魔導士の恋心
「ほんとよサフィアちゃん! 大神官さんマジでオールナイトしたんだから!」
黒魔女がカラカラ笑いながら楽し気にそう言った。
「ねーっ最初は聖歌ばっかだったけどぉ、そのうちポップスいって最後はロックとかヘビメタ熱唱してたよねっ!」
サキュバスがうっとりしたように手を合わせて、その時の事を思い出す。
「かっこ良かったなぁ~。歌聞きながらぁ、キュンキュンしまくりだったよぉ」
「まぁたーあんたはすぐ男に惚れる」
魔王の配下に挟まれて座り、サフィアは笑みを浮べながら、相づち代わりに頷き続ける。その目は泣きはらしたのか、少し赤かった。
魔王バラサークの元に殴り込みに訪れ、気が付いたらこんな状況になっていたのだ。
フレデリクがタルケットと仲違いした時、サフィアはフレデリク側についた。
玉座の間での出来事に納得出来ないのは勿論の事、サフィアは今の状況自体を疑問に思っていた。
『魔王はあのままで大丈夫です。後はフレデリクの心が解けるのを待ちましょう』
妙にすっきりした表情で、カルナードは自信ありげにそう言ったが、サフィアには到底魔王を信じる事が出来なかったのだ。
私は何処までも貴方の味方。サフィアは心からフレデリクにそう言って、寄り添った。励ます言葉をかけ続け、共に修行に励みもした。
フレデリクを愛していたからだ。だから愛する気持ちも自分から積極的に伝えた。
しかしフレデリクは、口を開けばタルケットやカルナードへの悪口しか言わない。そうかと思えば魔王を倒す為の計画や、新たな仲間を捜すべきか等の悩み事ばかりだ。
つまりサフィアへの感謝や愛の言葉なんか、一つも口にしないのだ。
サフィアは不満を募らせた。
そしてある時、決定的な事が起きる。
サフィアが魔王の手で生き返った友人のエルフに、会いに行こうとした時だった。フレデリクが激しく怒りを露にしたのだ。
「サフィア! お前も裏切り者か!」
「えっ何を言いだすのフレデリク……?」
フレデリクは額に血管を浮き上がらせ怒鳴った。
「魔王に寝返った奴等に会いにいくのは裏切りに等しい! お前もあいつらみたいに俺を陰で笑っているのだろう!」
「そんな! 今までこんなに尽くして来た私を、信じてくれないのフレデリク!?」
「信じられぬ!」
その一言でサフィアの何かが音を立てて壊れた。
無言でフレデリクの元を飛び出し、後は怒りに身を任せた。
泣きながら高速飛行で空を滅茶苦茶に飛び回り、海に向かって何度も「フレデリクのばかー!」と叫びながら爆裂魔法を放ち、とうとう勢いで魔王の所に殴り込みに来てしまった。
魔王は泣き喚きながら杖で叩き続けるサフィアを、彼女が力尽きて床にへたり込むまで黙って見つめていた。
何事かと顔を出した黒魔女とサキュバスが、サフィアを強引且つ優しく抱えて和室に連れて行き、今に至ったのである。
彼女達はサフィアの話を聞いてくれ、「そりゃ男が100%悪いわ」「でもいるよねぇ、そういうの」「ってか大概の男がそうなのよ」などと言って慰めてくれ、時々馬鹿話を混ぜて笑わそうとしてくれた。
チャキチャキした黒魔女とほんわかしたサキュバスの掛け合いは、サフィアに笑顔をもたらした。
「あーサフィアちゃん笑ってくれたぁ」
「あら、ほんと。もう大丈夫ね? あなた可愛いんだから勿体ないわよ。これで涙の跡拭いちゃいなさい!」
黒魔女はにっこりと笑うと、サフィアに濡らしたハンカチを手渡した。
涙の跡を拭いていると、さっきまで何処かに消えていた魔王が現れ、ちゃぶ台に大きな鉢と、黒く艶光りする四角い箱をそっと置いた。
鉢の中にはサフィアが見た事の無い、丸い食べ物が入っている。
「饅頭と生和菓子だ。女子には甘い物が良いと思うてな。魔導士よ。箱の蓋を開けてみよ」
サフィアは黒く艶やかに光る箱を開けてみた。
「わっ……」
「きれい……」
三人の女子は目を輝かせた。
箱には美しい色合いで様々な形の、柔らかそうな物が並べてあった。
ピンク色の花を象ったもの。白いふっくらした兎を表現したもの。緑色から黄色のグラデーションになっているもの等々。
「た、食べていいの? これ……」
「食べるのもったいなあい」
「確かに。魔王様、よろしいのですか? 相当に高価な物では?」
「いや、そうでもない。まあ遠慮するな、そなた達の為に買って来たのだ。食べてくれると儂は嬉しいぞ。どれ、緑茶をいれてこよう」
「あ、私がやります」
黒魔女が立とうとするのを、魔王は止めた。
「よい。そなた達はそのままにしておれ。女子衆は普段から頑張っておるからな。こういう気晴らしは必要であろう。何でもこういう会合を、女子会というそうだぞ」
そう言って部屋の奥に消えていく魔王を、サキュバスがうっとりと見つめた。
「あたしぃ、魔王様みたいな人と結婚したいなぁ」
「まぁた! あんたはすぐ男に惚れる」
三人は弾ける様に笑った。
「サフィアちゃん、先に好きなの選びなよぉ」
「え、いいの?」
「いいに決まってんじゃない。ほら、どれにする?」
その後は和菓子を食べながら、お喋りに花を咲かせて過ごした。
時代劇の時間になると魔王もやって来て座り、四人でおかきなる物を食べつつテレビを見た。劇中に出て来た凛々しい男性を見てサキュバスがうっとりし、黒魔女とサフィアは話の展開について解釈や考察を述べ、白熱した議論を交わした。
すき焼きという晩ご飯まで御馳走になり、サフィアはすっかり満たされた気持ちで帰り支度をした。
別れを惜しむサキュバスと抱き合い、「また来なさいよ!」という黒魔女に手を振って、サフィアは地上へ続くワープ門へ向かう。
「魔導士よ! 待たれよ!」
その声に振り向くと魔王が駆けて来るのが見えた。サフィアに追いつくと小さな布の包みを差し出す。
「饅頭の残りと、そなたの為に買っておいた落雁という砂糖菓子である。後で友人と食べるがよい」
魔王はそう言ってサフィアの手を取り、自分の手で優しく包む様に小包を握らせる。
「剣士があの様になった原因は儂にある。儂が必ず剣士の心を解いてみせるから、あやつを恨んでやるな。そなた達は命を共にする程、互いを愛する仲ではないか」
思わず顔を上げたサフィアに、魔王バラサークは力強くこう言った。
「気を落とすでない魔導士よ。そなたの呪文攻撃は、どれも非常に強力なものであった! それ程に強いそなたには、涙は似合わぬ。美しい笑顔で居てこその、そなたであるぞ!」
サフィアの目が見開かれ、頬が少し染まった。離れた所にいるサキュバスが、またうっとりして魔王を見つめる。
「やっぱりぃ、魔王様って素敵ぃ」
……私も……そう……思う、かも。
サフィアはちょっとだけ魔王に惚れた。




