大盗賊の夢
「成る程ねーそういう事だったのかー」
タルケットが胡座をかいてちゃぶ台に頬杖をつき、空いた手でサラダ煎餅を齧りながら感心した様に頷いた。
「うむ。それで後からちゃぶ台に合わせて、どんどん揃えたくなってしまってな。畳に箪笥に掛け軸。その度にニコ安のお世話になって……」
バラサークは番茶を啜りながらしみじみと語る。
「今では安西さんとすっかり仲良しになった。よく同僚の長峰さんと行った旅行の話をしてくれるのだ」
それがとても嬉しい、とバラサークははにかんだ。
タルケットはうんうんと頷きつつ、サラダ煎餅の旨さに気を取られ、いつしか真剣な表情で煎餅を見つめていた。
旨い。この塩加減が堪らない。前に食べた『堅焼きセンベー』もいいが、この『サラダセンベー』は軽さといい後引く味といい、病みつきになる。
「どうした、タルケット殿」
思い詰めた様に煎餅を見つめるタルケットを、バラサークが心配そうに覗き込む。まともに見れば恐ろしいその顔がいきなり近づいたので、タルケットは「わっ」と叫んで後ろにひっくり返った。
「ぬっ? 大丈夫か!」
「お、おう。平気平気!」
「うむ。それならば良いが……そうそう、儂ばかり喋っていて申し訳なかったな。そなた、何か儂に用があるのでは?」
「んっ?」
バラサークの言葉に、タルケットは跳ね起きた。
「あ、わかっちゃった?」
「うむ。わざわざ一人で訪れてくれたのだ。何かあると思うであろう。出来る事は努力致すから、遠慮無く申してみよ」
前回の帰り際、タルケットはこっそり『マーキング』をした。
地上から瞬時にマーク地点に移動出来る魔法道具である。
タルケットはそれを使い、一人でひょっこり玉座の間にやって来たのだ。
「あー」
タルケットは少し恥ずかしそうに頭を掻きつつ、上目遣いでこう言った。
「これのさ—」
煎餅を指差し、続ける。
「このセンベーの、作り方って、わかるかな?」
「パーティーを抜けるだとっ!?」
フレデリクは真新しい屋台の前で怒鳴った。
そこはタルケットが新調した食い物の屋台で、看板には『センベー』と言う元気な字が躍っている。
カウンターの上には焼きたての香ばしい香りを漂わせた、小さな丸いビスケットの様な物が、底の浅い箱にずらりと並べられていた。
それに似た物を、魔王の所で見た事をフレデリクは思い出した。
「悪ぃな。屋台やるのが前々からの夢でさ。どうせなら今までに無い旨い物、売ろうって決めてたんだ」
ピカピカの笑顔で嬉しそうに話すタルケットに、フレデリクは増々怒りをつのらせる。
「貴様っ……! よりによって魔王に魂を売るとはっ! このっ裏切り者がっ!!」
「売ってない売ってない。売ってるのはこのセンベー」
苦笑いで手と首を横に振り、タルケットはフレデリクの言葉を否定する。
作り方までは知らない魔王は、それでもタルケットの為に、懸命になってレシピ本を捜してくれた。
その事を思い出すとタルケットは何故か、可笑しいと同時に気持ちが温かくなった。
「ちったぁ落ち着けよフレデリク。おいらは洗脳も支配もされてないってば。ただセンベーの作り方教えてもらっただけ。話すと案外いい人なんだぜ? バラちゃんは」
「仲良くなってんじゃねーか! 何だバラちゃんって!!」
「だってよー、もうやる事無いじゃん。地上は平和になったし? みんな生き返ったし」
カウンターに腕を組んで乗せると、タルケットは眉を八の字にしてこう言い切った。
「おいら達勇者は、お役御免だろ?」
フレデリクの髪の毛が逆立ち、眼球に血管が浮き上がる。
「黙れっこの足裏毛もじゃ小人がっ! もう知らんっ! お前などもう仲間では無いっ!」
「あ? 誰が足裏毛もじゃだコラ! お前こそ商売の邪魔だ、帰れ帰れ!」
沸騰したケトルの様に湯気を立て去って行くフレデリクに、タルケットは「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
フレデリクとタルケットが仲違いしたと聞いて、カルナードは頭を悩ませた。
仲裁する為、双方の言い分を聞いて往復し続けた。
タルケットは、世界が平和になったんだから、勇者なんてさっさと辞めて自由に生きて行きたい、と思っている。
フレデリクは、長い間苦難を共にした仲間が、魔王に懐柔された様な気になって傷ついている。
フレデリクの気持ちは痛い程分かった。
あんなに辛く危険な旅を続けて、やっと最終目標の魔王の元に辿り着いたのに、いとも簡単に平和が訪れて、「自分達の役目はもう終わった」なんて。
それを仲間から言われれば、傷ついて当然だろう。
だがタルケットの気持ちも分かる。
地上に帰った時、世界はすっかり平和になっていた。
破壊された物は元通り。殺された人々も生き返った。
魔王が一人一人に謝り、良い待遇をしたと言うのは本当らしく、皆口を揃えて「バラサークさんにはお世話になった。恨むなんてとんでもない」と言った。
それならもう、自分達だって平和を謳歌しても良い筈だ。
そんな状態で「打倒魔王!」なんて言ってられない。
タルケットに話を聞きに行った時、彼は目を輝かせて夢を語った。
「おいら、ガキの頃貧乏だったから、屋台で旨い物腹一杯食うのが夢だったんだ。今じゃ料理屋出来るくらい金もあるけどさ、何か味気なくて」
愛おしそうに屋台を撫でながら語り続ける。
「やっぱおいらは屋台がいいや。気の合う奴らとわいわい言いながら並んだり、夜風に当たりながら夜店の灯りに目ぇ潤ませたり。そう言う時間をみんなに作ってやりたい。んで、どうせなら見た事無い食い物売ってやろうって思ってて。バラちゃんに出されたセンベー食ってこれだー!って、ね」
幸せそうに語るタルケットを見て、カルナードは何も言えなくなった。
そして彼はある行動に出たのだった。
剣士と盗賊の会話で『毛もじゃ』を『足裏毛もじゃ』に直しました。