大神官の愚痴
「おお、大神官よ。よくぞ来た」
バラサークは顔をほころばせてカルナードを和室に迎え入れた。
「……お邪魔しまーす……」
ペコリと頭を下げて、靴を脱ぎ和室に入るカルナード。
その格好は魔王討伐用の特別装備ではなく、聖職者が平時の職務に着用する物に変わっていた。
「息災であったか? 皆元気にしておられるかの?」
「はい。私達四人も、人々も元気です」
「生き返って頂いた方々は、どうしておられるか?」
「ああ、元気で楽しく暮らしているみたいです。みんな、貴方に会いたがってますよ。魔王さんにお礼言わなきゃって」
魔王は嬉しくて顔を緩ませた。
「そうか! 元気でなによりだ。礼などより、遊びに来てくれると嬉しい」
「……そうですね」
バラサークは彼の様子に気が付いた。
「大神官よ。如何致した?」
「……魔王。貴方は何を考えているのでしょうか?」
カルナードは静かな言葉で切り出した。
「貴方は悪の権化として、大陸を地獄へと変えていた。私達は貴方を倒し世界に平和を取り戻す為、生きて来た。いやその為だけに生を受けたと言っても過言ではありません」
「……」
「しかし今の貴方はまるで、人の良い何処かのおじさんです。照れ屋でお節介焼きな、ただの寂しがりやのおじさんにしか見えません!」
カルナードはきりりとした眼差しを魔王に投げつけた。
「貴方の心変わりのせいで、フレデリクは自分の存在意義を無くしました。苦難に耐えて積み重ねていた物を、突然奪われたのです!」
「大神官……」
「そしてそれは、私と他の二人も同じだ……」
「す、すまぬ」
「謝る事は無い。この変転はむしろ喜ぶべき事……ただ私達勇者だけが置いて行かれた状況なだけです」
「……」
バラサークは俯いた。
「すまぬ。もう少し、待っていれば良かった……邪悪な魔王を続けていれば」
「出来なかったでしょう」
「うむ?」
「貴方はそれを続ける事は出来なかった。貴方は真面目なだけの、本当は優しい人(?)なのだから」
「……」
「だから魔王よ。約束して下さい。至高神の使徒である私の前で、偽らぬ真の心と言葉をもって。この先ずっと今のままでいる事を!」
カルナードは立ち上がり、背後に後光が差す勢いで、声高らかにこう言った。
「未来永劫何があっても、照れ屋でお節介で寂しがりやのお人好しさんでいる事を、神の前で誓うのです!」
「うむ。神に誓いはたてられぬが、約束しよう。……と言うか悪の権化に戻るのは儂が嫌である」
バラサークはしみじみと言い足した。
「今が楽しいからずっとこのままでいたい、ただそれだけだ。至高神に帰依出来なくてすまぬがな」
『いや信者にならんくていいからマジで!』と、何処かでグランゼリウスが全力で首を横に振る。
バラサークの言葉を聞き、カルナードはすとん、と力を抜いて床に座り、溜め息をついた。
それを見て、バラサークはまだ何かありそうだと感じ取り、遠慮がちに尋ねる。
「……他に言いたい事はないか? 大神官よ」
「ええ、ありますよ。そりゃあね、貴方が悪いのは確かです。私達が迷宮を必死こいて進んでる間に心変わりして、変にいい人になっちゃって。やっと玉座の間についた頃には、地上は貴方の心変わりでとっくの昔に平和になっていたそうですね?」
「う、うむ」
「大体、迷宮が広過ぎたんですよ。なんですか地下二百階って。どんだけ深く掘れば気が済むんですか貴方は?」
「すまぬ……」
「……まあいいですよそれは。それはいいんですよ本当は。問題はフレデリクだ。何で彼はああまで強情なんでしょうかね?」
「い、いやそれを儂に言われても……」
「ああ全く強情にも程がありますよ! 折角タルケットが気を使って謝りに行ったと言うのに、彼なんて言ったと思います?」
「うーむ?」
「『黙れ! 裏切り者の言葉なぞ俺には届かん!』ですよ! 言うに事欠いて裏切り者って酷過ぎません? 苦難を共にしたのはタルケットだって同じなんですよ!?」
「そうであるな……」
「なのに、あの態度! いい加減大人になれと言いたいですよ私は!」
憤慨してそう捲し立てた後、カルナードはがくっと肩を落とした。
「あーあ! 私は何で仲裁役ばかりやらされるのかなぁ! みんな歳は似たり寄ったりでしょうに! 聖職者ってだけですぐそう言うの期待する。私だって好きでやってるんじゃないのに!」
「……」
バラサークは無言で立ち上がり、奥の扉を開けて部屋を出て行った。カルナードは自嘲気味に一人ごちる。
「……まあそうでしょうね。誰も聖職者の愚痴なんか聞きたくないか」
そろそろ帰ろう、と腰を上げた所でバラサークが戻って来た。何かを抱えている。
「大神官カルナードよ、これを試してみるが良い」
それは奇妙な物だった。つるんとした銀色の四角い物と、先端が丸くなった短い棍棒の様な物。
「カラオケと言う。安西さんが『ストレス解消』に良く行っているそうだ。自宅用セットというのがあったので購入してみた」
バラサークは迫力のある生真面目な顔で、力を込めてこう言った。
「気分が滞った時は、これに限るぞ」
カルナードはこの後一泊した。




