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グレーゾーンな恋人  作者: 久遠夏目
第一章 記憶喪失の天使
8/32

07

「まあ、そうだったんですか。すごい偶然ですねえ」

「はい。そちらの二人には真白が本当にお世話になりまして」

「いやいや、よかったじゃないですか。早速仲良くなったみたいですし」

「ええ、これからよろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ。子供は同い年で、私たちも年が近いですし、仲良くやっていきましょう」

「ふふ、何だか夜神楽さんが引っ越してきた日のことを思い出しますねえ」

「そうね、懐かしいわあ」

「おや、夜神楽さんも引っ越してきた人だったんですか」

「そうなんですよ。あれは確か――」


 わいわいとにぎやかな会話が聞こえるのは、ぼくの家のリビングだった。


「あっちはあっちで仲良くやっているようね」

「ああ、そうみたいだな」


 その様子をキッチンから眺めながら、ぼくと黒羽は小さくため息を落とした。

 あのあと、天ヶ原真白と一緒に家に帰ると、本当にぼくの家のトナリ――黒羽の家から見れば、トナリのトナリ――の家に「天ヶ原」という表札がかかっていた。

 その家には二、三年ほど前まで老夫婦が住んでいたのだが、息子夫婦と同居することが決まったとのことで、空き家になっていたのだ。そういえば、最近リフォームか何かの業者が出入りしていて、誰か越してくるのかしらね、なんて母さんが言ってたっけ。でも、それがまさか今朝助けた少女の家族だったなんて、誰が予想できただろうか。

 その縁あってか、今日は三軒の真ん中であるぼくの家で歓迎会をすることになった。その結果があれだ。親同士はすっかり意気投合している。さらに、同い年だということが発覚した彼女は、明日から早速ぼくたちと同じ学校に通うことになっているらしい。


「こんなことってあるんだな」


 ぽつり、一応独り言のつもりでつぶやく。黒羽も空気を読んだのか、返事は何もなかった。

 今日というこのたった一日の中で、いくつもの偶然があった。偶然出逢った少女が偶然同い年で、偶然トナリの家に越してきて、偶然同じ学校に通うことになって。すべて偶然としか言いようがないし、偶然ではないと疑う理由もない。

 だけど、ここまで来ると、本当にただの偶然なのかと疑いたくなる。偶然ではないのなら、必然なのだろうか。ならば、そこにどんな意味がある? この出逢いに、何か意味があるのだろうか。


「意味なんて、ただの後付けよ」

「え?」

「ああ、別に意味がないと言っているのではないのよ。彼女との出逢いが偶然であろうと必然であろうと、彼女と出逢ってしまったという事実は変わらないというだけ」


 ぼくの思考を読んだかのようなタイミングで話しかけてきた黒羽。というか、ぼくは「意味」なんて単語を一言も発していないので、本当に思考を読まれているのではないだろうか。


「お前、やっぱり人間じゃないな。思考を読むなんて最悪だぞ」

「あら、いくらわたしが悪魔でも、そんなことはできないわよ」

「じゃあ、何で……」

「わたしはあなたがすきなのよ? 小さいころからずっと一緒にいるのだから、それくらいわからなくてどうするの?」


 訝しむようににらみつけると、黒羽はにっと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。何でこいつはいつもこんなに自信満々なのだろう。しかも、ぼくに関することに対しては、いっそうそうなる。自信過剰もいいところだ。


「先ほどの話の続きだけれど、人間であろうと悪魔であろうと、わたしたちは過去に戻ることなどできないの」

「つまり、お前は何が言いたいんだ?」

「だから、わたしたちは未来のことを考えるしかないということよ。彼女と出逢った意味を考えるのもいいけれど、わたしとの未来も考えてほしいわ。わたしとの幸せな未来を、ね」


 にやり、先ほどの勝ち誇ったような笑みとは違い、これぞ悪魔というような笑みを浮かべた黒羽。結局こいつは自分のことしか考えてないってわけか。


「悪魔との未来なんて考えたくもないね」


 ていうか、未来も何もないだろ。このまま行けば、ぼくは数年後に死んでしまうのだから。

 こいつとの未来とは、つまり「死」だ。そんなものを「幸せな未来」とは言わない。


「うふふ、相変わらず冷たいのね」

「うるさい、死ね」

「ただいま戻りました!」

「うわ、あ、天ヶ原さん……」

「おかえりなさい」


 背後からの突然の第三者の声にびくり、と肩が震える。振り返れば、そこには先ほどトイレに行くと言ってこの場を離れていた天ヶ原さんがいた。彼女はにこにことしながらもといた席に腰を下ろす。


「お二人は幼なじみなんですよね。本当に仲が良いのですね」

「あー、まあ、ね」

「もしかして、恋人同士だったりするのですか?」

「えっと、それは……」


 目をきらきらと輝かせながら投げかけられた質問に対して、ぼくはすぐにでも「違う」と力強く否定したかったのだが、彼女は言わば家族や学校の生徒など、第三者の立場の人間だ。だから、ぼくは黒羽と仲が良いようにふるまわなければならない。

 しかし、彼女の前ではすでに二回ほど黒羽と喧嘩している。誰かの前で黒羽とあんな険悪なムードでやりとりするのは初めてだった。だから、ぼくはどう答えればいいのか迷ったのだ。

 すると、


「いいえ、恋人ではないわ」


 凛とした声でぼくよりも先に否定の言葉を述べたのは、意外なことに黒羽だった。思わず彼女の顔を凝視すると、黒羽はにこ、と笑い、その笑顔を天ヶ原さんのほうに向ける。


「でも、わたしは灰人のことが昔からずっとすきなの。だから、振り向いてもらおうと頑張っている最中なのよ」

「そうだったのですか! わたし、夜神楽さんのこと応援しますね!」

「ふふ、ありがと。そうそう、わたしのことは黒羽で構わないわよ」

「わあ、ありがとうございます! じゃあ、わたしのことも真白って呼んでください、黒羽さん!」

「お言葉に甘えてそうさせていただくわね、真白」

「はい!」


 何やら女同士で気が合ったのか、二人で盛り上がっている。別に仲間に入りたいわけではないが、どういう態度をとればいいのかわからなくて困る。ていうか応援って、また厄介なことになったなあ。

 ただ息をひそめて飲み物を口に運んでいると、天ヶ原さんがくるり、とこちらを振り向いた。


「一ノ宮さんも、よかったら真白と呼んでくださいね」

「え? あ、ああ。じゃあ、真白、さん?」

「はい!」

「彼のことも名前で呼んでいいからね」

「おい、勝手に決めるなよ」

「いいじゃない。そういう流れだったでしょう? それとも、何か否定する理由があるのかしら」


 いや、ないけどさ。ないけど、だからといってお前が許可するのは違うだろ。でも、そう反論したら、きっとこいつはこう言うんだ――もう言ってしまったものは仕方ないじゃない、と。そう、ぼくたちは過去には戻れない。

 たかが名前の呼び方で壮大な考えになってしまったが、つまりぼくが言いたいのは、ぼくが許可するべきことを黒羽が許可するのはおかしい、ということだ。まあ、どちらにせよ、


「別に否定する理由なんてないよ」

「よかったわね、真白」

「はい! では、これからよろしくお願いしますね、灰人さん」

「ああ、よろしく」

「では、はい!」

「……はい?」


 ばっ、と満面の笑顔で広げられた両腕。差し出された手のひら、と言ってもいいかもしれない。右手はぼくに向かって、左手は黒羽に向かって伸びていた。これはもしかして、


「握手ですよ、握手! これからよろしくお願いしますのしるしです!」


 にぱ、とまたひまわりのような笑みが咲く。片方ずつの手で一気に二人と握手しようとする人なんて、初めて見た。欲張りなのか非常識なのかよくわからないけれど、ここは別に常識を求められる場所でもないし、まあいいか。


「ふふ、真白は本当に面白いわね」

「そうですか?」

「ええ。じゃあ、こちらこそよろしくね。ほら、灰人も」

「……ああ、じゃあ――うわっ」

「痛っ」

「へっ?」




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