とした様で刀の鞘を腰に差している。
それでいて柔らかい表情と丁寧な物腰を欠かさないあたり、絶対的な強者に相応しい風格が滲み出ていた。
ただし今の彼女は金髪幼女のリールを肩車しているため、どこか威圧感に欠けていた。




