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グレーゾーンな恋人  作者: 久遠夏目
第三章 悪魔はささやいた
17/32

01

 それから日曜日までは、毎日が過ぎるのがいつもより早く感じた。あの場では「友達と遊びに行くだけ」みたいなことを言ったけれど、これはどう考えてもデートだ。しかも、ぼくは天ヶ原さんを懐柔しなければならないのだから、なおさらだ。

 しかし、彼女を懐柔すると決まってから、二人だけで帰ったり、出かけることになったりと、あまりにも事が上手く進みすぎている。思えば、あの黒羽に告白はしたとしても、デートに行ってもらえるなどと思ってチケットを用意するやつが果たしてうちの学校の中にいるだろうか。まさか、あれは黒羽の自作自演で、チケットはあいつ自身が用意したのではないだろうか。ぼくと天ヶ原さんがデートに行くよう――ひいては、ぼくが彼女を懐柔するよう――仕向けるために。くそ、相変わらず狡猾な女だ。

 でも、ぼくにもそれに乗らなければならない理由があるのだから仕方ない。天ヶ原さんを懐柔してこちら側に取りこめば、あいつが神様と取引をして、ぼくの寿命が三年だけだけど延びる。またその間に何か違う方法を考えるしかない。その方法があるのかどうかはわからないけれど。

 あるいは、ぼくが――。


       * * *


 そして、約束の日曜日。待ち合わせ――と言ってもトナリの家なので、登校するときと同じように玄関の外でだが――の時間の少し前に家を出ると、そこにはすでに天ヶ原さんと、何故か黒羽が立っていた。


「あっ、おはようございます、灰人さん!」

「お、はよう」


 そちらに近づくにつれて、自然と眉間にシワが寄っていく。それを見た黒羽はおかしそうにくすり、と笑みをこぼした。


「おはよう、昨日はよく眠れたかしら」

「……何でお前がいるんだよ。用事があるんじゃないのか」

「用事はこのあとよ。せっかくだから、二人を見送ってあげようと思って」


 何が見送りだ。冷やかそうと思って、の間違いだろ。

 心の中で不平を述べたものの、天ヶ原さんはそんなことをまったく思っていないらしく、


「ありがとうございます! 黒羽さんのお見送りなんて、とても心強いです!」


 などとずれたことを言って、黒羽から頭を撫でられていた。やっぱり、こいつが自分で懐柔したほうが早いのではないだろうか。


「じゃあ二人とも、デートを楽しんできてね」

「な、何言ってるんですか、黒羽さん! 違いますよ! 灰人さんだって、この前お友達として一緒に遊びに行くだけだって言ってたじゃないですか。ねえ?」


 ばっと急に顔を向けられ、びくり、と小さく肩が跳ねる。またこいつは余計なことを、と思いながら黒羽をにらんでも、あいつはただただ愉快そうに微笑むだけ。ああ、本当に最悪だ。

 ぼくははあ、と一つ大きなため息をついてから、天ヶ原さんのほうを向いた。


「さあ、どうだろうね。天ヶ原さんのすきなようにとってくれて構わないよ」

「ふえっ!?」


 思わせぶりなことを口にすれば、ぴくり、と黒羽の眉がわずかに反応する。ぼくはお前に言われたことを忠実に守っているだけだ。懐柔するなら、これくらいやったっておかしくはないだろう?


「じゃあ、そろそろ行こうか」

「あ、はい!」

「行ってくるよ、黒羽」

「ええ、楽しんできてね」

「黒羽さん、行ってきます!」

「行ってらっしゃい」


 そして、ぼくと天ヶ原さんはどこか綻んだ笑顔を浮かべる黒羽に背を向け、デートのようなものにくり出したのだった。


「黒羽さんの用事も少し時間がずれていれば一緒に行けたかもしれないのに、残念ですね」

「あー、うん。そうだね」


 水族館に向かう途中で、天ヶ原さんがぽつりとつぶやく。ぼくとしてはまったく残念ではないのだが、その思いが強すぎたせいか、気の抜けた返事になってしまった。

 しかし、天ヶ原さんはそれを気にはしていないようで、


「この水族館、最近リニューアルしたみたいですけど、灰人さんはその前に行ったことってありますか?」


 と笑顔で質問してきた。ああ、まさに天使。これが黒羽だったら延々と嫌味を言われているところだ。ぼくは気を取り直して、今度ははっきりと答えた。


「うん、あるよ。昔、小学校のころに一回だけ。遠足で行ったんだ」

「へえ、そうだったんですか。じゃあ、黒羽さんも一緒だったんですね」

「あー、うん。そういうことになる、かな」


 あのころはまだあいつが悪魔だなんて知らなくて、無邪気に水族館の中を一緒に見て回ったものだ。そういえば、あいつはマグロがすきだって言ってたっけ。「美味しそうだから」って。それは水族館で禁句だと思う。

 そんな遠い昔の記憶に浸っていると、こちらを向いた天ヶ原さんがにぱっととびきりの笑顔を咲かせた。


「じゃあ、なおさら今度一緒に行かなくちゃですね。新しい想い出を作りましょう!」

「……天ヶ原さんは、本当に黒羽のことがすきなんだね」

「はい! 記憶を失くしたわたしに最初に親切にしてくれた人ですから。とても大切なお友達です!」


 そんな彼女に、あいつが悪魔だと言ったらどうなるのだろうか。あいつは君を利用しているだけだと伝えてしまったら、彼女はどう思うだろうか。


「もちろん、灰人さんも大切な人ですよ。黒羽さんと一緒にわたしを助けてくれた人ですからね」


 そして、ぼくも同罪なのだと告白したら、彼女は泣くだろうか。

 ぼくには、天使に寿命があるのかどうかなんてわからない。だけど、黒羽と同じような存在であるならば、きっと半永久的な命を持っているのだろう。だから、きっと彼女にはぼくの気持ちがわからない。自由を奪われ、人生を、生命を理不尽に奪われる悔しさを。

 だから、


「ありがとう。ぼくも君を助けることができてよかったよ」


 ぼくは、ぼくのためだけに行動する。


「今日はさ、黒羽のことは忘れて楽しもうよ。あいつが来られなかったのは残念だけど、今さらどうしようもないし。あいつとは、天ヶ原さんが言ってたように、今度一緒に行けばいいんだしさ。だから、今日はこれから黒羽の名前出すの、禁止ね」


 人さし指を唇に当ててにっと笑ってみせると、心なしか天ヶ原さんの顔が少し赤くなったような気がする。どうやら順調に懐柔できているらしい。


「じゃあ、行こうか」

「っ、はい!」


 わずかな罪悪感を覚えながら、彼女に向かって手を差し出す。彼女はそれを見て一瞬瞠目したものの、その意味を理解したのか、おずおずと手を取ってくれた。とても嬉しそうに笑いながら。

 このわずかな罪悪感で寿命が延びるのなら、安いものだ。ぼくは、ぼくの願いを叶えるために、彼女を懐柔すると決めたのだから。




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