100.各々の方法で、それぞれの試練を攻略するぞ~
獣人の幽霊が住む古城では、それぞれ課された試練に挑んでいた。
その中でも現状一番苦しんでいるのは幽霊が苦手なモモだ。
そして彼女は今、自分より幼い6人の獣人女児に囲まれている最中だった。
「なんですか、これ!?まさかの大家族!?それとも託児所ですか!?」
モモは服を引っ張られ、角を触られ、桃色の髪を勝手にリボンで結ばれる。
保護者というよりオモチャの扱いだ。
しかも、より厄介なのは獣人女児が幽霊である事だった。
幽霊だから手が届かない所まで浮遊するし、自由自在に物体を通り抜けるから一切制止させられない。
落ち着かせる暇を与えないほど、次々と発せられる喚き声に絶えないポルターガイスト。
そのせいでモモが居る部屋は子ども部屋らしくファンシーでオモチャが豊富なのに、ほぼ戦場と変わらない有り様だ。
また全員が幼い見た目相応に言葉が拙いため、まずモモはどのような試練なのか自ら推測しなければならない段階だった。
「いたっ!?だ、誰ですか!?私の髪を引っ張ったのは!?」
モモは反射的に慌てて問い詰めるのの、すぐさま上下左右の全方向から子どもの声があがった。
「怒らないでお姉ちゃーん。きゃははは~」
「ねぇねぇお姉ちゃん遊んでー」
「遊ぼあそぼ~」
「おやつちょうだい~。お小遣いちょうだい~」
「お遊戯を見たい~。紙芝居して~。お話きかせて~」
「本も読んで~。早く早くぅ~」
遠慮が無い要望が一斉に襲い掛かるため、モモは対応しきれない事を即座に悟った。
だが、彼女は賢い。
だから思考停止せず、すぐさま打開策を思案して実行へ移した。
「こ、こうなったら……そうだ!妖術・鬼の紅華!」
モモが人差し指で宙に符号を描いた後、指先には花を連想させる色合いと形状の炎が灯った。
それは獣人女児からすれば予想外の出来事であり、一斉に注目が集まる。
更に炎には幻想的な美しさを感じさせるものがあって、触りたそうに手を伸ばす子も居た。
「すっごーい。あのね、鬼のお姉ちゃん。これ、触っても良い~?」
「えぇ、問題ありませんよ。この炎に熱は無く、鬼が持つ気を媒体に明かりを発しているだけです。つまり疑似的な炎に過ぎず、燃焼反応の性質は伴っていません」
「わ~。お姉ちゃん、難しいこと言ってるー」
「おやや、失礼しました。小難しい話をしても、つまらないだけですよね。では、試しに手を出してみて下さい。子どもは理屈よりも実体験で学ぶことが大切です」
そう言いながらモモは鬼火を獣人女児の手へ置いた。
すると鬼火は物体と同様に安定して留まり、小さな手に包み込まれる。
これは相手にとっては不思議な現象で希少な体験だ。
そのおかげで少女達は感心と好奇心の両方を湧き立たせ、キラキラとした眼差しで炎を眺める。
静かに漏れる歓声と好奇心に突き動かされる姿勢。
その様子がモモにとって嬉しく、同時に誇らしい気分になった。
「決めました。私は私らしく、遊びを通して勉強させましょう。そのためにも、今から貴女達は私のことをモモ先生と呼ぶように。この他にも全く新しい遊びを教えてあげますから」
「はーい、モモ先生~!」
「よろしい、物分かりが良いですね。ちなみに科学実験によるオヤツ作りも予定していますので期待して下さい。では、まずは炎に関する基礎知識を披露します。それから新しいオモチャを私が作って……」
モモは考え方の組み方が得意であるため、方向性が定まった途端に得意気な態度となる。
何より自分の知識を最大限に活かすことには絶対的な自信を持っているので、ややオタク気質を発揮させながら彼女は実験講演を始めた。
同時刻、末っ子ミルは1人で古城の中庭に居た。
そして中庭は民家3軒分の広さがあり、工夫が凝らされた緑茂る庭園だ。
好天の日には鑑賞に値し、散歩も楽しめる自然空間だろう。
しかし生憎ながら今は最大の試練場と化しており、少女の眼前には双頭の犬が鋭利な牙を剥き出して立ちはだかっていた。
おどおどろしい唸り声と獰猛な気配は、まさしく殺気立ったハンターだ。
そもそも双頭の犬の体躯は巨象に匹敵するから、仮に戦闘態勢で無くても警戒するべき存在だろう。
だが、ミルは身構えられても焦らず、むしろリラックスした澄まし顔で大きな薙刀を出現させながら手に取った。
「良かった。これはミルの得意分野だね」
ミルは恐ろしい獣と対峙しながら呑気に喋り、悠々とほくそ笑む。
既に危険な状況であることは明らかなのに、なんとも緩慢で隙だらけな行動だ。
もし野生の世界であれば、容易く捕獲できるエサ同然だ。
されども、戦闘能力が卓越した彼女からすれば、この状況に危険性は全く無い。
「ミル流武術……」
少女は一瞬で薙刀を構えると共に、前方へ駆け出しながら言葉を並び立てた。
それに合わせて双頭の犬も大きな口を開けつつ走る。
これは誰がどう見ても正面衝突必至の状況で、完全な一騎討ちであることは疑いようが無い。
そして颯爽と風が吹き抜けた時には両者は別々の方向へ走り抜けており、草木が宙を舞った。
「雑草刈り!」
ミルが勇ましく叫ぶと、中庭に生い茂っていた草が綺麗に刈られていた。
同じく双頭の犬の口には小枝が咥えられており、木々は美しく剪定されている。
どこか妙な展開になっているが、お互いに振り向き合えば睨み合い、張り合っていることは間違い無かった。
それから1人と1匹は中庭を高速で駆け巡りながら、凄まじい勢いで庭園を整い続けた。
この異様な様を、楓華が古城の屋根から見下ろしていた。
また彼女も彼女で、ぽっかりと穴が空いた箇所を洋瓦で埋める補修作業を進めている。
一見すると2人揃って意味が分からない行動をしているが、これでも彼女らは試練の真っ最中だ。
そのため楓華は熱心に取り組んでいるものの、どこか納得いかない口調でぼやいた。
「アタイは屋根の補修。そしてミルちゃんは中庭の手入れとペットのお世話を頼まれるとはなぁ。これじゃあ試練ってより、都合の良い雑用だよ」
不満というより困惑の気持ちが強い言い方だ。
また楓華は思ったことを何でも口にするタイプに加え、1人作業という状況も相まって独り言が止まらない。
「アタイ達に雑用を頼んできた幽霊は一家の母だと名乗っていたから、これでポイントを貰えるなら良いんだけどね。でも、個人的にはもっと刺激的で愉快な事を期待していたな。例えば、一家の大騒動に巻き込まれるとかさ」
彼女は思いつきで言ってみるが、そのようなアクシデントは運営チームが仕掛けていなければ実際に起こるわけが無い話だ。
それに楓華が派手な事態を期待しているだけで、大半の参加者からすれば簡単に手早くクリアできる試練の方が願ったり叶ったりの話だろう。
また、いつの間にかミルも双頭の犬に乗りながら中庭の手入れ作業を行っている。
その楽しそうな姿を見れば楓華の気持ちも自然と緩くなり、わざわざ刺激的なイベントを望む必要は無いかなと思い直した。
「まっ、いっか。どうせなら楽しいのが一番だ。だからアタイも今を楽しも~っと」
結局は楽観的な思考が勝る。
だから楓華はご満悦な鼻歌を全力で奏でながら、意気揚々と屋根を直していくのだった。