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異世界クラウドファンディング 〜研究室の殺人事件から、舞台はドバイ、そして異世界へ〜  作者: 稲盛 皆藤


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第24話:支配の数式とパトロンの傲慢

 アトランという名の「静止していた世界」が、一つの巨大な電子回路へと

変貌してから数日。王都の経済という名の「古いOS」が、いまや断末魔の

悲鳴を上げていた。

 かつて、この国の富を独占していたのは、希少な「魔導石」の流通を握る

魔導師ギルドと、その利権に寄生する上位貴族たちだった。

 彼らは「魔法は選ばれた者にしか扱えない」という情報の非対称性を盾に、

法外な対価を要求し、民衆の知を抑圧することでその地位を維持してきたのだ。


 だが、石黒賢治がもたらした「最適化」という名のウイルスは、その盤石な

はずの城壁を、内部から音もなく腐食させていた。


「……先輩、これ見てくださいよ。

 王都の『魔導石市場』、完全にブラックマンデー状態っす」


 第一ラボの薄暗い空間で、井口が引きつった笑いを浮かべながらモニターを

指差す。そこに映し出されているのは、石黒が構築したリアルタイム経済指標だ。

魔導石の価格を示すグラフは、まるで崖から突き落とされたかのように垂直落下

していた。


「当然の結果だ。魔導石の消費効率を四〇〇〇パーセント向上させる

 『地脈同期型ヒートポンプ』と、エアリスが管理する検索エンジンに

 よって、無駄な実験や重複した魔導構築が排除された。需要が激減し、

 既存の魔導石はただの『質の悪い炭』に成り下がった。

 ……ゴミに高い値がつく道理はない」


 石黒は冷めたコーヒーを啜りながら、淡々と、しかし冷酷に言い放つ。

彼にとってこれは市場の破壊などではない。単なる「適正価格への収束」に

過ぎないのだ。


「でも、これじゃギルドは破産ですよ。

 昨日まで金貨十枚だった魔導石が、今や銅貨一枚でも

 買い手がつかないんだから。

 王都中の金貸しが泡吹いて倒れてますよ」


「……市場の流動性が上がった。

 ……古い石に頼る必要がない。

 ……僕の設計した回路は、空気中の微弱な魔力だけで自立駆動する。

 ……彼らの『利権』は、技術的に不要(デッド)になった」


 精密な配線を調整していたアブラが、感情の欠落した声で補足した。

彼の「一ビットの無駄も許さない」制御は、文字通り魔導師たちの飯の種を

効率的に消し飛ばしていた。


 市場が地獄絵図と化す一方で、この混乱の中で「笑いが止まらない」男がいた。

 ラボの主であり、石黒たちのパトロンであるヴァレリー伯爵である。


「ハッハッハ! 見ろ、アキラ! 今朝の収益報告だ。

 我が領地で試験導入した『自動灌漑システム』によって、

 収穫高は三倍、人件費は十分の一だ!

 他の貴族たちが魔導石の暴落で顔を青くしている中、

 私だけが『効率』という名の金を掘り当てている!」


 伯爵邸の豪華な応接室。伯爵は、アキラから贈られた最高級の葉巻をくゆらせ、

金貨が山積みになった机を景気よく叩いた。溢れた数枚の金貨が床に転がるが、

彼はそれを拾うことすらしない。


「ああ、いい気味だ。伯爵、あんたは今やこの国で一番の

 『成長企業』のCEOみたいなもんだ。だが気をつけな。

 独り勝ちしすぎるのは、ビジネスじゃ一番のリスクだぜ?」


 アキラは高価な酒をグラスに注ぎながら、鋭い目を向けた。

ドバイの資本競争を勝ち抜いてきた彼には、今の伯爵の姿が、かつての独占禁止法に

抵触して解体されていったモンスター企業の創業者たちと重なって見えていたのだ。


「リスク? 何を言う。私は石黒殿の知恵を正当に買い、

 投資した。文句を言われる筋合いはない!」


「……それが通用しないのが、

 『政治』という名の非論理的なシステムだ」


 部屋の扉が開き、石黒が冷たい空気と共に現れた。


「伯爵。お前の現在の資産増加率は、アトラン王国のGDPの

 数パーセントに達しようとしている。

 ……これは、かつて俺たちの世界で起こった

 『プラットフォーマー』たちの独占と同じ構図だ」


 石黒は手元のタブレットを操作し、地球の歴史をホログラムとして空中へ展開した。


「一九九〇年代のマイクロソフト、二〇〇〇年代以降のGAFA……。

 彼らは圧倒的な技術革新で市場を支配し、既存の産業を叩き潰した。

 その結果、何が起きたか? ……『法律』という名の報復だ。

 巨大すぎる力は、国家にとっての脅威となる」


「……独占禁止法。……多額の罰金。

 ……あるいは、システムの強制解体。

 ……アキラさんの言う通り、独占は攻撃対象になるためのフラグです」


 石黒の背後に控えていたセレナが、淡々と制裁のリストを読み上げる。


「魔導師ギルドは今、王宮に嘆願書を出している。

 『ヴァレリー伯爵は禁忌の術を使い、

 国の経済秩序を破壊している』とな。

 ……お前の傲慢な利益独占は、彼らに正当な

 『反撃の口実』を与えているんだ。

 利益を還流させず、自分のパーティションに閉じ込めた。

 ……それはシステム全体のデッドロックを招く。

 ……つまり、クラッシュするということだ」


 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、ラボの入り口に重厚な金属音が

響き渡った。石黒が予見していた「バグ」が、実体を持って現れたのだ。

 廊下を埋め尽くすように現れたのは、王宮直属の法執行機関――

「王立魔導憲兵隊」の騎士たちだ。


「ヴァレリー伯爵! 陛下よりの召喚状である!

  近頃の市場混乱の首謀者として、疑義ありとの判断が下された。

 ……および、その背後にいる『異邦の錬金術師』一同も同行願おう!」


 先頭に立つのは、明らかに魔導師ギルドの息がかかった老騎士だった。

その濁った瞳は、自分たちの利権を奪った石黒たちへの剥き出しの憎悪に燃えている。


「ふん……。予想通りの『システムエラー』だな」


 石黒は、慌てふためく伯爵を視界の端で切り捨て、冷徹に騎士を見据えた。


「井口、準備しろ」


「え? 準備って、戦うんすか?

  さすがに王宮と全面戦争はヤバいんじゃ……」


「違う。……『アトラン・オンライン』の規約(ポリシー)を書き換える。

 ……これより、我々の技術提供は『ボランティア』から

 『国家インフラのリース契約』へと強制移行する」


 石黒の指先が、タブレットの上で超高速の演算を開始した。

騎士たちが武器を構える音も、石黒にとってはただの環境ノイズに過ぎない。


「彼らが俺たちを『独占者』と呼ぶなら、受けて立とう。

 ……だが、俺のシステムの代わりを、あのアナログな魔導師共に

 務められると思うか? 一分に数万件のクエリを処理し、

 地脈の負荷をリアルタイムで分散させるこのネットワークを、

 羊皮紙と羽根ペンで管理できるとでも?」


 石黒は、騎士たちの背後にいる「隠れファン」の研究者や、既に『iWand』なし

では生活できなくなったメイドたちの、不安げな視線を一瞥し、残酷な笑みを浮かべた。


「一度インフラの味を知った民衆が、

 情報の不自由な中世に今さら戻れると思うか?

  ……無理だな。彼らはもう、検索結果が出るまでの

 『ミリ秒』すら待てない体になっている」


 石黒は静かに立ち上がり、騎士たちに向かって歩き出した。


「俺たちが消えれば、この国の『知性』は一分以内にブラックアウトする。

 ……交渉の席で、どちらが真の『モンスター』か教えてやる」


 それは、科学という名の「独占」が、国家という名の「利権」を飲み込もうとする、

冷徹な征服のプレリュードだった。

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