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グレーゾーンな恋人  作者: 久遠夏目
第二章 神話は語られる
12/32

03

 しれっとした態度でさらっとウソをつく黒羽。お前が悪人じゃないなんて、どの口がそんなことをほざくんだよ、どの口が。


「お前は悪魔だろ。ウソはつくわ呪いはかけるわ、悪人じゃないわけがないだろうが。もしかして、人間じゃないから改心しない、なんて言うんじゃないよな」

「まさか。改心は人間でなくても有り得るわ」

「じゃあ、お前にも有り得るってことだろ?」

「いいえ、それは有り得ないわ」

「は? だって今……」

「確かに、人間でなくても改心は有り得る、とは言ったわ。だけど、どんな存在にも改心が有り得る、とは言っていない」


 にやり、黒羽の口角が上がり、不吉に歪んだ笑みが現れる。


「つまり、改心しない存在もある、ってことか」

「そういうこと。物分かりがよくて嬉しいわ」


 ぼくの返答に、今度はにこり、と満足げな笑みを浮かべる黒羽。まったく、相変わらず口は達者なようだ。このせいで、ぼくがどれだけ歯がゆい思いをしてきたことか。


「あなたや人間からしたら、わたしは悪かもしれない。まあ、『悪魔』なんて名前をつけられているくらいなのだから、確かにわたしは悪のカタマリなのでしょうね」


 そんなぼくの苦労など顧みず、黒羽は先を続けた。その語り口はまるで演説のようだ。そして、


「だけど、わたしは自分自身を悪だとは思っていない」


 自分の胸に手を当てて言葉を紡いだ黒羽は、ゾッとするほど冷たい目をしていた。こういうのも、こいつが悪魔なのだと実感する一つの要因だ。


「だから、あなたがどんなにわたしを悪のカタマリだと罵っても、わたしはそうだと思っていないの。だから、改心なんて有り得ないのよ。後悔も苦悩も懺悔も、わたしはしない。わたしは自分が楽しいと思うことをやっているだけよ。それの何が悪いの?」


 こいつの言うとおり、こいつはいつも楽しそうだった。ぼくをからかうのも、寿命を決めたのだって、こいつにとってはすべて「楽しいこと」なのだ。それならば、自分を「悪」だとは思っておらず、悪魔なのに――いや、悪魔だからこそ――、天ヶ原さんの「善性」や「聖性」に触れても「改心」しなかったというのはうなずける。


「じゃあ、何で悪魔だなんて自分で言うんだよ。悪魔なんだから、お前を悪のカタマリだって思うのは当然だろ」

「そんなこと言われたって、わたしは『悪魔』という存在に生まれてしまったのだから、仕方ないじゃない」

「だったら、自分が改心すべき存在だってことを認めろよ。ぼくからしたら、お前なんか害悪でしかないんだ」

「酷い言い草ね。でもこれは、あなたがわたしや彼女を悪魔や天使だと信じるのと同じ。結局は主観の問題なのよ」

「はいはい。お前は自分が悪いことをしてるって思ってないんだろ」

「ええ、そうよ。それに、あなたたちの中にも改心しない極悪人がいるわ。良心や善意が欠落しているサイコパスという人たちもいる。だけど、じゃあそういう人たちは『人間』ではないのかしら」

「それ、は……」


 そんなことはない、とおそらくぼくは言い切ることができるだろう。だって、彼らは人間の形をしているし、もしかしたら話が噛み合わなかったり、理解できなかったりするかもしれないけれど、言葉を使って会話をすることは可能なのだから。

 そのような人たちがどんなに人間とは思えないような行動や心のありかたをし、周りの人たちに「人間じゃない」と思われていたとしても、彼らは「人間」という存在に生まれてしまった以上、「人間」以外の何ものでもないのだ。

 それと同じで、黒羽も「悪魔」と言うほかない存在に生まれてきた。だから、彼女が自分を天使のような存在だと思っていても、彼女は悪魔として生まれてきた以上、自分を悪魔だと言うほかないのだ。もしかしたらそれは、黒羽からしたら不本意なことなのかもしれない。

 だけど、ぼくにとってもこいつは悪魔としか言いようのない存在なのだ。ぼくに呪いをかけ、ぼくの人生と自由を奪った女。それを悪魔と言わずして何と言うべきだろうか。


「さっき、主観の話をしたでしょう? あなたからすれば、わたしは憎しみの対象よね。できれば、恋愛対象として見てほしいのだけれど」


 ちら、と何かをねだるような視線を向けられたが、ぼくは蔑むような視線で黒羽をにらみつけてやった。悪魔を恋愛対象として見るだなんて、絶対に有り得ない。

 その意図に気付いたのか、黒羽はしかし、何故か愉快そうに微笑んで先を続けた。


「それから、天使である彼女からすれば、わたしは改心させるべき対象であるけれど、わたしからすれば、自分は何も悪いことをしたと思っていないから、改心は拒むべきものなの。だから、ああやって反発が起こったのよ。あれは、天使と悪魔という正反対の存在が触れ合ったからという理由もあるけれど、彼女から流れる善性や聖性をわたしが拒んだから、わたしへの反動が大きくなって、ちょっと具合が悪くなってしまったのだと思うわ」


 ああ、あのときのあれはそういうことだったのか。これでようやく納得がいった気がする。


「まあでも、わたしの具合が悪くなるってことは、やっぱりわたしは改心するべき存在だということかしら。それはきっと、あなたや彼女の主観なのではなく、すべての人やこの世界から見てもそう思うよう、仕向けられているのね。どこまでも忌々しい存在だわ、神様は」




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