64.手合わせで爆発四散する道場
ミルとクロスの手合わせ。
それは苛烈であり、武術の理に則った戦闘技術と殺人術の衝突になっていた。
紙一重で躱し、的確に往なし、防ぐ。
そして自分に有利な間合いとタイミングを見極め、攻勢へ転じて打撃を打ち込むながら次の攻防に備える。
特に目を見張るのは2人揃って体術が完成されきっているところだ。
適切にして適度な脱力による緩急。
尋常ならぬ力みによる爆発的な加速。
洗練された息遣いによる溜め。
攻撃が流されてもブレない体幹。
更にお互いしっかりと体格差を利用することで、確実なダメージを与え合っている。
そんな武の極み同士の勝負が続くため、つい楓華は応援を忘れて見惚れるように観戦していた。
技が繰り出される度に聴こえる空気が割ける音と、床から伝わってくる振動が言い表し難いほど心地良い。
どれも両者の真剣な想いの表れであり、こうして本気で競い合う姿には心打たれるものがあった。
そのため楓華は熱心にスポーツ観戦する1人となり、感嘆の独り言を漏らす。
「おぉー、すっご。掴みの応酬が上手い。うんうん。一瞬の読み合いも更に練達していて感心するわ」
ミルとクロスは実戦慣れしているだけあって、既に2人とも相手の動きを熟知して先読みし合っている。
それで恐ろしいのは自身の動きが先読みされている事まで考慮して、絶え間ない攻防へ繋げていることだ。
ただし、ミルはこのままでは最後に自分が押し切られると読みきった。
その結果、本気になるあまり咄嗟に魔法を発現してしまう。
「中位魔法・疾風結界!」
「あら?」
さすがに魔法は予想外だったのか、クロスの目つきが僅かに緩む。
だが、ミルの方は一撃与えることに集中しているため、風を纏ったストレートパンチを全力で打ち込んだ。
ドゴォンという鈍い打撃音。
同時に道場内は激しい乱気流に満たされ、観戦していた楓華とリールは突風に煽られる。
それからクリティカルヒットを受けたクロスが2歩ほど後退りしたとき、ミルは自分自身の行動に気が付いて焦るのだった。
「あっ、やばっ!?ご、ごめんなさい!ミルってば、稽古試合なのに魔法を使っちゃった!」
ミルは戦闘態勢を崩し、慌てて頭を下げた。
しかし肝心のクロスの方は気にしておらず、むしろ満足気に応える。
「いいえ、魔法もミル様の技ですから何も問題はありません。それどころか、私の隙を突いたから正しい判断でしょう」
「え~。褒めてくれるのは嬉しいけど、さすがにミルの反則っぽくなるような?」
「暗黙のルールで魔法は反則だと糾弾しませんよ。しかし……」
「し、しかし……?」
「よくよく考えれば、ミル様はフウカ様という大切な存在を賭けているわけです。それならば、持てる全てを出し切るのは当然な話。以上の事情を踏まえたとき、武器の使用も許すべきです」
そう言ってクロスは自身の腰に差している鞘から、真紅の長刀を抜いた。
落ち着いた表情から放たれる重厚な威圧感。
これにミルは軽い危機感を抱き、さり気なく後ろへ下がる。
「あぁー……、ふぅん?別にミルだけ武器の使用有りってわけじゃないんだ」
「稽古を始める前に言ったように、私はミル様を侮っておりませんよ。だから甘やかしません。とは言え、私が使用するのは武器だけです。魔法はミル様だけの特権としましょう」
「それが最大限の譲歩ってこと?うん、分かったよ。どこまで通用するのか予測つかないけど、今更逃げるわけにはいかないからね」
「立派ですね。やはり私の見立て通り、素晴らしい才覚の持ち主です。それに見合う度胸も兼ね備えています」
「いいよ、持て囃さなくても。ミルはフウカお姉様と結婚するために頑張っているだけだもんね!」
ミルは楓華と結婚することを強調しつつ、懐からペンを取り出した。
そして、それは瞬時に薙刀へと変化する。
これは彼女が巨大ゴーレムと戦闘した時にも使用した武器だ。
しかし伸縮自在らしく、以前よりミルの体格に似合うサイズへ変わっている。
つまりミルは使用する場面に合わせて、武器のサイズを選んでいるのだろう。
今回は巨大な相手でなければ、道場内という室内空間だから理にかなっている。
何がともあれ、両者は武器を手にして再び向かい合い、すぐに真剣な空気が張り詰めた。
そんな中、楓華はリールが少し困った顔をしていることに気が付くだのった。
「ありゃ?どしたのリールちゃん。なんか心配そうだね」
「リールね、心配はしてないよ。でもクロスがね、剣を持つと少し恐い性格になっちゃうことが気がかりなの」
「へぇ、そうなんだ。って……あん?」
リールの言葉の意味を、楓華は即座に理解することになる。
クロスは異常な殺気を滲ませ、道場内の空気を鉛に匹敵するほど鈍重へ早変わりさせた。
それは家族皆殺しの仇と対峙する復讐者、という表現が適切なもの。
絶対に逃さず殺すという凶悪で強固な信念すら感じさせる。
更にクロスは口もとに狂気じみた笑みが浮かばせ、おどおどろしい声で呟いた。
「ックフ。あぁ、どうしても過剰に昂ります。されど、これこそ殺戮者に相応しい性と言えるでしょう」
そして彼女は姿勢を前屈みにせず、散歩へ出かけるように軽やかで優しい一歩を踏み出した。
その途端、激しい音を発して道場は粉々に吹き飛ぶ。
加えてミルは雷雨の中へ放り出され、宙を高く舞う事態へ追いやられていた。
「あれ?」
何が起きたのか、何がどうなっているのかも分からないから唖然とする。
感じ取れたのは体に叩きつけられる豪雨と、あまりにも冷たすぎる烈風。
また、あっという間に全身がズブ濡れとなったことで、ミルは自分が外に居ることを薄っすらと理解するのだった。




