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異世界クラウドファンディング 〜研究室の殺人事件から、舞台はドバイ、そして異世界へ〜  作者: 稲盛 皆藤


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第26話:異世界クラウドファンディングの胎動

 凍結された第一ラボは、すべての熱を奪われたかのように冷え切っていた。

 アキラが去り、石黒が連行された後の静寂。

残された地元採用組のカヤやリディアたちは、絶望に顔を覆い、ただ立ち尽くすこと

しかできなかった。

 だが、薄暗い部屋の片隅で、ただ一人、井口だけは血走った目で端末のキーボード

を叩き続けていた。彼の手のひらには、地球から持ち込んだ古いノートパソコンと、

石黒が万が一のために残していたバックアップ用の小型魔導ルーターがあった。


「……日本での先輩は、一人ぼっちだった」


 井口は、誰も支援してくれず、ただの妄想狂として扱われたあの日の

クラウドファンディングを思い出していた。

 誰も石黒の技術の「価値」を知らなかったから、一円の金も集まらなかったのだ。

 だが、ここでは違う。


「カヤさん、リディアさん、泣いてる暇はないっすよ!

  王都中の『iWand』のネットワークが落ちて、

 今頃外はパニックになってるはずだ。

 ……今なら、俺たちの声が全員に届く!」


 井口は、石黒が地脈に忍び込ませていた魔導回路のバックドアを開いた。

 それは、ヴァレリー伯爵という単一の巨大サーバー――

単一障害点シングルポイント・オブ・フェイリア」への依存を捨て、

アトラン全域の民衆をノードとする「分散型ディセントラライズド」の

通信・決済インフラへと切り替える、禁断のコマンドだった。


「……やるぞ。異世界初の、全世界同時クラウドファンディングだ!」


 井口がエンターキーを叩き割る勢いで押し込むと、王都中の沈黙していた

『iWand』の画面が一斉に強制起動し、一つの動画メッセージを再生し始めた。


 突然光を取り戻した端末の画面に映し出されたのは、ラボの雑然とした背景と、

不敵な笑みを浮かべる井口の姿だった。


『アトランの皆さん、こんにちは!

 インフラが止まって、水も出ないし検索もできなくてお困りですよね?

 王宮の偉い人たちが、僕たちのリーダーである石黒を不当に逮捕したせいです!』


 リディア、ザック、カヤ、リディアは目を丸くして見開き、

ルルルとミャオミャオは井口の声に満面の笑みを浮かべた。

 また王都の大通りで、貴族の館で、ギルドの酒場で、人々は一斉に手元の端末に

釘付けになった。


『王宮はヴァレリー伯爵の資産を凍結し、僕たちの資金源を絶ちました。

 ……でも、だからなんだって言うんですか?

 貴族に魔力とお金を吸い上げられるくらいなら、僕たちのロジックに

 直接投資しませんか? リターンは、この安定したインフラの完全復旧

 ……だけじゃありません!』


 画面が切り替わり、一枚の美麗なコンセプトアートが表示される。

 それは、アトランの特権階級たちの「痛いところ」を完璧に突いたプロダクトだった。


『アトランの貴族や紳士の皆様。

 雨の日、ご自身で傘を持つのは「優雅さに欠ける」とお悩みですよね?

 お付きの者に持たせるのも煩わしい。

 ……そこで、第一弾の投資リターンはこれです!』


 映し出されたのは、持ち手が存在せず、主人の頭上をふわふわと一定の距離で

追従する魔法の傘。ドローン技術と斥力魔法を応用した『反重力傘(エアロ・パラソル)』である。


『両手は完全にフリー! あなたの歩幅に合わせて完璧な位置をキープし、

 一滴の雨も、容赦ない日差しも防ぎます!

 これに出資してくれた方には、石黒釈放後、最優先でこのプロダクトを

 お届けします! ……ちなみにこれ、ドバイの富豪も欲しがってた代物っすよ』


 画面の向こうで、見栄っ張りな上位貴族や豪商たちが唾を飲み込む音が聞こえるようだった。


『そして、最終的なストレッチゴール……集まった資金の最大の目的は、これです!』


 次に表示されたのは、馬を必要とせず、宙に浮いて滑るように走る流線型の乗り物。

まだこの世界に影も形もない、『反重力車(エアロ・ドライブ)』の構想図だった。


『馬車の揺れに耐える時代は終わります。

 僕たちに投資して石黒を取り戻せば、この未来が手に入る!

 一口銅貨一枚からでも構いません。……古い秩序に縛られるか、

 僕たちと一緒に未来のインフラを創るか。選んでください!』


 画面の下部に、支援状況を示すプログレスバーと、「決済(投げ銭)」のボタンが

表示された。



 その直後だった。

 王宮の地下深く、冷たい石牢の中で静かに目を閉じていた石黒の耳に、慌ただしい

足音が響いてきた。


「おい、開けろ! 早く開けるんだ!」


 血相を変えて飛び込んできたのは、つい先ほど石黒を嘲笑っていた老騎士だった。

彼の顔は恐怖と混乱で青ざめ、手にした鍵束をガチャガチャと震わせている。


「……どうした。管理者のいないシステムの『バグ』に、もう音を上げたか?」


 石黒が冷ややかに問うと、騎士は信じられないものを見るような目で石黒を見返した。


「ば、莫迦な……。あり得ない。貴様の保釈金として王宮が提示した、

 天文学的な金額……ヴァレリー伯爵の全財産に等しい額が、

 たった今……振り込まれた、だと?」


「……ほう」


 石黒の口角が、わずかに吊り上がった。


「王都の財務局の魔導回路がパンク寸前だ!

 貴族から、商人から、いや、スラムの平民たちからまでも

 ……信じられん数の少額送金が、秒間数万の規模で雪崩れ込んできている!

 しかも、貴様が仕掛けていた『自動照合システム』が、それらすべてを

 法的に有効な保釈金として受理し、公文書を自動発行してしまった!

 貴様をこれ以上拘束する理由が……物理的にも法的にも消滅した!」



 物理的な壁は、デジタルな数字の奔流によってあっけなく崩れ去った。

 王宮が拒絶することすら不可能なほどの圧倒的な「大衆の資本」が、石牢の

重い鉄門をこじ開けたのだ。


 手首の「沈黙の枷」を外され、自由の身となった石黒は、ゆっくりと立ち上がった。

 彼は怯える老騎士の肩をポンと軽く叩き、まるで壊れたプログラムを捨てるかのように、

冷酷に言い放った。


「……学習能力がないな、

 お前たちは。一人のパトロンを殺しても無駄だ」


 石黒は、薄暗い地下牢から地上へと続く階段を見上げる。

その先には、彼が構築した論理を渇望する、数万の「新しいパトロン」たちが待っている。


「俺は既に、この世界全体の意識(インフラ)常駐(レジデント)しているんだよ」

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