千尋と小林と公園
「ううう。苦しい・・・。」
「無理して食べることなかったのに。」
山田のときはペロっといけたトルコライスも、千尋の胃袋には多すぎたみたいだ。
俺の胃袋ははち切れそうだった。
「残すのは嫌だったんだよ。」
小林はやれやれという顔をして言った。
「そこに小さい公園あったから、少し休もうか。」
そもそも洋食屋自体穴場的な場所にあるから、日曜日だけど公園も空いていた。
俺と小林はベンチに座った。
「・・・ごめん。」
「別に。」
俺はふぅと一息ついて、だらしなく背もたれにもたれて座った。
「特に急ぐ用事でも無いんだし、のんびり休憩するといいよ。」
「ありがとう。小林。」
「どういたしまして。」
自然に、『小林』と呼んでいた。
近くに人もいないし、小林も自然に受け入れてる。
今日は天気も良く、暑くもなく、寒くもなく、気持ちいい日だ。
腹いっぱいの俺は、ウトウトとうたた寝をしてしまった。
ーーーゆっくりと意識が浮上する。
どれくらい寝てたのかな。
俺は小林の膝を枕にガン寝してた。
寝起きの頭でぼんやり見上げると、小林は小説を読んでいた。
パラリ、と紙のめくれる音が心地よかった。
小林という男は、自分の世界を持っていて、今みたいに俺一人寝ちゃっても全く気にしない。
適当に自分の好きに過ごす。
一緒にいて、一番気楽で、気を使わなくてよくて、居心地いい相手だった。
「なに読んでんの?」
「キングの新作。シャイニングの続編だよ。」
「ふ~ん。」
本を読んでるときの小林の前髪の感じって好きだなぁ、とか思いながら、ぼ~っと見ていた。
「あと5ページで、区切りいいから。ちょっと待って。」
「うん。」
俺たちのベンチは、ちょうど木陰になっていて、午後の風が心地よかった。
俺は小林の膝を枕にしたまま、ぼんやりしてた。
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腹もこなれてきたし、俺と小林は公園を出て歩いた。
俺は夏物の服とパジャマ代わりの部屋着を買った。
ーーー実は今まで、有栖川父の趣味で、シルクのパジャマ・・・着てました。
うぉお!柄じゃないんだー!
トゥルってした白いシルクのパジャマとか。少女漫画かよ!
けっこう私服も有栖川父の趣味の、なんというか清楚系が多かったので、今日はカジュアルな服を買いに来たんだ。
まぁ、ネットでも買えるんだけど、小林とブラブラしたいのもあって。
小林がさりげなく俺のショップバッグを持った。
不本意だが、今の俺は華奢な高校生なので、荷物持ちは小林に任せた。
昔通りの「山田と小林」って感じでもあるけど・・・
以外にも、小林が紳士的なので驚いてる。
昼の洋食屋では、自分の分は払うって言ったけど、結局小林が奢ってくれたし。
まぁ、肉体年齢差は10歳近いしね。
「あ。」
コンビニの前を通りかかって、夏フェスのポスターを見た。
ちょっと好きなアーティストが来日参戦するみたいだ。
「行く?」
「え?」
小林の声に振り返った。
「行くんならチケット取っとくよ。」
そういや、前にも小林と夏フェス行ったことあったな。懐かしい。
「一緒行く?いいの?」
「いいよ。」
「じゃ、頼むわ。」
なんか、楽しみが増えた。
その後、小林と本屋に行った。
小林はまた、分厚い小説を買っていた。
そんで、お茶してウダウダしてたら、あっという間に夕方だ。
あ~あ、またあのホモの巣窟学園に戻らなきゃいかんのか。
このまんま、小林んちに泊まってきたいけどなぁ。
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◆小林視点◆
有栖川があの洋食屋のことを言ったとき、びっくりした。
大学の頃から、よく一緒に行った洋食屋だ。
そんなことまで、記憶が引き継がれているんだろうか。
確かに世の中には不思議なこともある。
ーーー記憶転移。
臓器移植してから、人格や考え方が変わるという事例も幾つかある。
臓器から記憶を受け継ぐというが・・・有栖川は山田そのもののように行動し、話す。
ーーー参ったな。さすがに混乱しそうだ。
その考えを読んだかのように
「俺が山田さんっぽい言動するの、嫌じゃない?」
と、有栖川は聞いてきた。
・・・ああ、山田もこうゆうところがあったな。
能天気で天然だが、バカじゃない。
そっと・・・ちゃんと、相手のことを見て考えている。
大学時代から山田は道化の役割りを買って出ることが多かった。
飲み会で大人しい奴がウザい先輩に絡まれ酒を強要されているところにおちゃらけて入っていって、さりげなくそいつを逃していた。
代わりに自分が呑まされたり、弄られたりしていた。
『バカのふり、やめたら?』
何がきっかけだったかは忘れたが、山田と2人になったとき、俺は思ったことを言った。
『バレたか。』
山田はそう言って、にやりと笑った。
それから、なぜか山田に懐かれたんだった。
俺は無愛想だし、無意味な集まりは嫌いだった。時間は有限だ。限られている。
不毛な付き合いの為に使いたくはない。
限られている時間は、自分の好きなことに有効に使いたいと思う。
そんなだから、飲み会に誘われることも無くなったし、せいせいしていた。
だが、山田は俺と連むようになり、俺の家を駆け込み寺にした。
一緒にいても、必ずコミュニケーションを取っている訳じゃなくて、同じ空間で、それぞれ別の過ごし方をすることも多かった。
山田はそれを受け入れていて、空気のように居心地がよかった。
有栖川も同じような空気を醸し出す。今は、そっと俺の気持ちを伺っていた。
少し不安げな有栖川の表情を見て、「そのままでいい。」と答えた。
俺は自他共に認める、「ちょっと変わり者」だ。
この「有栖川千尋」の皮を被った「山田」のような少年と過ごすのは好きだった。
だから、そのままを受け入れることにした。
有栖川はほっとしたように、ニカっと笑った。
俺もつられて笑った。