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羽根のような男

 

「で、どういう風の吹き回し?」


 マシュウとヘレナのダンスを遠目に眺めていると、ジェロームが私にそう言った。

 レナード殿下が帝国軍の総帥を見つけて挨拶に行ってしまったので、今はこのうさんくさい幼馴染みと二人きりだ。


「あら、何のこと?」

「シェリーがマシュウを他の女の子と踊らせるなんて、天変地異の前触れかなって」

「はい?」


 何を言い出すんだこの男は。

 自慢じゃないが、私がマシュウの交友関係に口を出したことは一度もないぞ。だからこそ時々ジェロームとつるむのを容認しているのだ、自覚してくださいませ。


「私、マシュウが踊るのを止めたことなんてありませんけど」


 そりゃあね?

 マシュウは格好良くて可愛いうえに名門ハーヴェイ公爵家の一人息子ですもの、ちょっと目を離すと連れ去られるから警戒はしています。下心丸出しの輩が近づいてこないように牽制するのは、姉として当然の務めでしょ?


「シェリーが傍にいるだけで怖いから」


 ジェロームがにやにや笑う。

 覚えてらっしゃい、後でどさくさ紛れて思い切り足を踏んでやるんだから!


「人聞きの悪いことを言わないで欲しいわ」

「でもさ、今だってオレに誰も寄って来ないだろ。君がいなけりゃとっくに囲まれてるよ」


 それはまあ、確かに……、てことは何、私は結界か? 魔除けの札か?

 考えてみれば、こういう場で私が気安く話せるメンバーは攻略対象とその関係者に限られている。ゲームみたいに『取り巻き』を作るのは良くないと思って避けてきたからだ。だけどさ、これって客観的にみたら攻略対象のグループを私が独占してるように見えるんじゃない?


 もしかして、だからみんな近づいてこないのか?

 どうしよう、私ってばやっぱり悪役の器なの?


「……」

「あれ、どうかした?」


 ちょっぴりヘコんでいたら、ジェロームがいぶかしげに私を覗き込んできた。


「私、嫌われているのかしら」

「は……、え?」

「やっぱり高慢ちきで意地悪だって思われているのかしら」

「な、なに言ってるんだよ、そういう意味じゃないって」

「じゃあどういう意味なの?」

「ばっ……、あのさ、急にしおらしくなるのはやめたほうがいいと思うよ」


 しおらしくなんかなってない。情緒不安定だ!

 と、威張って言うことでもないのでせいぜいジェロームを見上げてにらみつけてみる。ジェロームは3秒ほど私の視線を受け止めて、それから何故か背筋を伸ばして天井を見上げた。


「そうじゃなくって」


 と、呼吸と一緒に言葉を吐いてから、ようやく私に視線を戻す。


「シェリーは公爵令嬢だし、みんな遠慮してるって意味、です」

「え、どうして敬語?」

「や、だからさ、あんまり誰かに肩入れするってことがないだろ。ましてやマシュウと踊らせるなんて、あの伯爵令嬢のどこがそんなにお気に召したのかなってさ」


 ジェロームにそう問われて、私ははっと我に返った。


「ジェロームだって、彼女の噂くらいは聞いているでしょ?」

「そりゃね。突然伯爵家の養女のなった娘が社交界に出てくるっていうんだから、嫌でも噂は耳に入るよ」

「……ジェローム」


 その噂を知った上で、ヘレナを守るために一緒に入場してきたとか? 

 いや、買いかぶりすぎかしら。でも、基本女の子に親切なのが唯一の取り柄の男なので、ありえない話ではない。


「それに、なかなか可愛い娘だし」

「ええ、そうね」

「あのお辞儀見た? 仔リスみたいだっただろ」

「……私も同じことを思ったわ」


 まったく同じ感想だったのでしぶしぶと認めると、ジェロームはクツクツと笑ってからぐっと声を抑えた。


「それに、ボーフォート伯爵は手広く商売をやっていて、資産家だ」

「そうなの?」

「君にはピンとこないかもしれないけど、金に困っている貴族はけっこういるからね。ボーフォート家の親戚筋にも、ヘレナのことを快く思わない連中はいる」

「え?」


 考えてもいなかったので思わず見上げると、珍しい真顔。


「逆に、利用しようと近づく輩も大勢いるだろうね」

「……そんなこと、考えてもみなかったわ」

「は、自覚ないみたいだけど、シェリーは箱入りだから」


 そうでもありませんけど、否定はしないでおこう。


「今日だってオレに会ったからよかったけど、中庭から内廷にでも迷い込んだらひと悶着だ。そもそも、あっちに迷っていくことがおかしい気がする」

「どういう意味?」

「誰かに意地悪されたんじゃないかって話」

「えっ、」


 何故か心臓が跳ねて、思わずふるふると首を振る。


「わ、私じゃないわよ?」


 言ってしまってから、これじゃかえって怪しいんじゃないかと気付いたけど遅い。

 ジェロームは私をじっと見てから、口元を抑えてくつりと笑った。


「はは、そんなのわかってるって」

「わかって、る?」

「シェリーがそんなことする理由はないからね。何おかしな心配してるの」


 あれ、意外に信用されてた。

 でも、ゲームの中なら犯人の筆頭候補はハーヴェイ公爵令嬢、……つまり私だ。

 それ以外となると……、何人か候補は頭に浮かぶけれど、証拠はなにもない。機会があったらヘレナ本人に聞くしかないか。


「ま、彼女のことはオレも気にかけておくよ」

「あら、どうして?」

「ヘレナには借りがあるんだ」

「借り?」

「このまえ、コーデリアが助けてもらった」

「コーデリアが?」


 コーデリアはジェロームの妹で、私の数少ないお友達だ。線の細い少女で、ゲームではヘレナの親友ポジションでもあった。


「買い物先で具合が悪くなってさ。無理するなって言ってるのに」

「まあ、それは心配ね」


 コーデリアとヘレナの間に既にフラグが立っているなんて、意外。でも、二人が仲良くなるのはゲームの筋書き通りではある。


「それで今夜は姿が見えないのね。残念だわ」

「ここ数日体調が悪くて休ませた。あいつ、シェリーに会いたがっていたからさ、また顔をみせてやって」

「まあ……心配ね。もちろん会いに行くわ」

「ありがとう」


 ジェロームがようやくにっこりと、ほんとうに笑った。

 いつもいつもうわべばっかりだけど、コーデリアの話をするときだけは優しさがみえる。個人的にはいろいろと思うところのある男だけれど、妹思いなところがあるから憎みきれないんだよね。


「さて、ではオレたちも踊りますか」

「……そうね、じゃあ一曲だけ」


 ほら、足を踏んづけてやらなきゃならないし。

 ここでずっと話しこんでいるのも悪目立ちしてしまう。


「では、麗しきシェリー、お手をどうぞ」

「羽根のように軽薄な申し込みだけど、今は甘んじてお受けしますわ」




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