靴は脱いでね
そこはやはり奇妙な部屋だった。
壁は白い漆喰が塗られ、柱は無垢木。調度品も見る限りでは木で作られている物が多い。
階段状の変わった形のキャビネットや、壁に付ける様に置かれた薄くて黒い長方形の物体、部屋の隅に掛けられた縦長で絵が描かれた紙らしき物など、見た事の無い物ばかりだが、最も変わっているのは床だった。
その床は何と、草で編んだ仕様になっていた。いやよく見ると、草を編んで長方形の板状にした物を、縦横と組み合わせて床に嵌め込んでいる様なのだ。
清々しい香りを放つその長方形の物は、金糸が編み込まれた深緑色の美しい縁取りがされていた。
あまりの事に四人は一瞬目を奪われたが、部屋の奥にいた大きな姿を見て再び戦意を露にした。
部屋の奥にいたのは紛う事無き、魔王バラサークであった。
「魔王バラサーク!」
フレデリクが先陣を切ってその名を叫ぶ。
同時に四人は構える……事に努めたのだが、部屋が狭く互いが邪魔をして上手く行かない。
青黒い肌に血の様な赤い目を持ち、漆黒の髪を逆立たせ異形の角を生やした魔王バラサークは、人間より二回り程大きい体で静かに座ったままだ。
先頭に立つフレデリクは、魔王が何故床に座っているのか理解出来ぬまま視線を下に移した。
魔王の手前には、これまた見た事の無い家具がある。
それは円卓の様だった。しかし円卓にしては小さ過ぎた。
木で出来ていると思われるそれは、艶やかなオーク色で、上質なマホガニーのテーブルに匹敵する質の良さだったが、余りにも丈が低過ぎた。
凝った装飾の一つも無く、単純な四角い足と丸い天板で出来たそれは、何やら可愛気さえ感じられる。
「……低い」
フレデリクは呟いた。
あの高さでは、今の魔王の様に床に直接座らねば、到底使えない。
自分達の常識からはかけ離れた光景に、勇者達は酷く混乱した。
魔王はそんな彼等を見やり、その口を開く。
「勇者達よ、よく来た。まあここへ来て、座れ」
バラサークは意外と味のあるいぶし銀な低い声で、思いがけない事を言ってのけた。
「は……?」
フレデリクは束の間、惚けたように口をあけ疑問符を放つ。
「その前にすまぬが、履物を脱いでくれぬか。和室は土足厳禁でな」
「…………えっ」
サフィアが狼狽え気味に自分の足下を見る。
魔王は表情を変えず、同じ事を繰り返す。
「さあ、早く履物を脱いで、ここへ来て座れ。今、茶を出すから」
魔王はそう言ってその奇妙なテーブルをぽん、ぽん、と軽く叩いた。
「そ、それは……それは一体、何、だ……?」
フレデリクは思わず問うた。
「これか。これはちゃぶ台という。ニッポンという国に古来からある食卓だ、勇者よ」