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怖い話_続2026年度読切  作者: 三葉


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1/2

三つ葉から三つ葉が届く

四月下旬の土曜日。


ゴールデンウィーク前だから、どこか行こう。


そう言い出したのは三つ葉だった。


まだ本格的な連休ではない。

だから混む前に、少し遠くまで行こうと。


俺は朝から車を出した。


行き先は、山の向こうにある道の駅。

地元野菜が売っていて、奥に小さなカフェがあるらしい。


三つ葉は助手席で、やけに機嫌がよかった。



【LINE】


07:18 三つ葉

もう下いる?


07:18 春樹

いる

荷物多い?


07:19 三つ葉

おやつだけ


07:19 春樹

遠足かよ


07:19 三つ葉

遠足だよ

春樹くん運転手の


07:20 春樹

扱いが雑だね


07:20 三つ葉

安全運転でお願いします



朝は晴れていた。


空も青かったし、窓を開けると少し冷たい風が入った。


四月の終わりらしい、気持ちのいい朝だった。


……途中までは。


道の駅まで、あと三十分くらいのところで、ナビが突然ルートを変えた。


「新しいルートを検索しました」


山道へ入れ、と表示された。


俺は少し迷った。


「こっち、近道らしいけど」


「いいじゃん。知らない道って楽しいし」


三つ葉はスマホで地図を見ながら言った。


「森、抜けるっぽいよ」


「森ねえ」


「怖い?」


「昼だぞ」


「昼でも怖い場所ってあるじゃん」


その言い方が妙に楽しそうで、俺は笑った。


人間、休日にわざわざ不安要素を増やす。

娯楽という名の自爆である。


車は山道に入った。


最初は普通の道だった。


けれど、十分ほど走ったあたりから、急に道幅が狭くなった。


ガードレールは錆びている。

木の枝が道路へかぶさっている。

カーブミラーは曇っていて、ほとんど見えない。


そして、寒くなった。


エアコンは切っていた。


窓も閉めていた。


それなのに、足元から冷気が上がってくる。


「寒くない?」


三つ葉が腕をさすった。


「寒いな。外、何度だ?」


車の外気温表示を見た。


6℃


「いや、おかしいだろ」


つい声が出た。


家を出たときは十八度だった。


ほんの一時間で、山の中だけ冬になるわけがない。


三つ葉も表示を見て、笑うのをやめた。


「ナビ、合ってる?」


「たぶん」


「たぶんって何?」


「俺に聞くな。ナビに聞け」


そのナビが、ちょうどその時、変な案内をした。


「まもなく、目的地周辺です」


「は?」


まだ道の駅まで二十キロ以上ある。


画面を見ると、目的地名が変わっていた。


花裂神社


「春樹くん、神社って入れた?」


「入れてない」


「私も入れてない」


車内が一瞬、静かになった。


エンジン音だけが聞こえた。


その先に、鳥居が見えた。


森の奥に沈むような、小さな鳥居だった。


朱色だったんだろうけど、ほとんど黒ずんでいる。

横の石柱は傾いていて、文字は読めない。


三つ葉が小さく言った。


「ここ……?」


「いや、寄らない」


そう言いながらも、道が細すぎて方向転換できなかった。


車を少し進めると、鳥居の横に車一台分だけ開けた場所があった。


そこに停めるしかなかった。



【LINE】


09:42 三つ葉

ここどこ?


09:42 春樹

俺にLINEするな

隣にいるだろ


09:42 三つ葉

記念


09:43 春樹

何の?


09:43 三つ葉

変なとこ来ちゃった記念


09:43 春樹

不吉な記念を作るな



車を降りると、さらに寒かった。


日差しはある。


木の隙間から、ちゃんと光も落ちている。


なのに、空気だけが冷たい。


湿っているというより、誰かの息の中にいるみたいだった。


神社は小さかった。


拝殿というより、古い小屋に近い。


屋根は歪み、鈴はなく、賽銭箱も半分腐っている。


ただ、不思議と荒らされた感じはなかった。


放置されているのに、誰かが見ている。


そんな感じがした。


「戻ろう」


俺が言うと、三つ葉は拝殿の端を見ていた。


「春樹くん、これ」


そこに、小さな人形があった。


五センチくらい。


全部、布でできている。


肌の部分は白い布。

服は赤い布。

髪は黒い布で、おかっぱみたいに縫いつけられている。


顔はなかった。


目も口もない。


白い布が、のっぺりと丸くなっているだけ。


「かわいい……?」


三つ葉が微妙な声で言った。


「かわいくはないだろ」


「でも、手作りっぽい」


「触るなよ」


そう言った時には、三つ葉はもう指先でつまんでいた。


「軽い」


「置け」


「うん」


三つ葉はすぐに戻した。


戻した。


はずだった。


その時、俺のスマホが鳴った。



【LINE】


09:51 三つ葉

さむい



俺は隣を見た。


三つ葉はスマホを持っていなかった。


両手はコートのポケットに入っている。


「今、送った?」


「何を?」


「寒いって」


「言ったけど、送ってないよ」


三つ葉はポケットからスマホを出した。


画面を見て、首をかしげる。


「送信履歴ないよ」


俺の画面には、確かに表示されている。



09:51 三つ葉

さむい


09:51 春樹

送った?


09:52 三つ葉

まだいる



「……三つ葉?」


「何?」


「今度は?」


「だから送ってないって」


三つ葉の顔から、少しずつ色が引いていった。


俺はスマホを見せた。


彼女は画面を見て、唇を結んだ。


「帰ろう」


今度は三つ葉が言った。


俺たちは急いで車へ戻った。


車に乗り込んで、ドアを閉める。


そこで三つ葉が、小さく悲鳴を上げた。


助手席の足元に、さっきの布人形が落ちていた。


白い顔。

赤い服。

おかっぱの髪。


神社に戻したはずの、それが。


三つ葉の靴の横に、横向きで転がっていた。


「触ってない」


三つ葉が言った。


「私、持ってきてない」


「分かってる」


正直、分かってはいなかった。


でも、そう言うしかなかった。


俺はティッシュを何枚も重ねて、人形をつまんだ。


直接触りたくなかった。


「神社に戻す?」


「やだ」


三つ葉は即答した。


「もう降りたくない」


俺も同じだった。


とにかく山道から出よう。


それだけ考えて、車を出した。


ナビは沈黙していた。


画面はついているのに、現在地の矢印だけが動かない。


スマホの地図も開いた。


圏外。


三つ葉のスマホも圏外。


さっきLINEが届いたのに、今は圏外。


人類が便利さに甘えた結果、山の中で急に原始人になる。

文明、肝心な時にだけ帰宅するな。


車は来た道を戻っているはずだった。


けれど、同じ鳥居がまた見えた。


「え」


三つ葉が固まった。


俺もブレーキを踏んだ。


さっきの神社だった。


間違いない。


傾いた石柱。

黒ずんだ鳥居。

車一台分の空き地。


「戻ってきた?」


「そんなわけない」


「でも、ここ」


「道を間違えたんだろ」


言いながら、自分でも苦しかった。


一本道だった。


間違える場所なんてなかった。


スマホが鳴った。



【LINE】


10:07 三つ葉

かえして



俺は息を止めた。


助手席の三つ葉も、自分のスマホを見た。


「私の方にも来た」


三つ葉の画面をのぞく。


そこには、俺からのメッセージが表示されていた。



【LINE】


10:07 春樹

かえして



「俺、送ってない」


「私も送ってない」


二人のスマホが、同時にまた鳴った。



【LINE/春樹のスマホ】


10:08 三つ葉

それは

そっちじゃない



【LINE/三つ葉のスマホ】


10:08 春樹

それは

そっちじゃない



三つ葉が泣きそうな顔で言った。


「春樹くん、これ、誰と話してるの」


答えられなかった。


俺は人形をダッシュボードの上に置いていた。


顔のない白い布が、フロントガラスの方を向いている。


その奥に、鳥居がある。


人形が、神社を見ているように見えた。


「置いていこう」


俺が言うと、三つ葉は首を振った。


「違う気がする」


「何が」


「そこじゃない気がする」


「なんで分かるんだよ」


「分かんない。でも、そこじゃない」


またスマホが鳴った。



【LINE】


10:10 三つ葉

くびは

ここじゃない



三つ葉が、声を出さずに泣いた。


俺はスマホを伏せた。


「見るな」


「うん」


「とりあえず走る」


「うん」


車を出した。


今度はナビを切った。


それなのに、数分後、勝手に電源が入った。


画面に、知らない目的地が出ていた。


首欠け地蔵前


読み上げ音声が流れた。


「まもなく、右方向です」


右には、舗装されていない細い道があった。


木々の間に、暗い坂道が続いている。


「行くの?」


三つ葉が震えた声で聞いた。


「行かないと出られない気がする」


言ってから、嫌になった。


そんなことを言う人間は、怪談の中ではだいたい危ない。

でも現実でも危ない。

つまり詰みである。


俺は右へ曲がった。


車体の下で、枝が折れる音がした。


道はさらに細くなった。


木の葉がフロントガラスをこする。


外は昼なのに、森の中だけ夕方みたいだった。


三つ葉はずっと黙っていた。


俺も話さなかった。


十数分ほど走ると、急に視界が開けた。


小さな祠があった。


石でできた古い祠。


その前に、地蔵が一体、祀られていた。


ただし、首がなかった。


首から上が、きれいになくなっている。


割れたというより、最初からそうだったみたいに、平らだった。


三つ葉が小さく言った。


「ここだ」


「……だな」


俺は車を停めた。


エンジンを切る。


急に、森の音が戻った。


鳥の声。

風の音。

遠くの水音。


さっきまで、それらが一切聞こえていなかったことに、その時になって気づいた。


俺はダッシュボードの人形を見た。


人形は、いつの間にか倒れていた。


白い顔が、こちらを向いている。


顔はない。


それでも、見ているとしか思えなかった。


「供え物、何かある?」


三つ葉が言った。


車の後部座席には、朝コンビニで買ったものがあった。


未開封の水。

小さな塩むすび。

三つ葉が買った飴。


俺たちはそれを持って、祠の前へ行った。


地蔵の前に水と塩むすびを置く。


三つ葉は飴も置いた。


そして俺は、ティッシュ越しに人形を持った。


祠の横。


地蔵の足元。


そこに、赤い服の布人形をそっと置いた。


三つ葉が手を合わせた。


俺も合わせた。


何を言えばいいのか分からなかった。


だから、ただ心の中で謝った。


知らずに触ってすみません。

持っていくつもりはありませんでした。

ここに預けます。

どうか帰してください。


三つ葉も、長く目を閉じていた。


その時、スマホが鳴った。


見たくなかった。


でも見てしまった。



【LINE】


10:44 三つ葉

おいた


10:44 三つ葉

おいていった


10:44 三つ葉

ふたりで



隣の三つ葉が、自分のスマホを見せてきた。


そこにも同じように、俺から届いていた。



【LINE】


10:44 春樹

おいた


10:44 春樹

おいていった


10:44 春樹

ふたりで



三つ葉が震える声で言った。


「これ、怒ってる?」


「分からない」


「じゃあ、何?」


俺はもう一度、地蔵に頭を下げた。


「ありがとうございました」


三つ葉も慌てて頭を下げた。


「すみませんでした。ありがとうございました」


風が吹いた。


冷たい風ではなかった。


春の、少し湿った風だった。


祠の横で、赤い服の人形が揺れた。


その瞬間、スマホの電波が戻った。


ナビも正常に戻った。


外気温表示は、十九度になっていた。


俺たちは車に戻った。


しばらく無言で走った。


今度は、同じ道に戻ることはなかった。


森を抜けると、普通の山道に出た。


コンビニの看板が見えた時、三つ葉は泣いた。


俺も、少しだけ泣きそうだった。


その日は道の駅には行かなかった。


どこにも寄らず、三つ葉を家まで送った。



【LINE】


18:32 春樹

着いたら連絡して


18:41 三つ葉

着いた


18:41 三つ葉

今日はありがとう


18:42 春樹

無事でよかった


18:42 三つ葉

あの人形

置いてきたよね?


18:43 春樹

置いてきた


18:43 三つ葉

私も見た


18:43 三つ葉

ちゃんと置いた


18:44 春樹

うん


18:45 三つ葉

じゃあ大丈夫だよね


18:46 春樹

大丈夫


18:47 三つ葉

大丈夫って言って


18:47 春樹

大丈夫



その夜は、ほとんど眠れなかった。


何度もスマホを見た。


三つ葉から変な連絡は来ていない。


LINEの履歴も残っていた。


ただ、不思議なことがあった。


翌朝、車に乗った時。


ナビの目的地履歴に、知らない名前が残っていた。


花裂神社

首欠け地蔵前


そこまでは、まだ分かる。


いや、分かりたくはないけど、見た場所ではある。


問題は、その下だった。


一番新しい履歴。


昨日、三つ葉を送った後の時刻で登録されていた。


俺はそこへ行っていない。


検索もしていない。


音声入力もしていない。


なのに、履歴にはこう出ていた。


おむかえ


目的地までの距離。


0.0km


その瞬間、後部座席から、かすかな布のこすれる音がした。


俺は振り返らなかった。


振り返らずに、車を降りた。


鍵を閉めた。


そのまま、その日は電車で出かけた。


夜になって、三つ葉からLINEが来た。



【LINE】


22:13 三つ葉

ねえ


22:13 春樹

どうした


22:14 三つ葉

昨日の人形って

顔なかったよね


22:14 春樹

なかった


22:15 三つ葉

だよね


22:15 春樹

何かあった?


22:17 三つ葉

さっきから

玄関の外で

子どもみたいな声がする


22:17 春樹

開けるな


22:18 三つ葉

うん


22:18 三つ葉

でもね


22:19 三つ葉

ずっと言ってる


22:19 春樹

何を


22:22 三つ葉

ふたりで

おいたのに



そのメッセージを最後に、三つ葉からの返信はしばらく途切れた。


十分後。


ようやく既読がついた。


そして、一言だけ返ってきた。



22:32 三つ葉

今は静か



俺はそれに返事を打てなかった。


次の日、車のナビを修理に出した。


店員は、首をかしげながら言った。


「目的地履歴、全部消えてますね」


俺は安心しかけた。


でも、店員は続けた。


「ただ、登録地点がひとつだけ残ってます」


「名前、変えますか?」


画面には、ひらがなで表示されていた。


みつば


俺の家からの距離は、やっぱり。


0.0km


だった。

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