お姉様は回復中
「疲れたあ」
舞踏会の話から、私やマシュウの縁談、軍に入ることを希望しているクリス皇子の話。晩餐の話題をさんざんかき回して、叔父様は上機嫌で帰っていった。私たち姉弟が皇子たちと仲が良いのを確認して喜んでいるのは間違いない。
「お疲れ様です、お嬢様」
エルが運んできてくれたホットミルクを一口飲む。うん、あまーい、美味しい。
「……どうして俺の部屋でくつろいでいるんですか?」
向かいの椅子に座ったマシュウが若干不機嫌そうだけど、そんなの決まっているじゃない。
「だって、疲れているの」
「ご自分の部屋で休めばいいでしょう」
「マシュウの顔を見ていると癒やされるでしょ。だから私、ここにいたほうが回復が早いのよ?」
にっこり笑ってみせると、マシュウはすいと目を細めて私を見つめた。ああ、そんな顔をされるとちょっとゾクゾクしちゃう! やっぱ元気出てきたぁ。
「俺の回復は遅れます」
「まあ大変。マシュウもザガリー叔父様は苦手ですものね」
「苦手というほどではありません」
「そう?」
「ええ、わかりやすい野心家だなとは思っていますけど」
まあね、その通り。
どうしてザガリー叔父様がシェリーの悪事に加担したのか、『ゲーム』を遊んだときにはよくわからなかったけど、ここで生きてみて、本人と話してみて少し理解できた。
あの人はおそらく、軍で権力を握りたいのだ。『シェリー』がうまくやって皇子と結婚すれば強力な後ろ盾になるという打算が、今の私にはみえる。
「そういえば、お茶会の誘いはどうするんです?」
ザカリー叔父様の話に辟易したのか、マシュウが珍しく話題を振ってきた。聞いていないようでちゃんと会話を聞いているのが、私の弟の可愛いところなのだ。
「そうねえ、たくさん招待状をいただているけど、まずはコーデリアの顔を見に行こうかなって」
「ラズボーン家ですね、いつですか?」
「明後日よ」
答えると、マシュウはなんだか微妙な表情で視線を逸らした。
「どうかした?」
「いえ、その日俺もジェロームのサロンに招待されているので」
「……あ、そおう」
コーデリアが私を、ジェロームがマシュウを招待しているってことは、『姉弟揃って絶対来てね!』って意味だよね。ラズボーン家は当主からして野心家で社交的、跡取りのジェロームも含め、とにかく人を集めるのが好きなのだ。
妹のコーデリアだけは内向的で、私へのお誘いは『個人的なお茶会』と書いてある。
「ジェロームのサロンなんて無理して行かなくてもいいわ、マシュウ」
「姉上はコーデリアのところへ行かれるのでしょう?」
「ええ。舞踏会に来られなかったこと、きっと残念に思っていると思うの。それに、たまには私もお友達とゆっくりおしゃべりしたいし」
ゲームでは取り巻きに囲まれ派閥を作っていたシェリーだけど、今はできるだけみんなと公平に接するようにしている。つまり、幼馴染みでもある攻略対象の関係者以外とはあまり深いお付き合いはしていない。そんなわけでコーデリアは私にとって大切なお友達だ。
「そうだ、マシュウもジェロームのサロンなんか抜け出してコーデリアとお茶会に参加するのはどうかしら」
我ながらナイスアイデア!
だいたいジェロームが主催なんて集まり、ほぼ合コン状態で違いないのだ。マシュウが参加したら性質の悪い女がコナをかけてくるに決まっている。
「俺を招待しているのはジェロームです」
「私、コーデリアにお願いしてみましょうか?」
「やめてください。マナー違反ですし、コーデリアに迷惑でしょう」
む、確かにね。引っ込み思案なコーデリアのお茶会はいつも女の子限定だもの、そこにマシュウが突然参加というのも穏やかじゃない。やっぱラズボーン家には私一人で行くとして、マシュウには留守番してもらったほうが良いかしら。
「じゃ、ラズボーン家には私一人で行くわ。マシュウは家でゆっくりしていたら?」
「いえ、俺も行きます」
「私のことなら心配しなくていいのよ? コーデリアのお茶会ですもの」
「別に姉上の心配をしているわけではありませんので、おかまいなく」
あ、そおう、可愛くなーい。
『意地悪な義姉に虐げられ心を閉ざし、何事にも無感動で無関心な貴公子』……、というキャラで大人気だったマシュウだけど、そもそも今のマシュウは虐げられていない。私は知っている。無感動なのはもともとの性格で、無関心なのは面倒くさがりなだけだ。だけどそんなマシュウが時々優しかったり呆れたり怒ったりするところにキュンキュンしちゃうんだよね。あー、可愛いヘレナに振り回されてやきもきするマシュウをはやく拝みたーい!
「さ、そろそろ部屋に戻ってください。俺はもう寝ます」
マシュウの声は平坦だ。
だけどゲームの筋書き通りならば既にヘレナのことが気になっているはず。いや、気になっていなくてもこれから気になってくるから!
「マシュウ」
「はい、まだ何か?」
「あなた、困っていることとかやりたいこととかないの?」
「は?」
「何か望みがあれば、なんでもお姉様に頼ってくれていいのよ?」
とっておきのにっこりで見上げると、可愛い弟はため息をこらえた顔でわずかに顎を引いた。
「そうですね、はやく寝たい夜に家族が部屋に居座るので困っています」
「……なるほど?」
「それからその家族が、普段からもう少し落ち着いて行動して欲しい、というのが今一番の願いです」
「まあ、大変ね」
あっそう、ふーん。
誰のことを言っているのかわからないけど、一応考えておきますわ。




