第三章『決戦③』
バフィト王国の軍事力は、数年の年月をかけて縮小され、新国王にはプルーデンス王太子が就任した。
盛大な結婚式が行われ、王妃となったサキソライトはその才を活かして国の復興に貢献した。
「…フェルが生きていたことだけでも救いでしたね」
と、ルフトは笑った。
地下に風配師の町があると聞き及んでいたフェルディナンは、そこに身をひそめることでサキソライトと共に難を逃れたのだった。
それに比べてバフィト国王は、家族に看取られることもなく寂しい最期を迎えた。
死期に立ち会ったのは風配師見習いのルフトのみ。
それでも国王は満足な様子で、ルフトに対して感謝の意を唱えたという。
「あなたに申し訳ないことをしたと、ずっと謝っておいででした」
「…そう」
アレクシアは、ただ静かに頷いた。
父であり、敵でもあった男は、もういない──
心の拠り所であった者たちは、みなこの世界から消えてしまったのだ。
「そういえば、リトシュタインの瓦礫の下から、お師匠さまが見つかりました。ほぼ虫の息でしたが」
「トランスフィールドは生きていたのか?! あの戦火に巻き込まれたのだと思っていたが!」
「プルーデンス国王の妹宮シェノアさまが、リトシュタインにて保護しておられるそうです。彼女は国命で、リトシュタインの新・皇帝に任ぜられましたから、あの国にいれば安心でしょう」
「──あのシェノアが、皇帝ね」
アレクシアはくすりと笑ってしまった。
いまだマイクロフトは見つかっていない。
皇帝はファミリアに飲み込まれて消滅したのだろうという見方が有力だが、この状態が続けばいずれその名も伝説化されるのだろう。
「シェノアにかかれば、軍事大国と恐れられたリトシュタインも、兵力維持どころではないだろうな」
積み上げられたヒーリング本と薬草畑に占領されて、さぞかしのどかな国に生まれ変わるのだろう。
怒りに任せて暴走するファミリアを止める術はなかった。
その力がバフィト王国にまで及ばなかったのは幸いだったが、被害は少なからず。
復興までに、まだしばらくの時間を要すると思われた。
「…終わったんですよね、…なにもかも」
寂寥感を漂わせるルフトの発言に、アレクシアはなにも言い返せなかった。
──ファミリアは、今度こそ本当に消えてしまった。
そしてプリンシパルも。
ファミリア自身が、その力の無力化を望んだため、この世界に花槽卿は無用と判断されたのだ。彼は、その姿形を失くして自然へと還っていった。
「これからどうされるのですか」
ルフトに尋ねられて、ふっとかすかな笑みを浮かべた。
「実は、国境近くのぺトラスト山に住もうと思っている。すでにフェルには伝えてある」
「俗世で生きるのは、もウンザリですか」
皮肉に似た発言に、アレクシアは複雑な面持ちでルフトの頭を撫でた。
「国境沿いでの外交を維持しようとしたマリオ叔父の遺志を引き継ぎたいんだ。ただし武力交渉ではなく、私のやり方で。…それに、あそこには豊かな畑が残っている。のんびり暮らすのも悪くないさ」
本当はシェノアも一緒にと考えていたが、リトシュタインの皇帝に任命されたのなら仕方がない。
あの国にとって、彼女は必要な人間だ。
兵士たちも軍医も、みなシェノアの薬草知識を頼りにしていることだろう。
「フェルとサキソライトの結婚式も見られたし。…それに長年の目的であった国王暗殺の復讐劇も、一応は遂げたことになったらしいしね。今日中にはここを立とうと思っている」
「寂しくなりますね」
「たまには会いに来るから、そんな顔をするな。お前だって、ここからが正念場だろう」
トランスフィールドという師匠と離れてしまった今。
ルフトは、いよいよ見習いという肩書きをはずす時期に来ている。
それぞれが、それぞれに、自分のなすべき目標をめざす時なのだ…
■□■□
ファミリアの襲来から難を逃れたぺトラスト山は、以前と変わらず美しい景観を残していた。
森も、山も、川も、そのすべてが記憶にあるがまま、目の前にあった。
寂しいと思ったことは、ない。
そんなことを考える余裕もなく、アレクシアはひたすら働いた。
たくさんのことを忘れたかったし、早く時間が過ぎてしまえばいいと思っていたせいかもしれない。
それに、国境近くで隣国の人々と会話をし、情報を収集し、それをバフィト王国のために活かすことは、遠からずフェルディナンの役にも立つだろうと実感していた。
背後に人影を感じたのは、そんな日々を過ごしていた時だった。
こんなところに商業人が来るのは珍しいと思いつつ振り返ったアレクシアは、その人物に驚いて飛び上がった。
「ファング、無事だったのか!」
「お久しぶりです。ご無沙汰しております」
「…そうか、うん」
とたんに、涙があふれてきた。
戦禍の中で行方不明になったと聞いていたから、てっきりもう死んでいるのかと思っていた。
諦めていた仲間との再会は、生涯でなによりも幸福であると思える一瞬だ。
「お元気そうでなによりです」
と挨拶され、思わずため込んでいた感情が溢れ出てしまった。
──元気、と言われれば、そうかもしれない。
けれど、なかば抜け殻のような、空虚感がないわけでもない。
ほっと息をついたアレクシアは、畑の前にしゃがみ込んで柔らかな土に手を伸ばした。
まるで寄り添うようにして、ファングがその隣で両ひざをついた。
「…ファング。…私はよく分からない」
嬉しいのか、悲しいのか、ガッカリしてるのか、ホッとしてるのか、
正直に言うと、いまだ自分に気持ちを見極められていない。
こんな思いを、おそらくこれからも抱えて生きていかなきゃならないのだろう。
「来てくれてありがとう、ファング。感謝している」
「今日までよく頑張ったな。ご苦労さま。愛してるよ」
そう呟いた彼の唇が、ふいにアレクシアの頬をかすめ、彼女はきょとんと目を開いた。
…その言い方…どう考えても、違う人物を彷彿とさせる──
「っ、…ヴァン…?」
「もし殿下が生きていたら、こうすると思って」
その発言に、思わず彼の腹を拳で殴っていた。
「──痛った…」
「お前! 不謹慎だぞ。私がどんな気持ちでいると思ってるんだ!」
「分かってますよ。それはもちろん、言われるまでもなく」
クリーンヒットした腹部を押さえつけて、ファングは前かがみになって苦笑した。
目の前では、アレクシアが真っ赤になってうろたえているのが可愛らしい。
「心配しなくても、オレの中にヴァン殿下もいる」
「!」
「花槽卿が消滅する寸前、彼は自分の精神をオレ(ファング)の中に移したんだ」
「…あなたは、いったい何者なの?」
前からずっと不思議だった。
ただの護衛士が、ヴァンとはなんの繋がりもない一介の人間が、
いくら親しいからといって、ここまで密接に関与できるものなのだろうか。
すると、
ファングは無言のまま、汚れたストールをそっとアレクシアの首に巻きつけた。
今は亡きアンティナ王妃にもらった、空色のストール。
ジェスターに撃たれて鮮血に染まった時も、たしかファングの中のヴァンが助けてくれたのだった。
黙ったままのファングを、アレクシアはじっと見つめた。
瞳が青い、空色の…暖かな、春の空の、色──
「お前、まさか、王妃の…死んだはずの、息子か?!」
ヴァンの片翼。
どんなに遠く離れていても、一心同体で繋がれた唯一の存在。
しかし彼は答えることなく畑に手を伸ばし、小さな葉に手を伸ばした。
「露桟敷が、育っているのですね」
「…あぁ」
でもそこからファミリアが生まれると決まったわけじゃない。
枝が伸び、花が咲き、実がなったとしても、それは違う種になって息吹くだけかもしれない。
「ファミリアが生まれてくれると良いのだけど…」
「気の長い話ですね」
と、ファングは笑った。
「でも、いずれまたプリンシパルは現れるでしょう。今はまだその命すらなくても。いつか、必ずあなたのところに戻ってきます。──それまでは、オレがあなたのそばにいるから」
新たなプリンシパルは、ヴァンではないかもしれない。
別の姿で、別の人格を持ち、別の生き方をするかもしれない…。
まして、アレクシアが生きているうちに会えるとも限らない。
けれど、
「…いいんだ、それでも。どんな形でも、どんな容姿でも。…彼が、彼であるならば…」
また一からはじめる。
私は、待っている…
露桟敷の葉の上に、小さな三日月の模様が浮かんでいる。
木々の枝の隙間から差し込む日差しを受けて。
生まれたばかりの葉は、優しくほのかな光を放っていた──
このシリーズは一応ここで完結、のはずだったのですが。あまりにふわっとした終わり方だったので、続きを書いた方がいいのかなと思って(笑)なので、もう少し書きます。蛇足になりませんように祈るばかり、汗。




