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異界に行って神子  作者: 馳 元嬉
3/6

国境砦とお姉ちゃん

しばらく、馬の蹄の音だけが規則正しく聞こえていた。

体制が悪く、鬱血したり痺れたりしている俺は、抱えられながらも少しずつもじもじしながら、馬の振動に耐えていた。


「っえ?」


手から抜けてしまった。


後ろには三頭の馬。

てか馬上高いよ。アラブ馬ってやつ?


あー、今度こそ死んだ。


「馬鹿が!」

「うぉいっ!!?」


シミレット隊長と、すぐ後ろにいたジャスティンが同時に声を上げる。


馬鹿でしたーー!!

そうだよね!鎧でわかんないよね!馬上でもじもじしてたら落ちるよねーー!!!!



焼け落ちた我が故郷を脱出して早二時間ぐらい。

小さな山を二つ越え、浅いがそれなりに広い川を一つ越えた所で、俺は、この右手に抱えられた体勢が辛くなり、モジモジしていたのだった。


ふわっ…


突然、体が軽くなった。


落下するときの浮揚感かと思ったが、どちらかと言うと、子供のとき親に抱き上げられてベッドに行くような感じの安心感と高揚感。


光があった。


俺の腕だった。


いや、俺が光ってた。


光り出した俺は、少し浮き上がって後ろのジャスティンの頭にぶつかると、痛みもなくぽーんと投げ出され、そのまま、踏み固められた細い林沿いの道にサッカーボールのように落ちた。


痛くなかった。怪我もしてなさそうだ。

じきに光も収まり、ただ理解できずにポカンとしている俺だけがいた。


そのままポカンとしていると、シミレット隊長が馬から降りて、ゆっくりと俺のとこにきた。


「余り暴れるな、神子よ。もう集落は遠い。お前はこのまま、女王陛下に拝謁賜るのだ。怪我は…しないのだろうが。余計な手間はかけさせるな。」


そう言って、俺を手を引いて立たせる。

勝手な事を言ってやがる。


里を燃やし、親を殺し、俺を拐ったやつが何言ってやがるんだ?


一瞬芽生えた殺意と共に、シミレットの肩越しでジャスティンが馬に暴れられて難儀している様子が映った。


「ぷふっ!」


俺は、笑ってしまった。

不謹慎にもほどがある。


必死で馬を抑えているジャスティンと、馬から降りて手綱を押さえ付けるバギンス。ちょっと離れて、シミレットの後ろに付くベラン。


で、ベラン、目があった。笑ってない。てか、俺を殺そうとしてない?


「笑う…か?狂っているのか?子供。」

「子供?」

「お前の事だろうよ、神子。」

シミレットが添えてくれた。


「見たところ、2歳かそこら。神子が覚醒するにも少し早い。神子は、魔法を使い、新しい技術をもたらす。しかし、狂った神子は!」

「必ず、国を滅ぼす、か。ベラン。いつの時代の話だ、それは。」

「しかし、シミレット様!」


ベランじいさんは、シミレット隊長に強く批難めいた呼び掛けをした。だが、シミレットは取り合わない。


「土蜘蛛どもにとっては、神子は信仰の対象であり、絶対的なものだろう。しかし、我ら帝国にとって、神は唯一。そして、女王様の意向こそが全て。神子など、ただの天才よ。便利な神代の道具に過ぎん。」

「ハッ。いささか、このベラン、先程の光景に年甲斐もなく焦ってしまった様ですな。」

「追っ手が来ておるだろう。街に戻るぞ。国境砦まで戻れば、土蜘蛛どもは近寄れまい」


俺は、両手で抱えられて先に馬の首の方に乗せられると、後ろからフワッとシミレットが乗り込んできた。


「行くぞ!」

見ると、ジャスティンの馬も落ち着いているようだった。


俺は、きちんと見れるようになった馬上の景色に少し感動しながら、生殺与奪権について、深く考える必要性を感じていた。


えー…、私、多分、今二歳。

後ろの人々、簡単に人を殺します。

肉食とか言われてました。

なんかよくわかんない光で護って貰えるみたいですが、発動条件が曖昧すぎて、この若い身空で試す気にはなれません。

肉親は、よく覚えていません。

なんなら、この黒騎士小隊長さんが、最初に見た顔です。

狂った神子は、危ないらしいです。

出来るだけ品行方正さをアピールしましょう。


あ、そうか。


結論

黒騎士を親だと思おう。


これだ。これしかない。俺は、すぐ実行に移した。


「お父さん、これ、どこに向かってるの?」

俺は、振り向きながら、出来るだけすがるような声で、そう言った。


「お父さん、だと?」

「なるほど。狂っているのは間違い御座いませんな。しかし、これは、子供ならありがちな心の病と言うやつですな。」

バギンスが、少し馬を近づけてきて、目を細めて、そう言った。

「どういうことかの?」

ベランの問いにうなずきながら、バギンスは返す。

「教会の子供に時々あるのですが。子供の防衛本能とでも言いますかな。精神が耐えられないような悲しい目に合ったとき、身近な者を、父母や神と勘違いし、救いを求めるのです。」

「んで、その俺に一撃くれた子は将来どうなるんだよ?」

「まだ幼いですからな。この記憶も全て無くなるでしょう。子として育てるならば、真に子として育つでしょう。」

「ふむ。養子か。確かに、神子が身内にいるとあらば、他家より有利になる部分は多いでしょう。如何致しますか?ミレア様次第かも知れませんが。」

「ふむ。ミレニエットは身体も弱い。弟が出来るのは悪くないかも知れん。何せこいつは神子だ。何らかの加護を持っているのはさっきので分かったしな。だが、先ずは女王陛下に拝謁賜ってからだ。」

「遠くから来て、出遅れて、手ぶらで帰るところを、奴隷狩りで一儲け!って言った、俺!俺にもご褒美ありますよね!!?」

ジャスティンが手を挙げて言ってくる。


お前のせいで俺が捕まってんのか!


「あんなに【土潜り】がいるとは思わなかったけどのぉ。大体、お前がたらたらしてるから、他家より遅い出発になったのだろうが。」

「そこでそれを言うんすか?」

「まぁ、奴らは、一人一人はなんてことないが、わっと群がってくるから。」

バギンスは嫌そうな顔で、さっきの事を思い出しているらしかった。

「群がられたくはないな。総員駆け足!」

隊長さんがそう言うと、小隊の速度は上がり、林の多い道から、少しずつ麦畑が広がる道へ入って行く。


もうかなり走ったと思う。


ケツは完全に感覚がない。何度か舟を漕いだ俺を、シミレット隊長は、左手で腰辺りを軽く抱えて居てくれていた。


お父さん作戦、成功。


なんか結構優しいっぽいな、この人。

バシバシ人を刺してたし、女を拐おうとか、子供を現在進行形で連れ去ってるけど。


前言撤回…、鬼畜やん。

そんな時代なのか~?


そう言えば、ごめんよ、体を張って助けてくれた、真・お父さんらしき人。 この遺伝子を残すことで、きっと報いるから、天国で見守っていて下さい…。


そうしているうちに、石造りのコロッセオみたいな建物が見えてきた。

回りには、帆を張ったバザールみたいなのが店仕舞いを始めていた。


くー…


そういえぱ、襲われた時間って何時だっけ?もう五時間とかそんくらい経ってそうだ。

さっきから、ぬるい、ちょっと酒っぽいヨーグルトみたいな飲み物しか飲んでない。


腹へった~


「女王様に拝謁する手続きを行ったら、屋敷で飯を食わせてやる。少し我慢するように」


腹の虫を聞き付けたのか、お父さんはそう言ってきた。

「わかりました、お父さん」

俺は行儀よく答える。


「ほう、土蜘蛛とはいえ神子にもなると、やはり育てられ方が違うのですな。」

「自分の立場がわかっているのか…本当に記憶が曖昧になっているのか。もし後者だとすれば、ベラン。養子の話、本気で進めるのも良いかも知れん。」

「御意にございます。見た目があからさまに黒髪黒目であれば、神子とはいえ、土蜘蛛として忌み嫌われましょうが、金に近いブロンドと翠の目、白い肌となれば、誰も文句は言いますまい。」


ほほう。俺ちゃんアルビノさんかい。幼馴染みにもそんな女の子いたけど(前世でね)、あれは美人さんだった。俺も、生活態度をきちんとすれば、かなりの美形になれそうだ。

よし、鼻に指突っ込むのは止めよう。また団子鼻人生は嫌だからな!


それにしても、記憶障害に、防衛本能ね。

親を殺された子供を、殺した奴が子に迎えるとか、どこのギリシャだよ。アレクサンダーの軍師でもやるか?


コロッセオの割れ目から中に入ると、遠くからコロッセオに見えたのは、巨大な外壁で、中には観客席とかは無かった。中もバザールみたいな状況だけど、それは道すがらずっと続く様だった。


外壁の中に入ると、四人は馬を降りて、手綱を引いて歩いた。バザールがある道へは入って行かず、壁沿いに歩いていく。

壁沿いは小川が流れ、静かで広い。バザー禁止区域とか、そんなのなんだろうと思った。

段々と石造りの家が増えていき、さらに鉄門と生け垣に囲まれた庭付きの豪邸や、馬車なんかも見るようになってきた。


広い町だ。子供だからそう思うのかも知れないが。

右手に続く外壁は、どんどんと聳えていき、段々と城のような形になってくる。


あー、これ、指輪型なんだな。

下が開いてるタイプのやつ。

ほら、お祭りとかで屋台で売ってた、サイズフリーなやつね。

下の開いてるとこから入って、上の飾り部分まで歩いて行ってるんだね。


途中で左に折れて、大きい家が幾つかあるような区画を過ぎると、生け垣ではなく、石造りの外壁が続く。100mほど続いただろうか。

上に薔薇の意匠を施した大きな鉄門があり、外に軽装ながら二人の槍を持った人がいた。

「かいもーん!!」

「ご当主様御来邸!!」

二人の衛兵は声を上げる。

門はゆっくりと開くと、中から四人の若者が走って出てきて、馬の手綱を受け取って行く。


左にある木で作られた馬小屋に馬を預ける様だ。四人プラス俺は、そのまま、目の前の小さな噴水を回り込んで、石造りの建物に入って行く。


ドアでかいなー


「お帰りなさいませ、ご主人様。騎士様方。」

「ベラル、何か変わった事は?」

ベランがそう聞く。


屋敷の中はひんやりとしていた。

中の階段とかは、木なんだな…。


「父上、無事で何より。そうですな。そのお子以上に変わった事はございませんな。」

そう言って、澄まし顔で答える。この30歳ぐらいの執事っぽい人。


執事だな。万能だな。間違いない。


「まあまあまあ!どうしたの!この子は!貴方にそっくり!!可愛い!!」


騒がしく寄って来たのは、まだ10代であろう女性だった。

少し大人しそうな女の子が、手を引かれて一緒に付いてきていたが、俺に近付くと手を離して執事の後ろに隠れてしまった。


「隠し子なの?!可愛い!今日から私がお母さんよー!!」

お母さんと名乗った女性は、俺を両手で持ち上げると頬釣りしてきた。

「って、あなたすごい臭い!焦げ臭いし!ちょっと!ベラン!貴方がいてどういうこと!!」

「お、奥様…」

ベランは、困った顔で女性を見た。


シミレットは、教え諭すように“お母さん”さんに話し掛けた。

「ミレア、この子は戦場で拾ったのだ。私と血の繋がりはないよ。ただ、この子は神子なんだ。女王様に拝謁させようと思ってね。そして、我が子にして育てようとも思っている。そうだな。私は今から身支度を整えて政庁に向かう。ベラン。」

「ハッ!」

ベランは、奥に向かって行った。他の二人も付いていく。


「そう…貴方は、ご両親と離ればなれになってしまっているのね。土蜘蛛の新しい集落が大きくなったとは聞いていたけど、まさか子供を拐ったりするだなんて!ベラル!お風呂の準備!この子を…あら?あなたのお名前は?」


俺を下ろしながら、ミレア女史は優しく聞いてきた。


見た目で判断されたか。

俺にとっても、都合のいい勘違いだな。

シミレットも否定しないようだ。

っていうか、本人、もしやそうかもと思ってる顔してるぞ。


え?その可能性も否定できないのか??


「お名前…」おやー?ほんと俺、誰くんよ?


「まだお名前言えない?」

ミレアさんはニコニコを崩さず聞いてくる。

金髪碧眼の明るい女性、ミレアさんは、美少女とかそういう類いの人だ。

ただ、天真爛漫な感じが、彼女の魅力を別の方向に引き出しているようだった。


「えっと…マコトと申します。」

「エマコットね!ちょっとゴロが悪いけど、神様から賜ったんだから素敵な名前よね!」

モゴモゴ答えたのが悪かったのか、変な聞き取られ方をしてしまった。

「ミレア。この子は、教会では命名を受けていないのではないか?」

「そうなの?!じゃあ、お母様の名付けなのね!」

「う、うん…」

よくわからんが、とにかくテンション高いよ。


すると、奥からお洒落な軍服に着替えた三人が出てきた。

「お待たせいたし、申し訳ございません。ジャスティンが手間取りましてな」

「すみませんね!」

サクッと暴露されたジャスティンは、ベランに苦笑いしながら答える。


「では、私も着替える。」

「はい!旦那様!ベラル!この子のお風呂をお願いね!ミレニエット!お父様のお着替えよ。お手本を見せるから付いてらっしゃい!」


ててて。


そんな擬音が聞こえるような走り方で、幼女は、母親にくっついた。


「そうだ。ミレニエット、ご挨拶なさい。貴方の弟ですよ?」

そう言って促されると、母親のスカートにしがみついて顔を埋めてしまう。

「いや、まだ女王陛下に拝謁してからだな…」

軽く訂正を試みるシミレットお父さんは、軽くスルーされている。


威厳とか、この天真爛漫なお母さんの前では、難しいんだろうなとか思った。かっこいいし、大人っぽいし、まさにナイスミドルなのに。


「もうこの子ったら…挨拶もできないの?!」

ちょっとお母さん、そんな無理して引き剥がしたら、余計挨拶できなくなりますよ!


ああもう、仕方ないな…


俺は、少し近づいて、ゆっくりと自己紹介をする。


「お姉ちゃん、あの、僕は…」

っとなんだっけ?エマコットだっけ?

と、一瞬迷うと、バッと、キラキラした目をして幼女はこちらに顔を向けた。


「お姉ちゃん!?」

「うん、お姉ちゃん…」

俺は、取り合えず合いの手を返す。

すると、彼女は母親から手を離し、こちらに向くと、小さなお姉ちゃんは、ちょっと大人びた挨拶をした。

「私の名前は、ミレニエットよ。貴方はなんというお名前なのかしら?」

「えっと…エマコット申します、お姉ちゃん。」

「ダメよ、ここにはお父様もいらっしゃるのだから、お姉さまとお呼びなさい」

「はい、お姉さま」

顔を真っ赤にしながら、少し大人びた態度をとり続けるミレニエット。


両親は、ニコニコと見守っているようだった。

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