92.やる気は十分?それぞれ目的を持ってお嫁さんコンテストを
楓華が見せてきた紙は、本物の案内状だ。
それによりヴィムは戸惑い、酷く困り果てながら問いかけた。
「フウカちゃん。ちょっと、これ……もう。いえ、その……一体全体どういう事よ?」
「ちなみに武術大会じゃなくて『宇宙最高のお嫁さんコンテスト』ね」
「まだ何一つ理解できてないのに、早々と意味不明な情報を追加しないでちょうだい。いくら私でも反応に困るわ」
ヴィムは冷静に訴えかけるが、実際はあまりの疑問と情報量に思考停止している。
そんな彼女に代わり、ヒバナが話を整理しようとした。
「と、とりあえず某達は大会……コンテスト?に出るわけですよね。それも明日の朝。そのフウカ氏、とにかく順を追って話してくれませんか?」
「そうだね。まず事の始まりは、傭兵のクロスから大会関係のチラシを大量に貰ったんだよ。まだその時は、どういう大会があるのかアタイには分からなかったからね」
「は、はい」
「そして面白そうな見出しが目に留まったワケだ。『アナタはお嫁さんだ!さぁ今こそ嫁の宇宙最高を決めよう!』って」
「薄っぺらい見出しの上に、怪しい翻訳みたいな一文ですね……」
「で、優勝賞品は宇宙旅行だったから、ちょうどいいなーっと思って申し込んだってワケ。ちなみに競技内容は全くもって不明!」
結局、楓華の説明は納得を得られるものでは無かった。
おそらく深く考えずに思い立ち、『楽しそうだから申し込んだ』というのが全てなのだろう。
そんな浅い思考を全員が察する中、モモは少し遅れて指摘した。
「ちょっと待って下さい。どうして私も参加することになっているのですか?これはお嫁さんコンテストで、道場とは無関係でしょう」
「そだね。でも、1人だけ仲間外れにしたら可哀想でしょ」
「あぁ…………そうですか。理屈を求めた私が間違いでした。要らないお節介と的外れな返答をありがとうございます」
モモは忙しい身なので、堪らず最大限の嫌味を口にした。
しかし、楓華は彼女から刺々しく言われることが頻繁にあるため、いつものツンデレだと捉えて攻撃的な言葉を鮮やかに捌く。
「いえいえ。ちなみに実際の優勝商品はペア旅行券になるから、家族旅行に使うのも有りだろうね。つまりモモちゃんなら、自分のお姉ちゃんと一緒に行く…」
「申し込んでくれてありがとうございます!さすが私の妹弟子!最高の気遣いに感謝します!こんな素晴らしい同門が居るなんて、この武道に入門して心底良かったです!っしゃあ!俄然やる気が湧いて来ましたよぉ!」
モモは態度を急変させて、前のめりでテーブルを動かしてしまうほどの勢いで言いきった。
誕生日プレゼントを入手するために別大陸へ行ったのもそうだが、モモの行動原理の大半が姉準拠なのだろう。
合わせて、楓華もすっかり彼女の扱いが上手くなったものだと周りが思う一方、ヴィムは別のことが気になって問いかけた。
「それにしても、これってお嫁さんであるという前提条件があるわよね?ヒバナちゃんとミルも怪しいラインではあるけれど、モモちゃんと私に限っては絶対に当てはまらないはずよ」
「あっははは~!ヴィム姉は唐突に面白いことを言うね~!いずれお嫁さんになることは変わりないワケだから、参加する分には問題無いっしょ!」
「何でもありね。その理論が運営に通じるのかしら」
「大丈夫でしょ。それにアタイは、これまでの経験で学んだからね。この世界では誰も細かいことを気にせず生きているって!そもそも既に出場メンバーとして登録されるから良し!」
「それはその通りね。ただ、私自身は参加表明した覚えが無いけれども」
やはり勝手に決められたという点が気になるのか、ヴィムの口からチクりとした言葉が出てくる。
彼女は喫茶店を大事にしているから、急用で店を空けることに抵抗があるのだろう。
思い入れある方を重要視するのは、あまりにも当然のロジックだ。
まして代理人も居ない。
そんな気が進まない姉に対し、ふと我に返ったミルがどこか冷めた物言いで喋った。
「別にヴィムお姉ちゃんは欠場しても良いんじゃないかな」
「あら、私のことを気遣ってくれているのかしら」
「それもあるけど、正直この中で一番お嫁さんに相応しい人物は誰かって言ったら、ミルは迷わずヴィムお姉ちゃんって答えるよ」
それこそ言われてみればの話だった。
家事、仕事、思慮深さ、愛嬌、信頼性、長女に相応しい器量と周りの世話ができるほどの生活力。
誰よりも理想のお嫁さん像に近しいと共に、分かりやすく適性が高い。
よってミルが長女に欠場を勧めたのは、最強のライバルを排除するためだ。
これを知ったヴィムは謎の闘争心を燃やし、せっかくのチャンスを棒に振るべきでは無いと考えを改める。
「なるほど。つまり勝負は既に始まっている訳ね。私的には、勝手に用事を決められた事より見逃せる話じゃないわ。棄権はしない。それに旅行券なら、友達相手にも使えるわ」
「あっれぇー。ミル、もしかしてヴィムお姉ちゃんの心に火を点けちゃった?」
「あらら、とぼけるなんて。私を焚きつけたのは意図的でしょう?」
「さすがヴィムお姉ちゃん。まぁミルからすれば、最強のライバルと戦わずして宇宙最高の嫁だと語るなんて滑稽だから。ミルは真正面から全ての強者を倒し、自他共に最高のお嫁さんだと認められたいかな」
まさしく武道を修める者に相応しい、芯が強い考え方だ。
同時に自信に満ち溢れている証拠であり、2人の立派な姿勢にヒバナは気後れする。
「某も出場しますけど、勝てる気がしませんね……。総合的な実力ならヴィムお姉ちゃん、心意気ならミル。技術面ではモモ氏が優れています。そして3人ともやる気が充分。某が勝る要素がありません……」
確かに一見するとヒバナが勝てそうな要素は無く、特別に秀でているところも見当たらないのかもしれない。
そんな彼女のネガティブオーラに楓華は気が付き、肩を叩いて励ました。
「ヒバナちゃんは奥手なだけで愛情が強いじゃないか!その愛情を受けているアタイが保証するよ!」
「ふ、フウカ氏……。そう、ですよね!愛情なら負けません!コンテストの競技内容次第でもあるでしょうから、某も諦めず頑張ります!」
「その意気だ!まっ、アタイも出場するから優勝は譲らないぜ!」
「あぅ……。早くも忘れかけていました……。ここに最強最大のラスボスがいることを……うぅ~」
ヒバナはすぐに弱気になってしまい、楓華に堂々と勝利宣言されただけで顔は強張って腰まで引けていた。
しかし、いつものように畏怖ばかりしていられないとヒバナは自身を鼓舞し、グッと拳に力を入れた。
「で、でも勝てば、みんなに認められるって事になりますよね。それに花嫁修業の課題が分かるかもしれないですし、優勝した暁には誰も文句は言えなくなる。だから、が……頑張るぞぉ~」
まだ畏怖する気持ちが拭いきれないせいで弱々しい奮起になっている。
だが、優勝を捨てるつもりは無いという決心には繋がっていた。
そしてヒバナに限らず、誰もが全員に勝つつもりだ。
これにより彼女達5人はお互いに競い合う対戦相手となり、急遽ながらも本気で優勝を目指すのだった。