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第三章『決戦②』

 城壁の上に立つマイクロソフト皇帝を見つけて、アレクシアはすぐさま近くの階段を駆け上がった。

 待ちかねたようにして振り返った皇帝が、彼女を見て目を細めた。


「ようやく来たか、アレクシア。本物はやはり変わらずに美しいな」

「…皇帝、」

「それにしても、ずいぶんと仰々しい。なかなか立派な戦車の大群だが、花嫁の結納品にしては、量が多くないか?」

「気に入ってくださると思ったんだけど?」

「すんなりオレの花嫁になるために来たわけじゃないんだろう。用件はなんだ」

「花槽卿を返していただこうかと思いまして。あれはあなたが持っていて良いものじゃない」

「返す?」

 不本意なことを言われたとばかりに、皇帝が首を傾げた。


「あれは自分からここに残ると言ったんだ。私の意志ではない。欲しければ勝手に持っていくがいいさ。ただし本人が了承すればの話だが」

「皇帝、」

 アレクシアは剣を引き抜いた。


「あなたは、私の父を欺いた。私と同じ顔をしたジェスターを利用して接触させ、花槽卿を復活させようと画策し、ファミリアの力を手に入れようとした。…父は良心の呵責にさいなまれ、今まさに死の淵にある。──あなたには、その責任を取ってもらわなければならない。たとえ、この命を賭しても」

「相打ち覚悟か? 愚か者が。…ファミリアの満ちた国の復活は、お前の希望でもあっただろうに」

「こんな犠牲の上に成り立つものではない!」

 思わず感情的になって、声を張り上げた。

「そもそも、あのクーデター自体、あなたが仕組んだものじゃないのか? バフィト陸軍元帥をそそのかし、反逆を企てさせて、ダリール公国を滅亡させたのも、あなたの仕業じゃないのか」

「だったらどうした。私は国が欲しいわけじゃない。ファミリアの力が欲しいのだよ。なのに…」

 皇帝は失笑し、やってられないというように視線を落とした。


「それなのに、あの大公ときたら、平和主義とは名ばかりのボンクラだ。ファミリアのために国民が犠牲になるのは本末転倒だとのたまった。民を守るためなら、ファミリアを失ってもよいと告げたのだ。まったく愚かしい男だ。お前に似て。…それならいっそ、一度すべてを無にして、ゼロから作り上げたものを手に入れようと思ったのだ。…今からでも遅くはないぞ、アレクシア。私のところに来い。ここには花槽卿もいる」

「…お前のせいで、ダリールの多くの民が犠牲になった。私の家族も、家臣も、…無駄に命を落とすはめになったのだ。絶対に許さない」

「平行線だな」

 皇帝が諦め顔で胸中からピストルを取り出すと、アレクシアはそれを素早くムチで弾いた。

 右手に剣、左手にムチ。

 両刀で構えて、臨戦態勢を整えた。

「近いうちに、バフィト王国に新しい王が誕生する。プルーデンス王太子の力で、国は生まれ変わるのだ。すべての軍隊を解放し、バフィトに降伏を誓うというのなら、命は助けてやってもいい」

「お子様だな」

 皇帝は、小ばかにしたようにアレクシアを見据えた。

「人をあやめる勇気などないくせに。口上だけはご立派だ」

 ゆっくりと近づいてくる皇帝を威嚇するように、彼女はその足元にムチを打ちつけた。

「おっと…。──そもそもお前の父が素直に私に従っていれば、こんな惨事にはならなかったのだよ」

「黙れ」

 さらに接近しようとする皇帝の足にムチをからめ、そのまま引き込んで転倒させた。

 しかし足首に絡んだムチを鷲掴んだ皇帝は思い切りよく引っ張り上げ、その拍子にアレクシアがバランスを崩したのを見て、楽し気に笑った。

 即座に剣を振り下ろしてムチを断ち切ったものの、皇帝のピストル弾が頬をかすめて首や肩にまで鮮血がしたたり落ちた。


「まったく、手こずらせるな、お姫様。いきがってもろくなことはないぞ。それこそ無駄に死ぬだけだ」

「無駄ではない! 私には仲間がいる。まだ希望は残っている」

「それはうっとうしい。早く始末しないとな。…このまま死なせるのは惜しいが、私に従わないのなら仕方がない」

 まったく容赦のない言葉を放って、皇帝はアレクシアが体勢を立て直すよりも先に引き金を引いた。

 ぐらりと傾いだ体が倒れる瞬間を、まるで楽しむように幾度も弾丸を打ち込んでいく。

 そうして、数回跳ねたアレクシアが命果てて床に転がった瞬間。

 皇帝は足蹴りにして、その死体を塀の下へと転がり落した。


「死んだか」

 床に片膝をついて、壁下を覗き込む。

 アレクシアの死を確認しようと身を乗り出した刹那。

 ふいにリボルバーが擦れるような音が響き、ひくりと頬をひくつかせた。

「…おやおや」

 意外な来訪に苦笑して。マイクロソフト皇帝は新しいオモチャを見つけたようにワクワクした。

 背後から自分に銃口を向けているのは、風配師トランスフィールドだった。


「久しぶりだなぁ。あのころはまだ愛らしい少女だったのに、ずいぶん大人びたものだ。一人前の風配師になったのだな、おめでとう」

「私を覚えているの?」

「もちろんだ。…しかし名前は忘れたな。なんという名だったかな。…あの頃は楽しかったなぁ。オレもまだ皇帝の重圧など皆無で、国のために生きる覚悟すらなかった。…ただひとりの男として生きていられた唯一の時間だった」

「美しい思い出みたいに言わないで。狡猾な男が! リトシュタインの皇帝があなただと知ったとき、私がどれほど驚いたと思っているの」

「…エレオノーラ」

「っ、」

 そんな風に呼ばれたのは、いつぶりだろう。

 今はもうその名前を知っている者すらいない。


「──お前を探していたと言ったらどうする、エレオノーラ」

「調子のいいこと言わないで」

「ファミリアを求め続けていれば、いつかお前に会えると信じていたよ」

「バカじゃないの。そんな言い逃れをするくらいなら、さっさと辞世の句でも考えたどう?」

 背後に銃をつきつけられ、皇帝はなおも生きることを諦めてはいない。

 その執着が、彼の糧になるのだと思い知らされる。

 振り回されているのはこちらの方だ…今も、昔も──


「オレのところに来い、エレオノーラ」。…お前はオレが好きだろう? どうでもいい存在なら無視してくれてもよかったのに、そうしなかったのはオレへの愛情があるからじゃないのか。だからここに来たんだろう?」

「国と民を背負う男が、自国を巻き込んで恋愛沙汰とは聞いてあきれるわ。──私に会いたいがためだけに、こんな騒ぎを起こしたというの?!」

「言ったろ。オレ一人の男だ。自分の立場も身分も、すべて忘れて愛せたのはお前だけだ」

 おもむろにマイクロフトが振り返る。

 ゆっくりと立ち上がり、躊躇することなく歩み寄ってくるその無法さに狼狽えた。

「…エレオノーラ」

 もう一度名前を呼ばれて。

 意を決したトランスフィールドは、迷うことなく彼に向かって引き金を引いた。

 かすかな声を上げ、重い体が倒れ込んでくる。

 はずみでピストルを落としてしまったトランスフィールドは、懐から取り出した短刀でマイクロフトの胸を一突きにして、さらに抉るように刃を深くねじ込ませた。

 喀血した飛沫が、鉄の匂いを含んで彼女の顔にかかった。

 血塗られたその姿は、愚か者にふさわしい出で立ちだと思えた。


「あなたのせいで、アレクシア公女殿下がどんなにつらい思いをされたのかご存じないくせに。私に対する気持ちも、どうせ言い訳にすぎないのでしょう…?」

「それがお前の気持ちか。──オレへの答えか」

「…責任はとりますよ、皇帝陛下。…もちろん、2人で」

「っ、」

 トランスフィールドが彼に寄りすがったのと、マイクロフトが彼女の体に手を回したのは、ほぼ同時だった。

 どちらからともなく崩れ落ち、ゆっくりと城壁の下へと消えていく様子が、傾いた王城の影の中に溶けていった。



                  ■□■□




 城砦の壁から転落していくアレクシアを、ヴァンが救った。

 飛び込むようにして彼女を救い上げ、そのまま一足飛びに並列した戦車を飛び越えると、彼はマリオ・ランティス・ルノーのいる装甲車に乗り移った。

 砲弾部の脇にアレクシアを下ろしたとたん、罵声が飛ぶ。


「このはねっかえりが! おとなしく待ってろと言ったのに、なぜこんなところにいるんだ!」

「…留守番は性に合わないんだ」

「どうやら、そうらしいな。暴走した馬の手綱はどっかに吹っ飛んでしまったらしい」

「ふふ。おもしろいな」

「そんな場合か!」

 呆れるやら腹立つやらで、心の置き場がない。

 しかし能天気なアレクシアを見ていると、不思議と気持ちが落ち着いてきた。


「ひどい格好だな。せっかくの美人が台無しだ」

 服は泥だらけで、体中あちこち傷だらけ。

 どこで何をしてきたのやら、生きているのが不思議なぐらいだ。

「せっかく女の姿なのに。ロマンチックな再会とはいかなかったか」

 などと笑うアレクシアに、さすがのヴァンも脱力した。

 この戦禍の中。

 とりあえず無事に再会できただけでも喜ぶべきか。…と胸を撫で下ろした、その時。


 ヴァンは、ふいに何かの気配を察して顔色を変えた。

 ものすごい圧。感じたことがないほどのファミリアの力が、空を覆うようにこちらへと迫ってくる。

「戦車の中に入れ」

「え、」

「いいから早く! ランティス侯、あなたもだ!」

 その言葉に、なにかを感じとったマリオは、ふいと首を振った。

「…私はいい。この戦車は1人乗りだ。優先されるべきはアレクシア・クリスタ公女だ」

「なにを言ってる! 1人用だろうが何だろうが、無理やりにでも入らなければ命がない」

「では、あなたが乗るといい、花槽卿」

「オレは、…ダメだ」

 互いに譲り合おうとする2人に結論がつかず、焦りだけが胸内を占めていく。



「2人ともなにを言ってるの?! バカなことを言ってないで一緒に入って!」

 蒼白する彼女を見つめ、ヴァンとマリオは顔を見合わせた。

 なかば強引に彼女を装甲車の中に押し込め、扉の取っ手を握りしめた。

「ヴァン、やめて! 私を1人にしないでっ」

「──アレクシア。…あなたにファミリアのご御加護を。常に健やかで平和でありますように」

「ヴァン?! そんなこと言わないで。まるで別れの言葉みたい。ウソでしょう?!」

 涙があふれてくる。

 頬を伝う雫がぼろぼろと流れ落ちるのを拭う余裕すらない。


「…アレクシア・クリスタ。──ファミリアの妖精は、人と共にある。けれど本来、人の前に姿を現すものじゃない。オレは君の世界にいるべき者じゃない」

「それなら、私も行く!!」

 まるで子供のような言い分に、ヴァンは苦笑した。

「悪いな。…待ってろと約束したけれど。…やっぱり待たなくていい」

「分かってるわよ! あなたにそう言われる気がしてたから、私は追いかけてきたのよ! ここで1人だけ生き残るわけにはいかないわ!」

「──アレクシア・クリスタ。良い人生を」

 そう呟いて。

 ヴァンは突き落とすように彼女を操縦席に押し込むと、迷うことなく固い扉を閉めた。


「これで良かったのかな」

「…あぁ、」

 ヴァンの問いに、マリオは悲痛な表情でかすかに頷いた。


 暴走したファミリアの大群が、リトシュタイン帝国めがけて突っ込んでくる。

 その勢いはもはや止めることもできず。

 甚大な厄災に巻き込まれた国は、王城と周辺の町のすべてを無力化して、瞬く間に荒地となった。

 生存者はほぼゼロに等しく。

 その命は、ファミリアの美しい羽音と光に打ち消されて、土の中に飲み込まれた。



《ファミリアは目に見えない妖精の放つ光。

 最果ての荒地で風花の精は踊る

 かかる三日月は涙のかたち

 その月光のひとしずく》


 荒れ地と化したリトシュタインで、ファミリアの小さな光が、砂塵のように舞い上がった。

 ──空の上には、真昼の三日月。


 装甲車から顔を出し、舳先に上ったアレクシアは、上空を見上げた。

「…空が、…ささやいている。ファミリアが歌っているのだ」


 しかしファミリアの気配は瞬く間に消失し、

 そこにはもうヴァンも、マリオの姿も見当たらず、静まり返っていた。

 ──ただ風だけが、強く吹いていた。



城砦のシーン(皇帝とアレクシア、皇帝とトランスフィールド)の二つの場面は、もう少し丁寧に書きたかったと思うのですが。まぁそんなことしてたら一生更新なんかできないと思ったので。ザックリザックリ!

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