千尋とシャイニングウィザード
ーーーあれから一週間。
心配してたような事は何もなく、平々凡々とした毎日だった。
平野が風紀室でご飯を食べるって言ったら、桜ノ宮は「そうなんだ。楽しそうだね。」とだけ言って、特に干渉もしてこないらしいし。
金髪変態男の親衛隊も大人しい。
肩透かしをくらったみたいだ。
相変わらず、お昼は風紀メンバーと一緒に食べてる。
なんか、あのお弁当が好評だったようで。メインの昼飯は各々買ってくるんだけど、俺は一品だけおかずを作ってくるようお願いされてた。
ちょっと多めに材料費を貰って、「お釣りでお菓子でも買え」って言われた。子供か。俺は。
ちなみに今日は肉じゃがだ。高槻先輩が今朝、風紀室に持ってってくれた。
チャイムが鳴って、午前の授業が終わる。さて、平野に声かけに行こ。
「有栖川。ちょっといいか?」
「はい?」
教室を出たところでホスト教師に呼ばれた。なんだろ。
「ここじゃなんだ。理科準備室に来い。」
昼休憩が短くなるじゃないか。とか思いつつ、俺はホスト教師についてった。
+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+
◆平野視点◆
「平野君ている?」
授業が終わって有栖川くんとお昼に行こうと思ってたら、教室の入り口で僕を呼ぶ声がした。
「あ。僕です。」
見たことない生徒だ。ネクタイの色は一年だから、他のクラスの生徒だ。なんだろう。
「有栖川君に伝言頼まれたんだけど。今日、ケータリングのコロッケ買いに行くからって。」
「コロッケ?」
「うん。いっつも売り切れちゃうから、有栖川君ダッシュしてったよ。」
有栖川くんらしいや。僕は笑った。
「だから、裏庭で合流して一緒に風紀室行こうって。片翼の天使像のとこで待ってるって。」
「分かった。ありがとう。」
僕はお礼を言って、教室を出て裏庭へ向かった。
+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+
◆千尋視点◆
「まぁ座れ。」
理科準備室で俺は要先生と向かい合って座った。
「何ですか?」
「・・・お前。俺に相談したいこと、あるんじゃねぇか?」
「?いや、別に?」
ホスト教師らしからぬ真摯な瞳で俺を見ていた。
「お前が同室の高槻を好きになって悩んでるって聞いたぞ。」
「はぁ!?」
俺はギョッとして目を見開いた。要先生は俺の両肩に、そっと手を置いて言った。
「男同士だとか、悩んでるのかもしれねぇが、人を好きになるのに性別なんか関係ねぇからな。俺が相談にのってやるから。1人で抱え込むな。」
「待て待てッ!違うから!それ誰に聞いたの!?」
「違うのか?」
「違います!!俺、ホモじゃねぇし!!」
はぁ~と溜め息を吐いて、要先生は項垂れた。
「誰に聞いたんです?」
「匿名でな。お前が死にそうに悩んでるから、教師として話聞いてやれって学校の俺のパソコンにメールがあったんだよ。」
げぇ!なんじゃそりゃ!?
「とにかく!違いますから。もう行っていい?お腹空いたし。」
平野も待ってるし。立ち上がった俺の腕を要先生が掴んだ。
「・・・お前。好きな奴はいんのか?」
「いないですよ。」
だって男子校だし。ギャルはいないし。
「あっ!」
ぐいっと腕を引かれて、椅子に座ったままの要先生を跨ぐように倒れ込んだ。そして、要先生の腕の中にすっぽり収まった。
「この学園にいるうちは清いまんまでいろよな。」
「何言って・・・あ!」
チュッと耳元にキスを落とされた。俺がビクッとして、小さく震えた。
「感じやすい体しやがって。先生は心配だよ。」
ちろ、と耳裏を舐められた。
「ひゃ、ぁ・・やだっ・離せ!」
俺はもがいてホスト教師の腕の中から逃げた。
「このセクハラ教師!!」
要先生は、ハハッと笑って
「卒業するまで処女童貞でいろよ。」と、言った。
最悪!処女はともかく、童貞は捨てたいわ!
「死ねっ!」
俺は捨てゼリフを吐いて理科準備室を出て、平野の待つ1-Dへ急いだ。
「あれ?平野は?」
1-Dの教室でキョロキョロするが平野がいない。先に行っちゃったのかな。
「あの、有栖川君。」
教室で弁当食べてた大人しそうな生徒がおずおずと声をかけてきた。
「平野君、さっき有栖川君に伝言頼まれたって生徒に呼ばれてたけど・・・。」
「俺、伝言なんて頼んでないけど。」
どうゆうことだ?
「平野はどこ行ったんだ?」
「あの、裏庭の片翼の天使像の前で合流しようって聞こえたんだけど・・・。」
嫌な予感がした。あの辺はあまり手入れされてなくて、なんかもの寂しい雰囲気で人気が少ない。
「ありがと。」
俺はお礼を言って、裏庭へ急いだ。
◆平野視点◆
片翼の天使像前に着いた。有栖川くんはまだみたいだ。
この辺りは人気もなくて、ちょっと寂しい雰囲気だなぁ。有栖川くん、早く来ないかなぁ。
ーーーパキッ
背後で小枝が折れる音がした。
「有栖川くん?コロッケ買えたの?」
僕はにっこり笑って振り返った。
「き、きみが悠二くん?」
「だ、誰ですか?」
有栖川くんじゃなかった。ネクタイの色は2年だ。ずんぐりむっくりしたクマみたいに大きな生徒で、目の前に立たれて影になった。
ーーー目が、怖い。
「あの・・・。」
「・・・思ってたより可愛い。」
親指の爪をガジガジ噛みながら言われて、ゾワッと鳥肌がたった。
「友達が待ってるんで、僕、行かなきゃ・・・あっ!?」
ぐっと腕を掴まれた。
「手紙くれたの、君でしょ。」
「手紙って?あの、離してください!」
大きな手がギリギリと腕に食い込んで痛い。ずいっと顔を寄せられた。
「真っ昼間っから、外で犯されたいって。こんな大人そうな子が、そんなおねだりするなんて。」
「何を言って・・嫌だ!離・・うぐ!」
掌で口を塞がれて、人気の無い草むらへ引きずられる。
「うぅッ!」
僕は暴れたけど、もがいても無駄で・・・抱え上げられるように引きずられてしまう。
ーーー嘘ッ!!誰か!助けてっ!!
「んーーーッ!!」
必死で抵抗してるのに、非力な僕は上級生にずるずる引きずられていった。
手入れのされていない鬱蒼とした木々の下。草むらに押し倒された。
上級生の荒い息が首筋にかかる。
「こうゆうの。好きなんだってね。エッチな子だね。」
「んっ!んんぅ!!」
大きな生温かい手がシャツの中に入ってきた。
ーーー嫌だァッ!!誰かッ!
「何やってんだ!!この変態ッッ!!」
「うわっ!?」
ガツッと音がして、僕にのしかかってた上級生が横にゴロンと転がった。
「平野!大丈夫か!?」
飛び蹴りして上級生を退かせたのは、息を切らした有栖川くんだった。
「あ、有栖川くん!」
有栖川くんは僕の手を取って立ち上がらせた。
「ひっ!?」
「ジャマするなよなぁ・・・。」
足首をぐっと掴まれた。低い声で唸るように、上級生が言った。怖い!
「離せ!変態!!」
「ぎゃっ!」
有栖川くんが上級生の顔をガツガツ蹴った。
上級生の手を振り払って、僕は後ろに逃げた。
「平野!お前、走って風紀の誰か呼んでこい。」
ハッとして見ると上級生は僕の変わりに有栖川くんの足首を掴んでいた。
「でもっ・・・」
「早く!」
ビクッとして、僕は全力で走り出した。僕じゃあの上級生を止められない。
「ハァッ・・ハァッ・・だれかぁ・・!」
心臓が壊れるんじゃないかってくらい、裏庭を全力疾走した。早く!早く誰か!!
「平野。どうした?」
委員長と高槻先輩!
「コロッケ買ってきたぞ。お前も食・・・!?」
僕のただならぬ様子に2人が気付いた。
「たすけて・・あ、有栖川くんが!」
「千尋はどこだ!?」
+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+
◆千尋視点◆
よし。平野は逃げたな。
平野の無事を確認して、俺は変態の耳を左右に思いっきり引っ張った。
「痛い痛い!」
「離せ!変態!!両耳引き千切るぞ!」
変態は耳を覆うようにしてうずくまった。風紀の誰かが来るまで、こいつを逃がす訳にはいかない。
変態が片膝をついて立ち上がろうとするのを見て、俺はハッとした。
ーーー今だ!!
ダダッと走って、変態の太ももを踏み台にして思いっきり頭に膝蹴りを食らわせた。
「くらえ!シャイニングウィザードォーーーーッッ!!」
「ぐあッ!!」
最近、空き時間に中津先輩からプロレス技やヤンキーのケンカ法とか習ってたんだ。
武◯のプロレス技だ。中津先輩から技の名前を叫びながらブチかますと気持ちいいからねって教えてもらったんだよね。
ーーーよっしゃ!
変態は仰向けにひっくり返った。
俺は畳み掛けるように変態の腕を取って、腕ひしぎ十字固めを決めにいった。
「この変態野郎!これでどうだ!」
「あはぁん!」
なんか変な声出してやがる気がするが・・・十字固めはがっちり決まった。
◆高槻視点◆
平野に聞いて、俺と委員長は急いで裏庭を走った。
ーーー千尋!!
もし千尋に何かあったら・・・そう考えると血の気が引いていく。
「あぁああッ!」
薮の中から悲鳴が聞こえた。
「千尋ッ!!」
俺は声がした方へ走った。
「この野郎!ギブアップか!?」
「まだまだぁ~。あぁあ!もっとくださいぃ!」
「黙れ!変態!お前、平野に何しようとしてやがったんだ!?」
「はい。変態です~!」
体の大きな男に千尋が腕ひしぎ十字固めを決めているのだが・・・こ、これは。