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第五章_第一節



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「――それで、そのクラウスという男の屋敷の地下にお前は閉じ込められていたのか」


「おい、もうやめようぜ。まともに取り合うのも馬鹿らしくなってきたぜ。どうせこの女の妄想だろ。もう狂ってるんだよこの女」



 二人の男は、気味悪そうに椅子に縛りつけられた少女を見下ろした。少女はまともに会話をするときもあれば、狂ったように笑い出したり、獣のような叫び声を上げて怒りを露わにしたりと、完全に理性も心の均衡も失っていた。まさに獣に成り果てていた。

 そこに、一人の男が現れる。その人物を見た男の一人は困ったように笑いながら肩をすくめた。



「フォルカーさん、さっさと拷問なりなんなりしましょうよ。なんだってこんな気狂いの魔女をただ縛りつけるだけなんです?」


「俺にも色々考えがあるんだよ。……もういいよ、お前たちは下がってて。俺一人でやるからさ」


「どうせまともな話聞けやしませんぜ。さっきから同じような話ばっかりしますし。ある男が人狼だった、と言ったかと思えば、自分が人狼だ、と言い出したり。ある男どもを殺したが、それは夢だったから実は生きていた、なんて言ったり。言っていることが二転三転して何が本当のことだかわかりゃしない。これは根っからの虚言癖の持ち主か、もう完全にいかれちまっているかのどっちかでさあ」



 下衆な笑い声を上げながら、二人の男は立ち去っていった。フォルカーは、うつろな目で天井を見上げたぶつぶつと何かを呟き続けているフロレットの顔をしばらく眺めると、近くにあった椅子を引き寄せ、少女と向き合うように座った。まるで子どものように椅子の背もたれを前にして、腕をクッションにしあごを乗せた。



「フロレットちゃん、俺の話していること、わかるかな?」



 語りかけても少女は反応を示さない。フォルカーの声も聞こえておらず、存在も認識していないのだろう。男は小さく息をついた。



「君は、本当に人狼なのかな……」



 フォルカーの脳裏には、美しいブロンドの髪と美貌を兼ね備えた一人の男の姿が思い浮かんでいた。



「人狼が精神疾患ねえ……そんな馬鹿な……でも、君は……」



 ゆっくりと立ち上がると、フォルカーはフロレットの目の前に立った。そして、懐から銀製のナイフを取り出した。そして、まるで愛玩するように、鈍く光る刃で少女の頬や首筋をなでつけ、最後に刃先を胸元に寄せた。



「……人狼は、普通の武器では歯が立たない。その息の根を止めるためには、銀でできた武器で頭や心臓を貫く必要がある。……おとぎ話のように伝わっている話だから、確実性のないものだ。でも、もし本当にそうなら……。……君の心臓を銀以外の武器で貫いたときに君が生きていれば、君は確実に人狼だ。そしておとぎ話の伝承も正しかったと証明することができる。けれど、そこで君が死ねば、君は人狼ではなかった……もしくは人狼は銀製の武器以外でも殺せるという証明になる」



 フォルカーはぐ、とナイフを握る手に力を入れた。刃先が、フロレットの服に沈み込む。



「君は人間? ……それとも、人狼? ……もし君がただの人間だったとしたら、俺は……」


「フォルカーさん、大変だ!」



 静寂を破るように仲間の男が大声を張りながら室内に入ってきた。何事だ、と振り返ると、男はぜえぜえと息も絶え絶えになりながら外を指さした。



「森の方から火が……! あの煙の様子じゃ、街にも被害が出ているはずだ! 風向きからして、ここも危ないかもしれやせん!」


「なんだって……?」


「俺たちも早く逃げましょう! 遠目から見てもあの勢いじゃ、消火なんてできっこないに違いない!」



 外に出ようと一歩踏み出して、フォルカーは振り返った。鎖で拘束された少女が、正気を失ったままぼんやりと首をもたげている。



「そんな気狂いの女、置いていきやしょう! 最初から殺すつもりだったんだ。燃えて死んだって誰もかまやしねえ!」


「……鍵はどこにある」


「は……?」と男の呆けた声に、フォルカーはもう一度淡々と言葉を落とした。



「この拘束を解くための鍵はどこにある」


「は、はあ!? ま、まさかフォルカーさん、この状況でその女を連れ出そうって言うんですかい? ば、馬鹿っ……あ、いや……そんなの、かまやしないじゃないですか!」


「俺は連れて行くと決めたんだ。……鍵はどこにある」



 男はまだ何か言いたそうに口をもごもごとさせていたが、あきらめたように深く息を吐き出した。



「……鍵は……あ、あいつが持っていまさあ」


「じゃあ持ってくるように伝えてくれ」



 男はまだ不服そうにフォルカーを見ていたが、黙って駆けだしていった。フォルカーは、フロレットの身体に巻きつけられている鎖を手に取った。引っ張ったところで、外れるはずもない。じゃらり、と空しく音が響くばかりだ。



「ねえ……妹はどう思うんだろう。……君をむざむざ生かそうとしている俺を責めるのか……君を見殺しにしようとする俺を責めるのか……」


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