第一章_第十二節
「……今の発言、どう受け止めればいいのかな。まるで人狼をかばうみたいな発言だったね」
言われて気がついたのか、レアは息を飲み込んだ。だが、冷静さを取り戻したように今度は逆にフォルカーをにらみ返した。
「……ええ、そうよ。いけないかしら」
「いや……ただ君のその発言は君自身を不利にしたよ」
「……どういう意味?」
「だってさあ、人狼が誰かって探ろうとしているなかで人狼をかばうような発言したら……あやしいでしょ」
「……私は、ただ」
「ああ、別に俺は君が人狼だと断言するわけじゃないよ。でもね……人狼の協力者という可能性もあるよね」
「協力者……?」
「人狼は凶暴性を持ち合わせているけれど普段は人間の中にまぎれて暮らしている。一般人にまぎれられるってことは、動物的衝動を隠す理性も持ち合わせているということさ。だから人狼は言葉巧みにときとして人を惑わす。人を惑わし餌を用意させるのさ――最高の狩場を」
「おい、お前……やめろ」
フォルカーの言葉が琴線に触れたのか、ヴォルフガングは一歩踏み出した。
「協力者を得た人狼は悠々と餌にありつくことができる。あやしまれたときは協力者を喰らってしまえば良い」
「さっきからでたらめなこと言ってんじゃねえよ!」
「ときとして自ら協力を名乗り出る者もいる。熱狂的に人狼を崇め、その存在を追い求めている者――狂信者。もしかしたらこの中にも人狼の協力者がいたりして~。なんてね」
「こいつ……っ!」
ヴォルフガングの怒り様は、少々異常であった。その様子を横目で見ながら、ルドルフはあきれたようにフォルカーを見やった。
「どっからどう見ても狂人はあんたに見えるけどな」
「え~そうかな。ひどいな~。まあ、べつにどっちだっていいさ。俺が狂っていたって、いなくたって。この中に人狼はいるのかいないのか。生きるか死ぬか。――殺すか殺されるか。でしょ?」
「もうやめてください! さっきから死ぬとか、殺す殺さないとか」
「どうして~? 実際に人狼がいるとしたら事実、命にかかわる話だよ。動物的本能を抑えることもできない、不完全で害悪にしかならないゲテモノ――さっさと排除しちゃった方がいいと思わない?」
「なんてことを……!」
「さっきから好き勝手言いやがって……っ」
「ええ? 何なに? みんな怖い顔しちゃって~!あはははは~怖い怖い」
「――そこまでですよ。怪我人のいる部屋で騒がないでくださいと言ったはずです」
クラウスの言葉に、誰もが言葉を止めた。制止の言葉はフォルカーだけに向けたものではない。
「……みなさん気が立っているのはわかりますが、どうか落ち着いてください」
フロレットは、傍観者然としてみなの様子をながめていた。
「俺は落ち着いてますよ先生。みんなが騒いでいるだけですって~」
「……あんたが搔き乱しているんだろ」
「あはは~ひどいなあ。俺のせいだって言うの? 一番……のは――」
「なんだと――……が――」
突然、視界が点滅しフロレットはよろめいた。喧噪の音が、遠く聞こえる。
「っ…………」
まただ。また、頭がくらくらとする。また、耳鳴りがする。気持ちが、悪い。
「っ…………」
「……フロレット、大丈夫? さっきから――」
様子に気がついたのか、レアが心配そうに声をかけてきた。返事をしようとするが、うまく言葉が出てこない。
「少し……めまいが…………。わた……し……少し席を外します……」
「あっ……フロレット」
半ば逃げ出すように、フロレットは足早に大広間から離れた。人のいないところにいきたかった。足は、自然と台所に向かっていた。
「っ………………」
どんどん、頭の重さがひどくなっていく。気持ちが悪い。頭が、ぐらぐらとする。
「……ど……して……」
一体、どうしてしまったというのだろう。乱れそうになる呼吸を整えようと、大きく息を吸い込んだ。ああ、どうしてだろう。ひどくのどが渇く。耳鳴りがひどくなっていく。立っているのもつらかった。壁に身体を打ちつけるように膝から崩れ落ちた。このまま、死んでしまうのだろうか。そんな不安に襲われた。
「いやだ……誰か……」
視界が暗く沈んでいく。身体の芯から冷えていくような、嫌な感じがする。ひんやりとした床が、頬や手のひらの熱を奪っていく。遠くで獣のうめき声が聞こえた気がした。誰か、助けて。誰か。誰か――。
「――大丈夫ですか」
ぼんやりとした視界の中で、誰かがそばに膝をついたのが見えた。
「あ…………」
「大丈夫です。無理に起きようとしないで」
柔らかい布で身体が覆われる。その温かさにほっと息を吐き出した。自分で思っているよりもだいぶ身体が冷えていたことに、そのときになってようやく気がついた。
「落ち着きましたか?」
「……はい。すみません、ご迷惑をおかけして」
何度も呼吸を繰り返して、ようやく起き上がれるまでに眩暈や耳鳴りが引いていた。自分の身体は一体どうなってしまったのだろう。一日のうちに多くのショックを受けて、おかしくなってしまったのだろうか。それとも、私は――。
「ふふ、君は謝ってばかりですね。いいんですよ、そんなにかしこまらなくても。もしかして、僕は君を怖がらせてしまっているのでしょうか」
「いえ、そんなことは……」
自分の態度がそのように印象を与えていたとは思いもせず、フロレットは慌てた。そして、男の整った顔を見上げた。
「……クラウスさんは、とても優しい方です。…………天使みたいに」
「はは、僕が天使ですか。僕が天使なら世の中の多くの方たちはどうなってしまうのでしょうね。天使なんて評価されたのは、はじめてですよ」
「……優しくて、とても綺麗だから」
「おやおや」
明かりに照らされ金色に輝いた髪。生え際から、美しいブロンドが続いていた。そして、その肌は、男にしては珍しいくらい透き通っていた。フロレットは幾度が通ったことのある教会で見た天使の像を思い出した。まるで造り物かと疑いたくなるほどなめらかな肌。――大天使ルツィフェル。なぜか、クラウスを見るたびにその名が浮かんだ。私は、救いを求めているのだろうか。闇に身を落とした堕天使。それなら――。
「……悪い子は嫌いにならないでしょう?」
「え……?」
無意識に落としてしまった呟きに、フロレットははっとした。
「…………なんでもないです」
また、頭がぼんやりとしてきた。視界が点滅する。――のどが、渇く。
「……大丈夫ですか」
「あ……の、水を……水をください……」
フロレットはうつむいていたため、そう言ったときのクラウスの顔を見ることはなかった。クラウスは笑みも憂いもその顔から消し去っていた。感情をそぎ落としたような顔であった。まるで本物の彫像のように。
「……大丈夫ですよ、しっかりしてください」
先ほどまでの感情のない表情が嘘のように、クラウスは心配そうにフロレットを労わった。一気に飲み干す勢いで水を嚥下する様子を、クラウスは何か考え込むようにじっと見つめていた。




