01 プロローグ 悪夢
どうもこんにちは。
プロローグです。
どうぞよろしくお願いします。
鉛色の空からは絶えず水滴が零れ、路面の色を変えていた。道路のあちこちには水たまりができている。走れば、水たまりの水が撥ねそうだった。
「またねー」
「将気くん、傘持っていきなさい。気を付けてね」
二つの声に見送られ、小学生――一木将気は、家路につく。
「ありがとうございます。明日学校で返すね」
丁寧に頭を下げてお礼を言うと将気は玄関に背を向け、傘を広げる。水色の生地に白い水玉模様のビニール傘。まだそんなに使われていないのか、きれいなものだった。雨粒は滑らかに落ちていく。
時刻は午後五時を過ぎている。
雨が降り始めたのは放課の少し前。傘を持っていなかった将気は、雨宿りがてら、学校近くの友達の家で遊ぶことにした。
帰る時分になっても、雨は降り続いていた。
友達の家で、帰りが遅くなることは家に伝えてある。この雨の中でもそれほど心配してはいないはずだ。もっともこの時間ならば、母は夕食の準備で忙しく、勤め人の父は帰っていない。
友人宅から自宅までは、子供の足だと十分程度。
過去に一度雨の中を走って帰ってズボンを泥だらけにしてしまったことを思い出す。母は怒らず、「しょうがないな」と笑っていた。タオルを持ってきてくれたのを思い出す。次はできるだけ汚さないようにしようと思ったのだった。
傘もある。門限は決められてはいない。遅れたからといって怒られることもないから慌てて帰る必要はない。将気は自分にそう言い聞かせた。
出る前に一本電話を入れておけばよかった。そう思ったからか自然と足が速くなっていた。
道のりも半ばまで来たころ、やたらと速度が速く、荒い運転の車がいた。将気は危険を感じてできるだけ車道から離れ、立ち止まる。前方に派手に水飛沫がかかった。止まらなければ服が水浸しになっていただろう。
水をかけられたら、ナンバーを覚えておきなさい。母はよくそう言っていた。訴えるだのどうだのと言っていた。
黒いセダン車。ナンバーを覚えながら、なんとなく嫌な感じがした。大した減速もせずに角を曲がっていった。
車に水を引っ掛けられそうになったくらいで、その他の邪魔は入らなかった。濡れた路面に配慮したからかいつもより少し時間はかかったが、自宅に到着する。
無塗装のブロック塀に取り付けられた黒い金属のゲートは、半開きになっている。少し押して入り、振り返って閉める。
白いトヨタのミニバンを通過し、玄関ドア前へ。
一木家の車はレジャー用。父の通勤は公共交通機関。母は運転をしない。家に誰かがいる指標とはならない。
玄関先で傘の水を飛ばす。
明日忘れないで返さなきゃ、と思いつつ。背負っていたランドセルを体の前に持っていく。手を突っ込み鍵を探す。
夕方に帰った時は、母が台所で必ずといっていいほど家事をしている。
インターフォンを鳴らせば母が出てきてくれるが、家事の邪魔をしないようにと鍵を持つことを提案したのは将気だった。
ツーロックの錠を回しドアを引くが開かない。すぐに施錠されていなかったと思い当たり、再び同じ鍵を差し回すとドアは開いた。
「ただいまー」
施錠されていなかった玄関のドアに違和感を覚えながら、帰ってきたことを家人に告げる。
誰かがいれば大抵応答が返ってくるが、返答はない。数時間前電話に出た母は急遽買い物にでも出かけたのかもしれない。
入ってきたドアを施錠し、借りた傘を傘立てに立てる。靴を脱ぎ家へと上がる。
靴を揃えるのも忘れない。その際に、父と母の靴が綺麗に揃えられているのを見つけた。二人とも家にいるらしい。にもかかわらずどちらからも返答がない。よほど忙しいのだろうか。
将気は廊下をまっすぐ行き、居間のドアを開ける。
一瞬、息をするのも忘れた。いつもの綺麗に整頓された居間ではなく、まるで強風にさらされたかの様相が目に映ったからだ。
ほぼすべての収納棚と引き出しが開けられ、中身はフローリング張りの床に散らばっている。キッチンの収納さえも。
居間の床にはガラス片も散らばっていた。居間の大窓が割られているらしい。壁にも何かで殴ったようなへこみや穴が点在した。
泥棒だ、と将気は思った。大窓を割って侵入したのだろう。
両親はこの惨状をすでに見て、知っているはずだ。それでもその姿はない。ではどこに? そんな疑問が生じた。まさか。考えたくないことを考えた。
「おとうさん? おかあさん?」
不安に駆られ呼びかける。震える声に誰も応えない。
「おとうさん? おかあさん?」
再び呼びかける。先ほどよりははっきりとした声で。誰も応じない。遠くで車のクラクションが返事をするように鳴った。二階を目指す。寝室や書斎にいるのかもしれない。居間にある階段へ向かう。階段にはさほど物は散らばっていなかった。
段差へ足をかけたところで、将気は止まった。段差を登ろうとふと床を見ると、足跡が続いているのが見えたからだ。
それは、大窓から洗面所の方向へ向かっている。いや、逆だ。洗面所から大窓へ向かっていた。
その足跡が赤いということに将気は気が付いていなかった。気が付かない、ふりをした。
大窓の方へ向かう。外へ出ただろう足跡は庭の土に残っていた。外に出るよりもまずは家の中を見回ろうと足跡を反対に辿る。
嫌な予感がする。足元のガラス片に気を付けながら居間を横切る。洗面・脱衣室。
こちらもひどいものだった。洗濯機は倒され、洗面台の鏡が割られている。床に散乱した衣類の上にもやはり例の足跡は残っていた。
両親が見ていた刑事ドラマで「現場保存」という言葉を聞いたことがある。できるだけ足跡を、ものを踏まないように浴室のドアへ向かう。
足跡は浴室ドアの前から続いていた。浴室が始点なのだろう。
浴室のドアは数センチ開いていたものの、中は見えずどうなっているのかわからない。やはりそこまで行くしかないようだった。
ドアに到達する。開けたくない。開けてはーーいけない。
一瞬の躊躇い、将気は蛇腹のドアを横にゆっくりと引いた。
将気の記憶では、浴室の壁はこんな色じゃなかった。
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次回、目覚めた将気。一本の電話をかける。
「02 第一話 朝の電話」




