83.楓華の素質は敵を追い詰めるも一進一退になるので防犯ブザーと懐中時計
「にゃっは~!シドレ様は怪盗だけど、純潔なのが売りなんだよ!それにインスタント生活のアカネちゃんと違って、ソラ様は理想のスーパーアイドルなの!にゃっはポン!」
人形に手を掴まれたミファだったが、ピチピチと蠢く触手を押し付けられる前に奇術を使用した。
ただ奇術と言っても些細な芸であって、掴まれた手の拘束が抜ける程度だ。
それでも今のミファには重要な危機回避へ繋がり、手早く体勢を立て直しながら落としたステッキを拾い上げる。
「もう一度、にゃっはポン!」
彼女は立て続けに抵抗しようとして、次はステッキで人形を叩いた。
おそらく物理的な攻撃では無く、先ほどと同様に奇術を使用するつもりだったはず。
しかし、なぜか何も変化は起きず、代わりにコツンという打楽器みたいに軽快な音が鳴るだけだった。
「にゃ、にゃは~?」
やはり意図してない結果のようで、あからまさに動揺する。
こうして本人は驚いているが、残念ながら何も起きなかった原因は明白だ。
なにせ今のミファは怪しい薬品のせいで正常な状態から掛け離れている上、元より技の精度が自身のテンションによって左右されるタイプだからだ。
つまり現状は子ども騙しにもならない奇術しか使えず、彼女に残されてる道は実質1つのみだ。
「よし、これは無理!華麗に逃走するのが賢明だね!」
ついにミファは自分が追い詰められる側のネズミだと考えを改めたらしく、一目散に逃げ始めた。
だが、いくら広いと言っても構造が不明の建造物だ。
このまま逃げ回っても時間稼ぎにしかならないのは彼女も分かっている。
だからミファは走りながら使えそうな道具を探しては、手当たり次第に拾っていた。
「日記!けん玉!カギ!水晶玉!研究資料!タロットカード!懐中時計!ロープ!ペンダント!指輪!あとリモコン!んん?リモコン……?」
彼女は何かを察したわけでは無い。
しかし直感が働いたという頼りない根拠で、咄嗟にリモコンのボタンを一通り押すのだった。
同時刻、楓華と魔術師コピーの苛烈な戦闘は続いていた。
普通ならば、考える手間すら必要とせずコピーが圧倒的に有利だろう。
2人の間にはそれほど歴然とした戦力差がある。
だが、実際の戦況は移り変わっており、いつの間にか楓華が相手を追い込む側となっていた。
「ふっ!はぁ!」
「コイツは……本当に何なんだ?どうなっている?新しい能力が開花したわけじゃない。力が強くなったり技が変化したわけでも無い。それなのに、この実力はなんだ?」
コピーが生み出した影の軍勢が一撃で葬られていく。
しかも楓華の攻撃は効果付与するスキルでは無く、ダメージを与えるだけの打撃だ。
それなのに、まるで吸血鬼に日光を当てるような弱点を突く攻撃となっている。
更に彼女は回避や防御も捨て始めているのに、いくら魔法が直撃しても深刻な負傷を受けることは無かった。
この異常事態に相手は困惑するが、一応思い当たる節があった。
「まさかこれも順応なのか。僕の存在そのものに対して順応し、全ての行動が通じなくなる。これは免疫の獲得と同一だ。しかし、だとしても異常なタフネスだ」
相手の推測は正しい。
結論だけ言ってしまえば、今の楓華は魔術師コピーの天敵だ。
要するに、楓華はコピーからの全攻撃に高い耐性を獲得し、逆に彼女の攻撃は敵からすれば一撃必殺同然となっている。
そのため仮にコピーが宇宙を破壊する魔法を彼女へ直撃させても、小石を投げたくらいのダメージに抑えられてしまう。
まともな真っ向勝負ならば、この素質は無敵の強みになるだろう。
だが、今回は準備万端の敵地だ。
いくらでも戦い方があり、早速コピーは楓華に合わせた戦い方へ切り替えた。
「僕の魔法が通じないのであれば、道具を使うだけだ。影の軍勢にはマジックアイテムを与えよう。そして魔法で魔物を召喚し、更に媒介を使った新しい生命体を誕生させれば良い。これぞ正真正銘の物量押しだ」
「あん?ったく、よく飽きないね。アタイはアンタのオモチャじゃないよ」
「そうだな、君は最高の遊び相手だ。強すぎず弱すぎず、複雑な能力を保有してない。それでいて僕は記憶を奪うという目標を立てられる。これほど理想的な勝負相手、どれだけ探しても簡単には見つけられない」
「はぁー、ビックリするくらい自分に酔っているねぇ。まぁ全知全能って自称していたから、今更呆れるほどでも無いけどさ」
「逆に君は、この状況を面白いと思ったりしないのか?これだけ死力を尽くし合って競争できることは、かなり至福な出来事のはずだ」
「案外、アンタって頭がお花畑だね。アタイにとってお前は単なる盗人で、モモちゃんの善良な想いを踏みにじった最低野郎だ」
こうして会話している間にも、コピーは発言通り影の軍勢には道具を持たせて様々な生物を召喚していた。
対して楓華は次の戦い方を考えるが、勝敗より気掛かりなことが浮かび上がる。
それは長時間の消耗戦になる事で、このまま決着がつかなければ悠長に遊んでいるのと変わりないことだ。
そう思った彼女は、胸の谷間に隠していた道具を取り出した。
「完膚なきまで叩き潰せるかと思ったけど、それは一回保留にしておくよ。目的を最優先だ」
「それは、もしかして防犯ブザーか?この期に及んでオモチャに頼るとは、僕をガッカリさせないでくれ」
「よく分かったね。ただ、どうなるのかはアタイも知らないよ」
楓華は不思議なことを得意気に言いながら、防犯ブザーの紐を勢いよく引いた。
まず防犯ブザーは、ここへ出向く前に鬼娘モモから借りた物だ。
そして鬼族が襲われる場合となれば、相手は相当の曲者となる。
加えて、これをプレゼントしたのはモモの姉であるため、過度な性能で選んでいても不思議では無い。
それら以上の要素により、この防犯ブザーが発する音は殺人的な爆音と破滅的な超音波の両方が兼ね備わっていた。
「「えっ??」」
ブザー音が発生する直前、楓華とコピーは2人揃って素っ頓狂な声をあげた。
そうした反応が揃ってしまうほど恐怖の前兆があり、脅威を本能的に察知したのだろう。
しかし、ほぼ同時にブザー音が鳴り響き、1人残らず一斉に麻痺させられた。
「あっあっ……?」
楓華の目の前は天地が逆さまになるほど歪み、間もなくして視界が暗闇に包まれる。
既に意識が飛びかけているが、それでも楓華は自分が昏睡状態へ陥りかけていることを理解するのだった。
だが、ここで彼女の『順応』という素質が役立つ。
完全に意識が飛びかける前に全細胞が耐性を持ち、ギリギリ寸前のところで耐えきってくれた。
とは言え、さすがにそこまで楓華が作戦の内だったわけでは無い。
そのため彼女は急いで防犯ブザーをオフへ切り換えたが、大量の汗を搔いており、過呼吸と変わらない荒々しい息切れを繰り返す始末だった。
「はっ、はっ、ハッハッ……!?なっ、ウソっでしょ?こ、これまでのアタイの人生でも一番ヤバかったって……!はっ、ふっ……ひっ……」
まだ悪寒や吐き気が治まりきらない。
つまり自爆同然の行動だったわけだが、その甲斐あって大量の敵は気絶している有り様だ。
合わせて、身を隠し続けていた魔術師コピーも耐え切れなかったらしく、呻き声が漏れると共に異空間が揺らいだ。
「ぐぅ、ぎぃ~……!?」
「ふぅはぁ……、んんっ。アタイが思っていた状況とは違うけど、とにかく今の内にアンタを見つけて……」
異空間が不安定になっている今、相手を発見する絶好のチャンスだ。
そう楓華が見回し始めた頃、不意に一部の魔法粒子が決壊して間欠泉のように噴出した。
同じくしてガラクタの山が魔法粒子に揉まれながら流れ込み、予想外の事態に楓華は目を丸くする。
「いやいや、今度は何事だよ。ってか、あの女の子は……?」
よく見るとガラクタの山にミファが埋もれていた。
それに気が付いた楓華は彼女のところまで駆け寄り、引きずり出してあげる。
「誰かと思ったらミファちゃんか。どしたの、その恰好は?頭に触手を巻きつけているしさ。それは帽子代わり?」
「にゃ、にゃっはっはっは~。あれこれと操作してたら、ドタバタしている内に穴へ落ちちゃって……にゃはん!?それより私はミファ様じゃなくて、怪盗シドレ様な!」
「マジで大丈夫?意味不明な事を口走っているよ」
「もう~!ちょっとは私の設定に合わせて欲しいなぁ!ところでフウカちゃんが居るってことは、シドレ様は戻って来てしまったのか。もう必要なモノは手に入ったから、一足先に帰ろうとしたんだけど」
「あぁ、そっか。アタイの言葉通り、なんか色々とやってくれていたみたいだね。ただ生憎様ながら、まだアタイの用事は終わって無いよ」
「にゃは~、マジか~」
ミファは疲れているのか、かなり脱力しきった表情でぼやいた。
そんなとき、楓華は彼女の腕に巻きついている懐中時計に注目した。
「おっ、ラッキー。アタイの探していた時計だ」
「へっ?もしかして、これ?このシドレ様が拾った……いいや、苦労した末に手に入れたお宝だけど、フウカちゃんに返してあげよう!すっごく感謝しても良いぞ!」
「ありがとう、ミファちゃん。ちょうどコレが必要かなぁって思い始めていたんだ。助かるよ」
「だから私はミファ様じゃなくてシドレ様な?」
ミファは自分の設定に強い拘りを持っているため、相手に正体がバレていると分かっていてもシドレ様だと主張し続けた。
だが、楓華は彼女の言葉に耳を貸さず、慣れた手つきでロケットペンダント型の懐中時計を首に掛ける。
すると、いつになく充実した気分となり、しっくりする感覚を得た。
「こうすると何となく分かるものだね。よしよし、まずは慣らし運転だ。ブースト・I」
彼女が言葉を発した直後、懐中時計の長針はカチッと動いて1時を指した。




