65.殺戮者にキレたミルは全力を振るう
「うっ、ウソ!?な、なんなの?いきなり、いきなり!」
唐突な災難にミルは混乱し、中身が無い文句を吐く。
あまりにも言いたいことが多過ぎる。
それでもミルがひとまず着陸態勢を整えようとした矢先のこと。
まだ上空へ投げ出されている最中である状態にも関わらず、クロスが長刀を大きく掲げて接近しきっていた。
「ミル様、如何致しましたか?隙だらけですよ」
近くで落ちる落雷より圧倒的に早く、長刀は振り降ろされる。
これにミルは間一髪のところで斬撃を薙刀の柄で受けるものの、空中で耐えきれる威力なわけが無い。
よって少女の体は雷の如く地面へ叩きつけられ、雷鳴に勝る衝撃音が村全体へ鳴り響いた。
この地面との激突は、まさしく隕石の落下と同一だ。
だから衝突の際に起きた衝撃破で雨粒は弾かれ、大地には巨大なクレーターと亀裂が出来上がってしまう。
もちろんミルは無傷では済まされず、全身には深刻な激痛が駆け巡った。
「うぅ……!ぐっ、ごほっ……おぇ…!」
ミルは痛みを少しでも和らげようとするが、既に手遅れで口から血混じりの唾液が吐かれる。
血が混じっているのは、口内を切ったせいだ。
それよりも鈍い痛みが広がり続けて、ミルは姿勢を変えて座り込むのが精一杯だった。
「はぁはぁ……ふぅ。もう、これなら武器の使用を許すんじゃなかったなぁ。ぺっ」
ミルは再度唾を吐くが、今度は血が一切混じってない。
それどころか今度はスッと体勢を立て直し、風雨に晒されながら足腰に力を入れて立ち上がる。
「さてと」
次に少女は跳躍してクレーターから脱出し、まずは状況確認しようとした。
受けたダメージと予想の展開のせいで頭の回転は鈍いが、まだ冷静だ。
ただし冷静に対処しようとしたのも束の間、ミルは倒壊した道場と自宅を目撃してしまう。
「はっ?これって……もしかしてミルのお家?」
最初は動揺で済んでいた。
なぜなら、まだ他の建物の可能性があるからだ。
されど足湯と思わしき施設など、自宅以外で村の他にあるわけが無い。
つまり自分の居場所が破壊された事は疑いようが無い事実だった。
だから次に湧き立つ想いは楓華や姉妹の心配、あとはかつてない焦燥感だ。
負の激情で体が震え、衝動に任せて咆哮をあげたくなる。
そんな感情が爆発寸前の彼女に対して、愉快気に話しかける殺戮者が居た。
「ミル様、どうかご安心ください。終わったあと、責任を持って全て元通りにしますから」
「責任?そして元通りって何?クロスは……冗談を言っているつもりなの?」
「おかしい事を言っていますか?壊れた物は直せばいい。失ったなら取り戻せばいい。死んだのなら生き返せればいい。それだけの話です」
「うん、そっか」
相手とは絶望的なほど価値観が異なることを悟り、ミルは唐突に冷めた返事をする。
しかし、彼女の凍てついた眼には熱い闘志が滾っていた。
それこそ家族皆殺しにされた仇に向けるもので、クロスの殺気に勝るも劣らない。
当然だが、これほど分かりやすく強烈な敵意を向けられたら誰でも警戒する。
それなのにクロスの態度は変わらず、むしろ気さくな口ぶりで笑った。
「ックフ、ストレスの解消法は人それぞれです。もし私に怒りをぶつけて気を済ませたいのなら、どうぞご自由に。感受性も同様、人それぞれであり……」
クロスが余裕たっぷりに喋っている途中、炎を纏った刃が彼女の眼前にまで迫っていた。
超高速で魔法とスキルを重ね合わせたミル流武術。
その技は刃より鋭く、振り切られた頃には雷と大地を一刀両断していた。
まさしく圧倒的な破壊力だ。
だが、肝心のクロスは一歩も動かずに長刀で受け流していて、ミルが放った斬撃の位置を綺麗に逸らしている。
「素晴らしい技です」
崩れない笑みと余裕。
これに対してミルは連続的な追撃を加えようとした。
しかし攻撃は当てる直前にクロスの姿は消えていて、薙刀は盛大に空振るのみ。
「ックフ。対処が遅いですよ」
挑発的な声色がよぎる。
それはミルの背中側から聞こえてきたので、すぐさま振り返りながら攻撃を放った。
ただし、振り返るより先にミルは強烈な蹴りを受けてしまう。
その結果、少女の小さな体は地面に何度も打ち付けられながら吹き飛ばされていた。
「がふっ、けほっ……!ぐっ!」
豪雨のおかげで泥水が衝撃を緩和してくれているが、滑るせいで踏ん張りが利かない。
だからミルは更に横転を続けた後、泥だらけの姿で立ち上がる有り様となっていた。
蹴り飛ばされてから立ち上がるまで実に6秒間前後。
それら一連の出来事が起きる間、クロスは悠長に棒立ちのまま見据えてくるだけだ。
おそらく彼女は実力差を把握しきり、容赦なく追撃する必要は無いと思っている。
一方的に蹂躙している以上、それは正しい分析であり強者の特権だ。
正しいが、あくまで現時点の話。
まだミルは全身全霊の実力を発揮してない。
そして追い詰められた少女は更なる底力を振り絞ろうと、薙刀を大きく構えた。
「あの怪物と、ミルの実力差はよく分かった。どう足掻いても埋められず、このままじゃあ勝機を見出せない。だからミルは体が動く内に、最大の攻撃を叩き込むだけ」
ミルは呼吸を整える。
全身をリラックスさせ、思考を瞬時にクリアな状態へ持ち込んだ。
その明鏡止水の状態から始められる極限の一点集中。
クロスと自身に関すること以外の情報を遮断し、意識が途切れそうになるほど限界に高める精神統一。
これによりミルの体は複数の魔法陣に囲まれ、続けて周囲の自然物は世界の理から反し始める。
足元の泥は砂となり、降り注ぐ雨粒は燃え、吹き抜ける気流はプラズマと化した。
それら人智の理解を越えた超常現象は神秘的で美しい。
そして、クロスですら漠然とした不安を抱くほど脅威的であり、彼女はミルの発揮する力に感動しながら歓喜の声をあげた。
「さぁ、披露して下さい。ミル様がこれまで培った全てを!っくははは!」




