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グレーゾーンな恋人  作者: 久遠夏目
第二章 神話は語られる
10/32

01

「おはよう」

「あー、おは……」


 次の日の朝、玄関を出ると、いつものように黒羽の声が聞こえた。ので、テキトーにあしらおうとすると、


「おはようございます、灰人さん!」


 というもう一つ別の声が聞こえてきた。この声は――


「天ヶ原さん……」


 にぱ、と笑う天ヶ原真白が黒羽の後ろからひょっこりと現れたではないか。ああ、そうだ。昨日のさまざまな偶然の末に、彼女はぼくの家のトナリに引っ越してきたのだった。

 そんなことを考えながら二人のほうへ足を進めると、天ヶ原さんがぷくり、とほおを膨らませ、こちらをにらみつけてきた。


「……え、と、何?」

「真白ですよ」

「え?」

「真白と呼んでください、と昨日言ったではありませんか」

「ああ、ごめん。でも、こっちのほうが言いやすくて」

「そうだったのですか? なら、仕方ありませんね。じゃあ、早速学校に行きましょう!」


 あっさりとぼくの言い分を受け入れた天ヶ原さんは、怒りが早くも収まったらしい。言い方は悪いけれど、彼女が単純でよかったと小さく息を吐き出した。

 そして、そのセリフ通り、先陣を切って歩き出す天ヶ原さん。ぼくは、その後ろ姿を微笑みながら見守る黒羽に小声で話しかけた。


「おい、何で天ヶ原さんがいるんだよ」

「いいじゃない、ご近所さんなんだし。それに、転校初日で不安かもしれないでしょう? それとも、名前のときと同じで何か断る理由でもあるのかしら」

「いや、ないけどさ……」

「まあ、行きだけじゃなくて帰りも、さらには今日だけじゃなくて、おそらく明日からも一緒に登下校することになりそうだけれどね」


 こいつの言葉は呪いであり、そして予言だ。それは必ず成就する。だから、明日からも彼女と一緒に登下校することになるのだろう。もちろん、黒羽も一緒に。

 天ヶ原さんはとてもいい人だから、彼女自身が嫌だということはまったくないし、嫌々ながらもずっと一緒に登下校してきた黒羽は、今さらだからもうどうでもいい。問題なのは、黒羽と天ヶ原さんと三人で登下校することによって、ぼくの素を出せる場所がなくなるということだ。ただでさえ少ない機会だったのに、どうすればいい。


「あら、今日はいつものような刺激的な言葉が少ないわね」

「当たり前だろ。天ヶ原さんがいる前で暴言なんか吐けるか」


 暴言が刺激的な言葉とか、お前はマゾか。いや、そのぼくをからかっているような生き生きとした笑みは、どう考えてもサドだけれど。


「あら、今だって十分彼女の前よ? それに、昨日すでに素を見せてしまったようなものじゃない」

「それは……」


 確かに、昨日は彼女の前で二回も口喧嘩をした。だけどそれは、そのとき彼女がぼくたちのことを何も知らない第三者であったからだ。学校の生徒でも家族でもない。だから、演技をする必要がなかった。それなのに、偶然助けた見知らぬ人が、まさか自分の家のトナリに越してくるなんて、誰が想像できただろうか。


「きっと彼女のことだから、わたしたちがどんな雰囲気だとしても受け入れてくれると思うわよ。あのコは、そういうふうにできているのだから」


 昨日知り合ったばかりの彼女のことを昔からよく知っているような口ぶりで評価し、黒羽は目を細めて天ヶ原さんの背中を見つめた。その視線は何かまぶしいものを見つめるような、それでいてどこか忌々しげでもあった。


「なあ、それって昨日の話と――」


 関係あるのか? と口にしようとしたとき、くるり、とタイミングよく天ヶ原さんが振り返った。そのほおは、またぷくっと膨らんでいる。


「二人とも、遅いですよ! 置いてっちゃいますよ?」

「ごめんなさい。今行くわ」

「あ、おい」

「その話はまたあとでね」


 そう耳打ちして、彼女のほうへ近づいていく黒羽。別に積極的にあいつと話がしたいわけではないが、重要な話ができないのは困る。

 そう、重要な話だ。天ヶ原さんに関する、とても重要な。

 しかし、それは断られてしまったので、ぼくも仕方なく二人のあとを追いかけたのだった。


       * * *


「黒羽さん、灰人さん、お昼をご一緒してもいいですか?」


 午前中の授業が終わり、昼休みに入るとほぼ同時に声をかけてきた天ヶ原さん。何と彼女はクラスまでぼくと黒羽と同じだったのだ。まったく、偶然にもほどがある。


「わたしは構わないけれど、あなたは?」

「ああ、ぼくも別に構わないよ」


 いや、できることなら遠慮してほしかった、というのが本音なのだけれど、そんなことは口が裂けても言えない。

 ぼくと黒羽は昼休みも一緒に過ごしているが、黒羽が変な魔術を使っているため、口喧嘩をしたり暴言を吐いたりしていても、周りの人からはぼくたちが談笑しているようにしか見えないらしい。

 しかし、外からそう見える、というだけで、もう一人のぼくたちがいるわけではない。だから、話しかけられたら答えなければいけないのだ。つまり、ここに第三者である天ヶ原さんが入ると、黒羽の魔術はまったく意味がなくなる。ぼくは天ヶ原さんとじかに対話し、黒羽と実際に談笑しなければならないのだ。ああ、この時間までも奪われてしまうなんて、先が思いやられるなあ……。


「でも、申し訳ないのだけれど、今日は外してもらえるかしら」

「え?」


 先ほど彼女の要求を受け入れたはずの黒羽が、やんわりと拒絶の言葉を述べる。当然天ヶ原さんは困惑した表情を浮かべたが、すぐに何かを思いついたようにぽん、と手を叩いた。


「すみません。お二人の仲を邪魔するなんて野暮でしたよね」

「いいえ、それについては昨日も言ったけれど、あなたが入ってくれてもまったく問題はないの」

「じゃあ、どうしてですか?」

「真白、後ろを向いてみて」

「え?」


 くるり、黒羽の指示通りに天ヶ原さんが振り向くと、そこにはそわそわとしながらこちらを見つめる数人の女子がいた。


「彼女たち、きっと真白と一緒にお昼が食べたいのよ。あなたと仲良くなりたいんじゃないかしら」

「そう、なんですか?」

「えっと、あの、その、迷惑でなければ……」


 みんなで身体を寄せ合い、顔を見合せながら、遠慮気味に申し出る女子たち。それを見た天ヶ原さんのカオが一瞬でぱあっと輝いた。


「わあああ、よろしくお願いします!」

「ふふ、よかったわね、真白」

「はい、ありがとうございます!」

「わたしたちとはいつでも食べられるだろうし、気にしないで。仲良くね」

「はい!」


 ひらひらと手を振って女子のほうに駆け出した天ヶ原さんを、にこにこと見送る黒羽。まるで姉と妹のようだ。


「さ、わたしたちもお昼を食べましょ。あの話、詳しく聞きたいのでしょう?」

「ああ。もう魔術は発動してるのか?」

「ええ、もちろん」

「じゃあ、さっさと説明してくれよ。天ヶ原さんが天使って、どういうことだ?」





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