第二皇子は世界観が違う
「姉上」
ジェロームと一曲踊り終わると、マシュウがヘレナをエスコートしてやってきた。
「マシュウ、それにヘレナも」
「おっと、パートナー交代の流れかな?」
隣でジェロームがはずんだ声を出す。それは私が相手では不満があったということかしら? だけど今はジェロームなんかどうでもいい、問題はマシュウとヘレナだ。少しドキドキしながら、私はヘレナに問いかけた。
「ヘレナ、マシュウは失礼なく踊れたかしら」
「はい、もちろんです!ずっとリードしていただいて、助けていただきました」
ヘレナの頬はほんのりピンク色で、目がキラキラと輝いている。あーこういうとこ、やっぱヒロインだよね。場慣れしてない感じと素直で元気なところ、私は大好きだったよ。
「よかったわ。この子は人見知りだから、少しだけ心配していたの」
「姉上」
おっとまずい、可愛い弟に睨まれましたわ。ついつい子供扱いしちゃうクセ、なんとかしないとそのうち本気で怒られちゃいそう。だけどマシュウと私のやりとりをみて、ヘレナはクスクスと可憐に笑う。だいぶリラックスしたみたい、よかったよかった。
「いえ、シェリー様、マシュウ様はお優しくて、本当に楽しく踊らせていただきました」
「まあ」
心の中でガッツポーズですよ!
内なる喜びを悟られるとまずいので、私はお腹に力を入れてできる限り品良く首を傾げた。ヘレナがはにかんだようにマシュウを見上げる。
「あの……、ありがとうございました、マシュウ様」
「いえ、こちらこそ。機会があればぜひまたご一緒に」
あら?
あららあ?
なんかいい感じじゃない?
マシュウってば、にっこり笑っちゃったりして、珍しい。小さいころは人見知りでいつも私の後ろに隠れていたのに、成長したなあ。既に仲人のような気持ちで若い二人を眺めていると、空気を読まない軽薄男がすいと前に出た。
「なーんかいい雰囲気だけどさ、先約は俺だったんだぞ、マシュウ」
おどけた調子のジェロームに、マシュウは苦笑いで応じる。ようやくヘレナはヒロイン然として、きょとんと瞬きをした。そうそう、ヒロインたるもの鈍感でなくっちゃね。そんなヘレナに、ジェロームがパチッとウィンクをする。
「てなわけでヘレナ、次こそ俺のお相手を」
こらジェローム、二人の邪魔をしない! つーか、男のウィンクってこの世界じゃなきゃ許されない所業だからね。なんかもう、絵になるっちゃあ絵になるのがムカツク。
文句を言おうと思ったとき、背後から聞き慣れた声が私を呼んだ。
「シェリー、ここにいたのか」
「あら」
現れたのは第二皇子、クリス様だった。あいかわらずいかつい護衛のロイを後ろに従えている。クリス様の周囲だけなんだか世界観が違うの、いっつもニコニコしちゃうんだよね。
「またお会いしましたわね、クリス様」
「さっき後でなって約束しただろ。一曲踊ろうぜ……、お?」
全然なってない誘い文句の途中で、クリス様はヘレナに気付いたらしい。まじまじと顔を眺めている。おーい、クリス様、あまりにぶしつけですわ。しかしヘレナはパチパチと瞬きをしてやんちゃな皇子様を見つめ返した。今夜はいろんなことがありすぎて感覚が麻痺しているのかもしれない。
「……お前、ひょっとしてボーフォート伯爵の養女?」
「はい。ヘレナ・ボーフォートでございます」
ドレスの裾を軽くつまんで、ふわりと膝を折る。おお、さすがヒロイン、やればできる子だね。その仕草はなかなか愛くるしいと思います。なんてのんきに考えていたら、クリス様がためらいもなくヘレナの生い立ちに切り込んだ。
「そっか、やっぱアンに似てるな」
「!」
ええっ、それを今ここで言っちゃう?
クリス様ってば、個人情報とかデリカシーって言葉をご存じですか?
しかし言葉にしてしまったものは仕方ない、沈黙は金、誰がどこまで事情を知っているのかわからない今、ここは黙ってヘレナの出方を見守ったほうがいいだろう。
「あの……、私の母をご存じなのですか?」
ヘレナの声は微かに震えていた。
まあ、当然の疑問だよね。ヘレナは母親のアンと二人、ずっと田舎で暮らしていたのだもの。お城の舞踏会で、自分と同い歳くらいの男性が自分の母親を知っていたら驚きしかないだろう。
「ああ、アンはうちの城で働いていたからな。昔よく遊んでもらったんだ」
「それでは、あの……、ええと……、」
クリス殿下、クリス殿下、自己紹介。自己紹介を忘れています。
唐突に現れた不躾な――もとい、気さくな男性に唐突に母親の話をされたら、ヘレナじゃなくても戸惑います。仕方ない、ここはフォローを入れておくか。
「ヘレナ、こちらの方は第二皇子のクリス殿下ですわ」
「ええっ!」
うんうん、第一皇子も不意打ち、第二皇子も不意打ちってひどいよね。
けれどクリス様は不機嫌そうに首を振った。
「殿下はやめろ」
「いいえ、情報は正確に伝えませんと」
言い返すとクリス様は唇を尖らせた。傍らでマシュウとジェロームが顔を見合わせ、笑いをこらえている。
クリス様が『皇子』という立場を昔から窮屈に思っていることを、幼馴染みの私たちは知っているのだ。最近は本気で身の振り方を考えていて、軍に入ることを希望しているらしい。おそらくレナード殿下が正式に皇太子になれば、クリス様は望みをかなえるだろう。誰かが止めたところで、聞くような性格ではないから仕方ない。
マシュウとジェロームをじろりと睨んでから、クリス様はヘレナに向き直った。
「俺のことは、クリスでいい」
「は、はい、……クリス様」
「おう。なんか困ったら言えよ。後で一曲踊るか?」
「あ、ありがとうございます、光栄です!」
「よし」
ヘレナの返事に満足したらしく、クリス様がにかっと笑みを浮かべる。言いたいことを言ったせいか、殿下は機嫌良く腰に両手をあてたまま、今度は私へと視線を移した。
「じゃ、シェリー、踊ろうぜ」
「え? でも、ヘレナは?」
「ジェロームが先に申し込んでるんだろ。割り込みなんかしねーよ」
えー、ホントですかあ? それ『今は』割り込む気分じゃないっていう意味ですよね。いつだって自分の気の向くままに生きているクリス様の台詞とも思えません!
だけど、クリス様は口をへの字にして私の手を取る。
「それに、今はお前を誘いに来たんだ、行くぞ」




