↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怖い話_続  作者: 三葉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/27

隣の缶コーヒー

その日は、暑かった。


夕方なのに、まだ日差しが強い。


制服の背中に汗が張りついて、最悪だった。


部活もない日だったのに、補習が長引いた。


私は駅のホームで、ぼんやり電車を待っていた。


JRの普通電車。


都会の電車ほど混まない。

でも、本数も多くない。


ホームには、私以外に数人しかいなかった。


電車が来た。


銀色の車体が、熱を持った空気を押しながら入ってくる。


ドアが開く。


中は冷房が効いていた。


私はすぐに、4人がけのボックス席を見つけた。


向かい合わせの席。


窓際が空いていたから、そこに座った。


向かいも空いている。

隣も空いている。

通路側も空いている。


ほとんど貸し切りみたいな車内だった。


私はカバンを膝に置いて、スマホを出した。


⸻


【LINE】


16:48 早乙女

電車に乗ったよー


16:48 真帆

おつー


16:49 早乙女

補習だるすぎた


16:49 真帆

生きて帰れ


16:49 早乙女

もう半分死んでる


16:50 真帆

それ高校生の語彙力なの?


⸻


私は少し笑った。


窓の外では、駅のホームがゆっくり後ろへ流れていく。


電車は空いていた。


向こうの車両に、おばあさんが一人。

反対側のロングシートに、サラリーマンが一人。


この車両には、ほとんど誰もいない。


だから、次の駅でその男が乗ってきた時。


私はすぐに気づいた。


男は、古いスーツを着ていた。


紺色なのか黒なのか分からない、色の抜けたスーツ。


白いシャツは少し黄ばんでいる。


髪は濡れているように見えた。


雨なんて降っていないのに。


手には、缶コーヒーを持っていた。


茶色い缶。


見たことのないデザイン。


昔の自販機にありそうな、古いロゴ。


男は車内を見回した。


席はいくらでも空いている。


なのに、まっすぐ私の方へ来た。


嫌な予感がした。


人間の勘は、こういう時だけ有能ぶる。

普段のテスト前にも働いてほしい。


男は、私の横で止まった。


そして、何も言わずに。


私の隣へ座った。


ボックス席の、同じ並び。


私は窓際。

男は通路側。


逃げるには、男の前を通らないといけない。


向かいの席は空いているのに。


他の席も空いているのに。


わざわざ、隣。


私はスマホを見るふりをした。


男は、膝の上に缶コーヒーを置いていた。


プルタブは開いていない。


冷たいのか、缶の表面に水滴がついていた。


でも、変だった。


車内は冷房が効いているとはいえ、そこまで冷えていない。


なのに缶から、白い湯気みたいなものが出ている。


冷気だった。


⸻


【LINE】


16:57 早乙女

変な人隣座ってきた


16:57 真帆

席空いてないの?


16:58 早乙女

めちゃ空いてる


16:58 真帆

移動しな


16:58 早乙女

隣にいるから出にくいよ


16:59 真帆

やばいやつ?


16:59 早乙女

分からん

雰囲気が無理


⸻


男が、ふっと笑った。


私のスマホを見ていたわけではない。


視線は窓の外だった。


でも、タイミングが嫌だった。


「まだ、そういうのやってるんだ」


私は固まった。


男の声は低かった。


かすれていて、喉に水が溜まっているみたいな声だった。


私は返事をしなかった。


知らない人に話しかけられた時、無視するのが正解なのか、軽く返すのが正解なのか。


誰も学校で教えてくれない。


二次関数より先に教えてほしい。


男は、缶コーヒーを指でなぞった。


「友達に言うんだろ」


私はスマホを握りしめた。


「……何をですか」


自分でも驚くくらい、小さい声だった。


男は、こちらを見なかった。


「今日も、笑うんだろ」


「人違いです」


そう言うと、男は初めて私を見た。


目が、変だった。


黒目が大きい。


というより、目の中が暗い。


光が入っていない。


「人違い?」


男はゆっくり繰り返した。


「また、それを言うんだね」


私は、何も言えなかった。


⸻


【LINE】


17:01 早乙女

話しかけられた


17:01 真帆

何て?


17:01 早乙女

友達に言うんだろって


17:02 真帆

きも

次の駅で降りな


17:02 早乙女

次まであと5分


17:03 真帆

通話する?


17:03 早乙女

イヤホン出すの怖い


17:03 真帆

画面こっち向けたままにして

ずっと送って


⸻


電車は田んぼの間を走っていた。


夕日が窓に反射して、車内がオレンジ色になる。


男の横顔も、その光に照らされた。


でも、男の顔だけ少し暗かった。


影が濃い。


夕日が当たっているのに、暗い。


男は缶コーヒーを私の方へ少し押した。


「飲む?」


「いりません」


「昔は飲んだのに」


「飲んでません」


「甘いやつ、好きだったろ」


「違います」


「嘘ばっかり」


男の声が、少しだけ優しくなった。


それが余計に気持ち悪かった。


怒っている方がまだ分かる。


優しく知らない記憶を押しつけてくるのが、一番無理だった。


「本当に人違いです」


私ははっきり言った。


男は、しばらく私を見た。


それから、にこっと笑った。


笑ったのに、目は暗いままだった。


「じゃあ、名前は?」


「言いません」


「香奈じゃないの?」


知らない名前だった。


私は首を振った。


「違います」


「でも、制服が同じだ」


「高校なんて、似た制服あります」


「髪の長さも」


「違います」


「声も」


「違います」


「降りる駅も」


私は、息を止めた。


降りる駅なんて言っていない。


男は、窓の外を見た。


「次じゃないもんな」


車内アナウンスが流れた。


『次は、南川原。南川原です』


私の降りる駅は、その二つ先だった。


男は、笑った。


「まだ降りないんだろ?」


⸻


【LINE】


17:06 早乙女

名前聞かれた

香奈じゃないのって言われた


17:06 真帆

誰それ


17:07 早乙女

知らない


17:07 真帆

次で降りて

乗り換えた方がいい


17:07 早乙女

降りようかな


17:08 真帆

絶対そうして


⸻


電車が次の駅に近づいた。


私はカバンを持ち直した。


立つなら今しかない。


男の前を通らないといけない。


でも、通路側に座っている男は、膝を少し前に出していた。


まるで、通せんぼするみたいに。


私は勇気を出して言った。


「すみません。降ります」


男は動かなかった。


「ここじゃないよ」


「降ります」


「香奈は、ここでは降りない」


「私は香奈じゃありません」


「じゃあ、どうして同じ席に座ったの」


その言葉に、ぞくっとした。


同じ席。


私はたまたま座っただけだ。


でも、男の言い方は違った。


まるで、この席には意味があるみたいだった。


電車が駅に停まった。


ドアが開く音。


私は立ち上がった。


その瞬間、男が缶コーヒーを持ち上げた。


「忘れ物」


「いりません」


「昔、忘れていった」


「知りません」


「ずっと持ってた」


男の指が、缶の表面を強く握っていた。


水滴が垂れる。


それが床に落ちた。


ぽた。


水じゃなかった。


黒い液体だった。


コーヒーの匂いがした。


私は男の前を通ろうとした。


すると、男が低い声で言った。


「また置いてくのか」


足が止まった。


自分の意思じゃないみたいに。


ドアの閉まるチャイムが鳴った。


私は焦って通路へ出ようとした。


でも、その瞬間。


車内アナウンスが変わった。


『まもなく、返事待ち前。返事待ち前です』


そんな駅はない。


ドアが閉まった。


電車が動き出した。


ホームが遠ざかっていく。


私は降りられなかった。


⸻


【LINE】


17:10 早乙女

降りられなかった


17:10 真帆

なんで!?


17:10 早乙女

変なアナウンスがあって


17:11 真帆

何それ


17:11 早乙女

返事待ち前って


17:11 真帆

そんな駅ない


17:12 早乙女

知ってる


17:12 真帆

車掌のとこ行けない?


17:12 早乙女

男が通路側


17:13 真帆

大声出して


17:13 早乙女

他の人ほぼいない


⸻


向かいのロングシートにいたサラリーマンは、いつの間にかいなかった。


おばあさんもいない。


車両には、私と男だけだった。


いや。


奥の方に、一人だけいた。


制服を着た女の人。


私と同じ学校の制服に似ていた。


窓に映っているだけかと思った。


でも違う。


反対側の端の席に座っている。


長い髪。


うつむいた顔。


手には、缶コーヒー。


私が目を凝らすと、その女の人は、すっと立った。


そして、隣の車両へ移っていった。


「香奈」


男がつぶやいた。


私は男を見た。


男の顔が、泣きそうに歪んでいた。


「今、見えたよな」


「見てません」


嘘だった。


男は笑った。


「見えたんだ」


「知りません」


「やっぱり、君は知ってる」


「知らないです」


「ずっと、返事を待ってるんだ」


「私に言われても困ります」


男は缶コーヒーを見た。


「これ、あの日のままなんだよ」


私は何も言わなかった。


「好きな子に渡すのって、変かな」


返事をしてはいけない気がした。


でも、男は続けた。


「夏だった。暑くてさ。あの子、いつも駅の自販機で甘い缶コーヒー買ってた」


男の声は、どんどん近くなる。


体は動いていないのに、声だけが耳元に寄ってくる。


「だから、俺も買った」


「返事、聞こうと思って」


「でも、あの子、友達と笑ってた」


「俺のこと、気持ち悪いって」


男が私を見た。


「君も、そう思った?」


私は答えられなかった。


思った。


最初から思っていた。


でも、それを言ったら何かが終わる気がした。


男は小さく笑った。


「正直でいいよ」


言っていないのに。


男は分かっているみたいだった。


⸻


【LINE】


17:17 早乙女

昔の話してる


17:17 真帆

何の


17:18 早乙女

好きな子に缶コーヒー渡そうとしたとか


17:18 真帆

やばいよ絶対

関わらないで


17:18 早乙女

同じ制服の女の人見えた


17:19 真帆

え?


17:19 早乙女

たぶん香奈って人


17:19 真帆

早乙女


17:20 真帆

今乗ってる電車

どこ走ってる?


17:20 早乙女

分からん


17:20 真帆

位置情報

線路から外れてる


17:21 早乙女

は?


17:21 真帆

地図上だと

川の上にいる


⸻


窓の外を見た。


田んぼは消えていた。


代わりに、黒い水面が広がっていた。


川だった。


でも、電車が橋を渡っている音はしない。


水の上を、滑るように走っている。


夕日はもう沈みかけていた。


車内だけが、妙に明るい。


男は、缶コーヒーのプルタブに指をかけた。


「開けてもいい?」


「私に聞かないでください」


「前もそう言った」


「違います」


「君はいつも違うって言う」


「私は違う人です」


「じゃあ、返事だけして」


「何の」


「受け取ってくれるか」


男は缶コーヒーを差し出した。


「受け取ってくれたら、降りられるよ」


それは、脅しのようにも聞こえた。


お願いのようにも聞こえた。


私は缶を見た。


古いデザイン。


表面の水滴。


指の跡。


底の方が少しへこんでいる。


受け取ったら、終わりな気がした。


でも、受け取らなくても終わる気がした。


スマホが震えた。


⸻


【LINE】


17:24 真帆

絶対受け取るな


17:24 早乙女

なんで分かるの


17:25 真帆

今調べた


17:25 真帆

その路線

昔噂があって


17:25 早乙女

何


17:26 真帆

失恋した男が

缶コーヒー持ったまま

いなくなったって


17:26 真帆

詳しくは分からん

でもその男

告白する相手をずっと探してるって


17:27 真帆

受け取った子のところに

しばらく出るって


⸻


しばらく出る。


その言葉が、一番嫌だった。


一回で終わらない。


今日だけじゃない。


男は、私のスマホを見ていない。


でも、また笑った。


「ひどい言われようだな」


私は声が出なかった。


「霊とか、噂とか」


男は缶コーヒーを胸の前に戻した。


「俺だって、好きでこうしてるわけじゃない」


「……じゃあ、やめればいいじゃないですか」


やっと、それだけ言えた。


男は、目を丸くした。


本当に意外そうだった。


「やめる?」


「はい」


「待ってるだけなのに」


「でも、違う人に話しかけてます」


「似てるから」


「似てても違います」


「制服が」


「違います」


「髪が」


「違います」


「声が」


「違います」


「気持ち悪いって思っただろ」


私は黙った。


男の顔が、少し歪んだ。


「ほら」


「それは」


言いかけて、止まった。


どう言えばいい。


怖いから怖い。

気持ち悪いから気持ち悪い。


でも、それをそのまま言ったら、この人は。


この何かは。


きっと、ずっとここにいる。


私は深く息を吸った。


「あなたのことを知りません」


男が固まった。


「だから、私は返事できません」


「……返事」


「香奈さんに言ってください」


「香奈はもういない」


「でも、私じゃありません」


男は、缶コーヒーを見つめた。


その手が震えていた。


人間みたいに。


「じゃあ、これは」


「私には渡さないでください」


男は俯いた。


電車の揺れが、急に小さくなった。


窓の外の川が消えた。


代わりに、夕方の住宅街が戻っていた。


車内アナウンスが流れる。


『次は、東町。東町です』


私の降りる駅の、ひとつ前だった。


男はまだ隣に座っていた。


でも、さっきより少し遠く感じた。


物理的な距離は変わっていないのに。


「香奈も、そう言った」


男がぽつりと言った。


「私は違うって」


私は何も言わなかった。


男は、笑った。


今度の笑い方は、少しだけ普通だった。


「そうだよな」


缶コーヒーを膝に置く。


そして、ぼそっと言った。


「みんな違うんだよな」


電車が駅に止まった。


ドアが開く。


私は立ち上がった。


今度は、男が足を引いた。


通れる。


私は通路へ出た。


でも、ドアへ向かう前に、男が言った。


「早乙女さん」


私は振り返った。


名前。


言っていない。


男は、缶コーヒーを持ったまま、こちらを見ていた。


「次に乗る時は、窓際に座らない方がいい」


「……どうして」


男は、ゆっくり首を傾けた。


「隣が空くから」


ドアのチャイムが鳴った。


私は逃げるようにホームへ降りた。


ドアが閉まる。


電車が動き出す。


窓の向こう。


さっきまで私が座っていた席に、男がいる。


その向かいに、制服の女の人が座っていた。


長い髪。


うつむいた顔。


膝の上には、缶コーヒー。


男は彼女を見ていない。


彼女も男を見ていない。


二人は向かい合ったまま、動かなかった。


電車は夕日の中へ消えていった。


⸻


【LINE】


17:34 早乙女

降りた


17:34 真帆

生きてる!?


17:34 早乙女

生きてる


17:35 真帆

よかった

ほんとよかった


17:35 早乙女

男まだ乗ってた


17:36 真帆

もう乗らんといてその電車


17:36 早乙女

無理だよ。電車で通ってるし

帰れなくなっちゃう


17:37 真帆

次の電車にして

人多い車両乗って


17:37 早乙女

そうする


⸻


私は次の電車を待った。


ホームには、少しずつ人が増えてきた。


普通の高校生。

会社員。

買い物帰りのおばさん。


普通の人たちがいるだけで、泣きそうなくらい安心した。


駅の自販機の前に、古い缶コーヒーは売っていなかった。


当たり前だ。


あんなデザイン、見たことがない。


次の電車に乗って、私は無事に家へ帰った。


その日は、親にも何も言えなかった。


言ったところで、疲れてるんじゃない、で終わる。


高校生の怪談体験なんて、だいたい寝不足かスマホの見すぎにされる。

便利な処理である。腹は立つ。


夜、制服を脱いで、カバンの中身を出した。


教科書。

筆箱。

プリント。

イヤホン。


その奥に。


缶コーヒーが入っていた。


茶色い缶。


古いロゴ。


表面には、びっしり水滴がついていた。


私は叫びそうになって、口を押さえた。


触っていない。


受け取っていない。


なのに、カバンの中にある。


スマホが震えた。


真帆からだった。


⸻


【LINE】


21:12 真帆

大丈夫?


21:12 早乙女

大丈夫じゃない


21:13 真帆

何かあった?


21:13 早乙女

缶コーヒーがカバンに入ってた


21:13 真帆

は?


21:14 早乙女

受け取ってないのに


21:14 真帆

捨てて


21:14 早乙女

触りたくない


21:15 真帆

親呼んで


21:15 早乙女

言えない


21:16 真帆

じゃあ袋に入れて

外に出して


⸻


私はビニール袋を二重にした。


缶コーヒーを直接触らないように、タオルでつかむ。


冷たかった。


冷蔵庫から出したばかりみたいに。


缶の底に、何か貼りついていた。


小さな紙。


古い切符だった。


硬く、黄ばんでいる。


そこには、薄い文字でこう書かれていた。


片道


早乙女


駅名のところは、かすれて読めない。


ただ、降車駅の欄だけは読めた。


返事待ち前


私はその切符も一緒に袋へ入れた。


玄関の外へ出そうとした。


その時。


缶の中で、何かが揺れた。


ちゃぽん。


コーヒーが入っている音。


未開封なのに。


プルタブは開いていないのに。


中から、小さく声がした気がした。


「違うんだよな」


私は袋ごと靴箱の上に置いた。


それ以上、動かせなかった。


⸻


次の日。


袋はなくなっていた。


家族は誰も知らないと言った。


ゴミの日でもない。


玄関の鍵も閉まっていた。


でも、靴箱の上には、輪っか状の水滴だけが残っていた。


缶コーヒーの底の形。


その日の登校は、母に車で送ってもらった。


理由は腹痛ということにした。


嘘ではない。


胃はずっと痛かった。


駅には近づきたくなかった。


でも、放課後。


スマホに通知が来た。


知らない番号からのSMSだった。


本文は、短かった。


⸻


【SMS】


16:48

今日は窓際じゃないんだね


⸻


私はすぐ削除した。


ブロックもした。


でも、その夜。


真帆からLINEが来た。


⸻


【LINE】


22:03 真帆

早乙女


22:03 早乙女

なに


22:04 真帆

今日さ


22:04 真帆

駅で缶コーヒー持った男見た気がする


22:04 早乙女

どこの駅


22:05 真帆

うちらの学校の最寄り


22:05 真帆

でも変だった


22:05 早乙女

何が


22:06 真帆

男の人

ホームの向こう側にいたのに


22:06 真帆

目が合った気がした


22:07 真帆

それでさ


22:07 早乙女

うん


22:08 真帆

缶コーヒー

二本持ってた


⸻


それを読んでから、私はJRに乗る時、絶対にボックス席には座らない。


窓際にも座らない。


缶コーヒーも買わない。


自販機の前で、茶色い缶を見るだけで息が詰まる。


あの男が本当に霊だったのか。


失恋して、返事を待ったまま消えた人だったのか。


私は知らない。


知りたくもない。


ただ、たまに電車で空いたボックス席を見ると、思う。


向かい合う四人分の席。


そのうち三つが空いている時。


残り一つに座るのは。


本当に、生きている人だけなんだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。