#037「よい御年を」
――須磨の紅葉、御堂筋の黄葉、神戸の褐葉、モミジの天麩羅、銀杏の串焼き。こないだ、やっとカエデやイチョウが色付き始めたトコやと思てたら、いつの間にか落ちてしもてて。今はもう、ビルの谷間を北風が吹いて、時折、小雪もチラつく、マフラーや手袋が欠かせない季節。
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「大阪に居たときは、よく箕面や嵐山に紅葉狩りに連れて行かれたものだけど、今年の秋は、どこにも観に行けなかったなぁ」
「仕事が立て込んでましたからねぇ」
「今も、そうだけどね」
「先ほど阿蘇さんからの呼び出されてましたけど、何だったんですか?」
「机の上に、資料を平積みにしたり、私物を散らばったままにしたりしないようにって、注意されてたの。でも、片付けてられないわよ」
「イラスト関係は、何かと嵩張るものが多いですからね」
「ファイル・マンハッタン。サンプル・ミルフィーユ」
「雪崩や洪水に注意ですね」
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――歳末セールに売り尽くしバーゲン、ケーキや御節料理の予約、御歳暮や年賀ハガキの販売。至るところで、サンタクロースやトナカイの格好をした店員さんや配達員さんの姿が見受けられる。人通りの多い場所では、モールやオーナメントで飾られた樅の木や、じっと見つめていると目がチカチカするような、目映いピンクやブルーのイルミネーション。そして、あちらではクリスマス・ソングが、こちらではお正月の童謡や唱歌が流れている。師走で街は華やぎ、行き交う人間も、どこか浮き立ってる季節。だけど僕は、いまは自宅を離れられないんだ。
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「年末進行で締め切りが一週繰り上げられるから、二十三日が締め切りか。校閲から真っ赤になって返って来た、この原稿。たったの一週間で送り返さないといけないのかぁ。指示だけで、赤ペン一本分のインクが消費されそうだよ、コレ。嫌になっちゃうなぁ」
『ごめんください』
「あれ、誰だろう? 来客の予定は無いはずなのに」
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――手持ち不如意なときに限って、何かと物入りになるように、忙しいときに限って、何かと用事が重なるもの。何とも間の悪いことに、玄関先に立っていた女性は、茜さんのお母さまだったんだ。
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「という次第で、本物の葉山葵は僕だったんです」
「やっぱりカラクリがあったんやねぇ。お父ちゃんの話は、どうも美談として出来過ぎてると思うててん」
「申し訳ありませんでした」
「えぇて、えぇて。頭を下げることあらへん。むしろ、それを聞いて安心したわ」
「と言いますと?」
「自分の産んだ娘やから、飛びきりの別嬪さんではないにしてもや。浮いた話の一つ無いんは、どうにもオカシイと思うてたんよ」
「それは、納得して頂けた受け取っても、よろしいのでしょうか?」
「モチのロンや。ほんで、下世話なことを訊くようやけど、茜とはドコまでいったん?」
「はぁ。実は、結婚へ向けて準備を進めてまして」
「あらまぁ、もぅ予約済みなんかいな。返品不可やけど、キャンセルするなら今のうちやで?」
「いえいえ、とんでもない」
「アハハ。冗談やって。真に受けすぎやわ。せやけど、まぁ。茜も、優しくて育ちの良さそうな、えぇ旦那さんを捕まえたモンやなぁ。幸せ者や」
「幸せ者なのは、僕のほうですよ」
「そうか? まぁ、お父ちゃんには機嫌のえぇときを見計らって、それとなく伝えておいたるから安心してな。ほんなら、お暇するわ」
「もう、お帰りですか? じきに茜さんが帰ってくると思いますし、何ならお泊り頂いても」
「おおきに。気ぃ使うてくれるんは嬉しいんやけど、若い人らの邪魔になるとアカンから、オバチャンはチャッチャと退散するわ。お転婆な娘やけど、茜のことをアンジョウ頼むわ。ほな、さいなら。よい御年を」
「ありがとうございます。お気をつけて。よい御年を」




