85.底知れない力に敵は絶望して屈服する
魔術師コピーは廃墟だらけ空間へ舞い降り、気取った態度で楓華に語り掛けた。
「この廃墟世界は、とある人物の記憶を参考に構築して再現したモノだ」
「なんだ、あのまま逃げたワケじゃなかったのか。それで?」
「僕は唯一無二の世界を創造したい。そして、そのためには多くの記憶が必要なんだ。生物、物質、概念、なんでもいい。それら数多の存在を集め、魔法を越えた新しい概念を生み出すことで僕は新たなステージへ……」
「アンタなりに努力しているんだな。それじゃあ、他人に迷惑をかけないで頑張りな」
楓華は最後まで話を聞かず、コピーへ鋭く飛び掛かった。
だが、相手は彼女の動きを完璧に予測していた。
それにより優雅にして軽やかな手捌きのみで楓華の突撃を受けきり、緩やかに受け流した。
「おっと?」
これまでコピーが魔法一筋で戦闘していただけに、いきなり流麗な動作で接近技を対処されるのは予想外だ。
だから楓華は不意を突かれた思いで驚きつつ、流された勢いのまま近くのビルへ飛び移った。
その間も相手は彼女の動きを目で追っており、如何に実力が向上しているのか僅かな動作のみで分かる。
「残念だが、この空間において僕は全知全能の神と同格だと教えてあげただろう。その気になれば、君の能力に対応するのは造作も無い」
「はぁ~、面倒だね。どうせ設定や概念だとか、条件や能力だとか、そういう厄介な話だろ。ったく、こうして対決すると高位存在同士で争わない理由がよく分かるよ。余計な手間ばかり掛かる」
「それは君の限界値が低いだけだ。その時計を媒体に力を上げているということは、ブースト状態とやらも24の数値が限界だろ」
「24?あぁ……、さっき言っていた仮説ってやつね。推測を立てるのは勝手だけど、もしその通りだとしたら?」
「僕の方が圧倒的に格上だ」
よほどコピーは自分が絶対的な強者だと信じて疑わないようで、愉悦混じりの表情で自信満々に言いきる。
実際、彼が身に宿している魔力は銀河をあっさり滅ぼせるレベルだろう。
対して楓華は一切臆していない。
むしろ普段と変わらない態度、更に何気ない立ち振る舞いで答えた。
「生意気なのは嫌いじゃないよ。だけど、そこまで言うならアタイの実力を試してみようじゃないか。ブースト・M」
「はいっ?」
コピーが間抜けた顔で自分の耳を疑ったとき、既に異空間そのものが半壊していた。
天地は逆さとなり、彼が想定していない異常現象が世界を覆う。
もはや楓華によって加えられた力が理解を越えているせいで、自分の世界でありながら制御不能へ陥っていた。
それでもコピーは必死に飛び回りながら全方位へ攻撃魔法を放っていたが、何もかもが手遅れで失敗だ。
彼の肉体には深刻なダメージが積み重なり、嗚咽が止まらない。
「げふっ!ぐぎぅ~……!」
「まだアタイの限界じゃないよ。ブースト・MM」
「ひぃ!?やめっ……かはっ、ぐげゃ……!!」
振り回される呻き声は、カエルの鳴き声と同じだった。
ここで不運なのは楓華の戦闘スタイルが変わらないことだ。
だから何が起きているのか一切不明でも、全ての現象は格闘によるものという事実は揺らぎ無い。
そしてコピーの心は深い後悔の念で押し潰されていた。
楓華の実力を見誤ったまま敵対したことが失敗の原因だが、そもそも彼女に関わったことが一番の間違い。
自分が絶対に優位だと思い込んでいただけに、この落差は酷い屈辱だ。
また、あらゆる魔法術が殴打一発で薙ぎ払われている以上、まったく新しい次の手を考えなければいけない。
とはいえ、もう彼の思考はまともに機能してないだろう。
とにかく彼女から一刻も早く逃れたい。
逃れることが最大の解決策になる。
ただ残念ながらコピーの理屈は既に通じず、瞬間転移している最中に捕縛されてしまう始末だった。
「にげっ……!いや、これは、しかし、なぜ、どうしてだ!!?」
混乱と諦め、更にどうしようもない負の感情が彼の気力を削ぐ。
このままでは、これまで積み上げてきたモノ全部が破壊されると予感していた。
プライド、尊厳、培った力と知恵、費やした研究時間、あらゆる努力……どれも無意味になってしまうことに彼は深い絶望を味わった。
「は、ははは………。なんだこれは。なんだこれはなんだこれは……?」
彼は自分の魔法が全知全能の神へ達しても、平凡に暮らす若い女性1人の足元にも及ばない事実が一番心苦しかった。
これでは雑草レベルが偉そうにしていたのと同じ。
それを悟ってしまった魔術師コピーは敗北を認めるのみならず、全てが無駄だったと認識してしまう。
「ブースト・MMM……って、うわわわ!?やっば、やり過ぎた!」
楓華が慌てて攻撃を止めてしまうほど、コピーは回復できず全身がボロボロになっていた。
そして、その姿以上に彼の表情が終わりを迎えた様子へ変わっている。
また、いつの間にか練り上げられていた相手の最強魔法も、楓華の念動力によって空間を漂う飾りになっていた。
その魔法は太陽とブラックホールの特徴が入り混じった形状をしており、本来なら存在するだけで銀河全体を一瞬で気化させてしまう超高エネルギー体だ。
更に対象の消滅や無効化など種類豊富な効果も備わっている。
要するにコピーが編み出した魔法の中でも最高傑作だと誇るべき代物なのだが、この通り存在そのものが無意味な魔法で終わっていた。
「さ、最悪だ……。何もかもが馬鹿らしい。あぁあぁ、馬鹿らしい」
絶望に呑み込まれたコピーは観念しており、自分が歩んできた道は全て無意味だったと言いたそうな声色で呟いた。
やがて彼が発現していた魔法は状態維持できず、儚く消え失せる。
同じくして魔法の異空間世界も、ゆっくりと終焉を迎えて散っていった。
この崩壊現象を楓華は楽観的に見届けようとしたが、コピーが意気消沈したまま不穏なことを口走る。
「もう、このまま消えよう。何もかも終わりだ。僕が存在していた痕跡も1つ残らず消え失せる」
「あれれ?これってアタイも一緒に消えちゃう流れ?」
「消滅はしない。だが、元の世界へ帰れず、次元の狭間を漂流することになる。この魔法世界の構築も、元々は異世界転移が多発することに目をつけた研究の賜物で……」
「あのさ。アンタって、その独り言の多さからして誰かと一緒に暮らした方が良いよ。世界創造より先に、精神状態を良好にするべきでしょ。それが難しいなら気が合う友達でも探しな。魔法研究サークルとか作ってさ」
「はははっ……。本当に面白いな、君は。だが、もう無理だ。僕は疲れた」
「おいおい、ちょっと思い通りにならなかっただけで自暴自棄になるんじゃないよ。とにかく今はアタイに任せて、アンタは次にやるべき事をゆっくり考えながら気持ちを整理しな」
今、こうして大きな危機に直面しているはずなのに楓華の態度は不変だ。
その証拠に緊張感ない表情を浮かべていて、友達と雑談するくらいの喋り方で接している。
そんな彼女にコピーは一種の信頼感を覚え、彼女ならば難なく解決してしまうかもしれない、という妙な期待を抱いてしまう。
そして彼の期待通り、楓華は懐中時計を手に取りながら言いきった。
「アタイの力が極まれば、世界構築の真似事もできるはずだ。フェーズⅡ・ブーストⅠ」
それから楓華が順応の力を発現したとき、魔術師コピーは自分が追及していた領域の一端を目撃するのだった。




