66.ミルの奥義に感心し、究極の武には大笑いする
少女は心身ともに準備が整うと、薙刀を持つ手に力を入れ直して静かに呟いた。
「ミル流武術・奥義……圧搾ゾーン」
ミルは踏み出しつつ、急接近を試みると同時に薙刀を振るった。
その初撃からは4種の魔法が一斉に迸る。
無軌道に砕き、原子まで崩壊させる雷撃。
広範囲を焼き払い、塵すら残さず抹消する爆炎。
万物を切り裂き、瞬時に風化させる疾風。
即座に終焉を与える絶対零度の凍結。
これらの魔法は一瞬の輝きとなってクロスに襲い掛かり、周辺を巻き込んで呑み込んだ。
傷付ける攻撃というより、喰らい尽くすような理不尽な暴力そのものだ。
そしてミルは相手に魔法を直撃させると共に接近していて、絶え間なく連続的に刃を振るう。
それは光速を上回る12連撃であり、一振り毎に先ほどと同様の魔法が放たれていた。
これによって凶悪な威力は重ね掛けされ、空間を歪ませるあまり疑似的なブラックホールが発生する。
神すら殺せる理に反した現象。
こうなってしまえば、もはやミルより実力が高いことなど関係ない。
どんな相手にも壊滅的な終わりを迎えさせ、二度と立ち上がれない敗北を授ける。
だが、その領域を凌駕しているのが高位存在だ。
「ックフ、想像以上で感心しましたよ。危うく能力を行使しかけました」
「うっ、ウソでしょ?こんな事って……」
ミルは戸惑う。
魔法、超常現象、武器による攻撃のどれもが簡単に薙ぎ払われていた。
周辺は異常現象の影響で鉱物の流砂となっているが、クロス自身は何事も無かったように立っている。
この想定外の事態にミルが混乱するのは必然だ。
「なんで……?ありえない。あれだけの攻撃を、わざわざ真正面から受けたのに無傷って……絶対に馬鹿げているよ」
「お生憎様ながら、この刀はあらゆる事象を鎮静させます。一種の封印とでも言いましょうか。何がともあれ、手を出し尽くしたのなら降参することをオススメしますよ」
「もしミルが諦めず、降参しなかったら?」
「答えるまでも無いでしょう。気絶させます。当然、その際は余計な痛みを与えることになってしまいますね」
「ミルってば、気絶しない心得があるよ」
「意識覚醒のスキルですか。それならミル様を殺しましょう。あとで生き返せれば、一時的な死は気絶と同じことです」
クロスは平然とした顔で長刀を大きく振りかぶった。
これに対してミルは無防備のままだ。
なぜなら奥義を使用した反動でミルの能力は大きく低下している。
そもそも気絶しないという発言は小手先のハッタリであり、実際は意識を保っていることが困難なほど体力を失っていた。
だから体のみならず、思考も極端に鈍い。
そんな絶体絶命の最中、遠くから親愛なる彼女の声が聞こえてきた。
「ミルちゃん!究極の武だ!」
それは楓華の声だった。
この声にミルは安堵を覚え、勇気の灯火が与えられる。
合わせて少女の中に閃きが駆け巡り、反射的に薙刀が振るわれた。
だが、この薙刀の動きは長刀の斬撃を受け流すためだ。
しかも柄を握る力はほぼ込められておらず、薙刀はあっさりと弾き飛ばされる。
これでミルの攻撃手段は失われた。
それなのに表情は勇ましいままで、クロスを大いに困惑させた。
「これは一体?」
クロスは自分の目を疑う。
なぜならミルが体勢を崩しながら突進して来るからだ。
さっきまで戦う意思を示していたのに、もはや勝負を捨ててるようにしか思えない判断だ。
まさしく理解不能で予測不可能な行動。
ミルはその僅かな意識的な隙を突き、相手に無造作な体当たりを仕掛けた。
「とぉ!」
唐突にミルの口から、聞いていて気が抜ける掛け声が発せられた。
相手からすれば自暴自棄になったとしか思えないだろう。
しかし少女は何一つ諦めておらず、勝利のために究極の武を成し遂げようとしていた。
「よいしょおおおぉぉ!」
「えっ?うん?」
ミルは気合いが入った雄叫びをあげながら、戸惑うクロスを持ち上げようとした。
彼女は一応抵抗しようとするが、さっきの奥義が少女の全力だと知っていた。
だから今更どのような技を受けても戦況は覆らないと断定しているため、未然に防ごうと本気で考えるわけが無い。
何よりミルから発せられていた威圧的な敵意が失われており、態度が急変した意図を知りたい一心だった。
そんな無駄な好奇心に駆られている間にもクロスは自分より遥か年下の少女に抱えられた上、ぎこちない愛想笑いまで見せつけられる。
これら一連の行動にどんな意味があるというのか。
そして一旦ここで動きが止まるため、やはりクロスは不思議に思って尋ねるしかなかった。
「あの、これはどういうつもりでしょうか?全くもって意味が分かりません」
「本当に分からないの?これはね、ミルのお姫様だっこ」
「はぁ?」
「相手を傷つけず、制圧するのが究極の武だから。フウカお姉様が教えてくれた最強の技なんだよ」
「これが技?つまりミル様は教えを実践し、目論見通り見事に私を制圧したわけですか?ックフ……。っくはははははは!」
「えぇ?なんで笑うの?ミルってば、これでも真剣なつもりで……あっ、ちょっと動かな……あひゃ!?」
体格差でバランスが取れなくなり、ミルは足元を滑らせて転倒することになる。
そのせいで2人揃って体には泥が付着し、殺し合い同然の展開になっていたはずなのに泥遊びをしたような状況になっていた。
それすらクロスは面白く感じて、ありえない事態と和やかなに光景に大笑いしながら喋った。
「っくははははは!いやはや、さすがフウカ様ですね。まさに実用的な技を教えて頂きました!まったく、いきなり私がお姫様だっこしたら相手は唖然とする他ないでしょう。ックフ!」
「もう!何を呑気に世間話しているの!まだ勝負は終わって無いよ!」
「あぁ、そのことですか。っくははは、良いですよ。これは私の負けです」
「えっ?うそ?本当にこれでミルの勝ち?」
「はい。私の殺戮衝動は削がれ、制圧された訳ですから負けを認めざる得ません。勝利に対する執着心まで失いましたからね。これ以上の惨敗など、過去に一度も経験したことがありませんよ」
「う~ん、本気で言ってるの?」
「つまらない言い訳はしません。それにしても窮地で敵をお姫様だっこなど、どれだけ無謀な発想でしょうか。しかも愛嬌ある笑みで……ックフ!ごほっ!うぐぅ、想像したら余計に笑いのツボが刺激されて、っくはははははは!」
よほど信じられない出来事だったらしく、クロスは腹を抱えるほどの馬鹿笑いを続ける。
実際、決闘で急に笑顔のお姫様だっこされたら戦意喪失するだろう。
とは言え、この事態を招いたミル本人は拍子抜けしてしまった上、勝利した実感も抱けないままだった。




