黒騎士と拐われた神子
なちく臭い…
地元でしか聞いたことのない言葉を使いながら、俺は目を覚ました。
首ががが、重いわー!!!
何かに乗っかられている。人だね、多分。
しかもどけられない。力があからさまに弱くなってる。
必死にもがいてその人の腹の下から這い出てみると、パチパチと家の残骸が燃える音と、焦げ付いた臭い、あちこちから細く昇る煙、そんな世紀末な世界が広がっていた。
ふと振り向くと、骸が転がっていた。
これが自分にのし掛かかっていた元凶で、おそらく、自分が生きている要因だった。
ふむ。
そんなに大柄には見えない男性だが、その腹の下から這い出たと言う事は、俺、相当小さくなってるな。手を見ると、ぷっくりとした可愛らしい両手があった。
保育園くらいじゃねーの?
右を向く。左を向く。ふと気づいて上を向く。
すると、黒い鎧で黒い槍を持ち、死体を突き刺しながら歩く、騎馬を連れた騎士っぽい人と目があった。
「あじゃぱー…」はい死んだー。
俺は、自分の不運にあきれ果てていた。
あれー?異能ゲットの異世界ライフなんじゃなかったっけー?
うーん…
こっち来るよね。
言葉わかるかなー??
いきなり、刺したりしないよねー。
さっきまで問答無用で死体刺してたけどねー。
魔法でも使えないかなー…。
そう思い付いて、騎士に向かって、両手を突き出してみる。
これは、あれだな。
「ドラ○スレイブー!!」
しかし何も起こらなかった!!
「ダメかー!!んじゃ、ファイアーボール!」
周囲に声が響き渡った!!
「アイシクルスピア!サンダーボール!ストーム!火の玉!吹けよ風!なんか出ろ!!メ○!!ギ○!!パヨエー○!!!」
わめき散らしながら、両手をガムシャラに動かすも、何も起きない。
そして、黒騎士は、俺の右手を掴んできた。
はい死んだー。
ところが、黒騎士は何か話し掛けてくる。
「神性語か、それは?ファイアーボール?」
キタねー。
これはアレか。
英語がこの世界では失われた神聖な言葉で、話せると神様かそれに近い者だと思われるっていう。
「そうだと思います!!生まれた時から知っていました!!!」
「そうか。それで生き残ったのだな。神性語を生まれた時から話せる神子は、部族の宝となるという。」
俺は、生き残れる可能性を感じて、黒騎士を見つめた。
右手は離され、黒騎士は、スッと腰を伸ばした。
「私は、シミレット-シュターク-インジビレンド。帝国東方遊撃隊第二小隊の小隊長さ。と言ってもまだわからんか。」
ほうほう。小隊長さんね。
「まぁいい。さて、君にはいくつか選択肢がある。」
そう言いながら、彼は、冑の仮面部分を取り外した。ありゃー、白人さんだよ。目が青いよ。
「神と女王の名の下に、私と共に付いてくるか。父祖と、王国の名の下に、ここで私に刺されるか。」
ぇ…デッド・オア・アライブ?
「あ、えっと、その、い、行きますが…」
「女王に忠誠を誓うかね。君の父親と思わしき人物は、君を庇って死んだようだが」
「いやいやいやいや!そうだけど!死にたくないし!この世界まだわかんないし!死んだ両親は気の毒だけど、よくわかんないし!お願いします!連れてって下さい!!!」
なんかもう死ぬしかないような流れだったので、とにかく、固い鎧にしがみついて泣き叫んだ。
「エイメン?」
え?なに?アーメン?的な??!!
「エイメンエイメンエイメン!!!シュアシュアシュア!!!ぷりーず!レッツゴー!!」
出たよ!英検三級!なめんなよ!!
「ふ、神性語が話せるのは本当の様だ。薬師の神子と似たような言葉を使う。では、両親との血縁が薄いのも納得か。」
「来い。」
黒騎士は、俺の右手を握ると、踵を回して歩き出した。馬も上手に回転する。
「わ、まって!!」
ちょっとした段差にも困りながら、俺は、懸命に付いていったのだった。
「隊長ー!って…今晩、そいつですか?あぁ!口か!」
ビクゥ!!
背中から嫌な冷や汗が吹き出る!寒イボが!
今なんつったこいつ!?
「ジャスティン、女は見付からなかったのか」
「今回はしくじりましたね。集落がでかいから、先に火をかけたみたいじゃないすか。若いのから先に逃げたんでしょうよ」
ジャスティンと言われた若目の青い鎧の騎士は、朗らかに物騒なことを言っていた。
「今回は奴隷確保がメインじゃないからの。仕方なかろうよ。」
「じいさんは枯れてるからな。ジャスティンは、先頃の奴隷狩りの時も、見つけた女がいい女過ぎて、手を出せなかったからな。」
「その金で買いに行った色町でまた大ベテランに当たってかぁ?俺の不運をあげつらわないで下さいよ!」
「ベラン、首尾はどうだ?」
「そうですな。【死んだふり】は、ほとんど無かった様ですな。少し時間も経っていますし【土潜り】もいないと思われますが…」
ベランと呼ばれた初老の黒騎士は、シミレット小隊長にそう答えた。
そこに、細目で坊主、かなりでかい体つきの、何故か冑を被っていない青鎧の騎士が神妙な顔で言ってくる。
「正に土蜘蛛。蜘蛛の子を散らすとはこの事だな」
「面白くねぇよバギンス」
間髪いれずに若いジャスティンと呼ばれた青騎士が突っ込んだ。
突っ込まれてもどや顔を変えないハゲ騎士は、バギンスと言うらしい。
「取り合えず、目的は果たした。ババと呼ばれる指導者と、その取り巻きは討ち果たしたと聞いているし、ここに新しく生まれていた神子も確保できた。」
ほほぅ…
へぇ…
ヒュィ!
それぞれ感嘆の意を示してくる。
小隊は、小隊長に部下三人が基本のようだった。
初老の黒騎士ベラン、若い青騎士ジャスティン、ハゲで何故か冑を被ってないバギンス、そして、
「シミレット隊長…!!」
言うと、ベランが馬に飛び乗った。
それぞれ、素早い動きで馬に飛び乗る。
俺も、右手に抱えられて、小隊長の馬上に上がった。
「痛いよ!…ッッ」
鎧の纏われた腕で抱えられた俺は避難の声を上げたが、すぐに黙った。
周囲の温度が変わった気がした。
頭の後ろが針が刺さったかと思うほどの痛みを告げる。
ざわっとした。
いや、何かが動く音が重なったんだ。狼に狙われたことはないが、きっとそういうことだと、俺は思った。
やっとの思いで回りを見渡すと、薄汚れた木綿地のような服を着た人々が、それぞれ短槍や短刀、木弓を持って囲んでいた。
「ちっ土蜘蛛どもめ!まだそんなにいやがったのか!」
ジャスティンが声を上げる。
「ババ様が死んだだと?」
「神子様だ。確かにあの子は神子様だ。」
「肉食の蛮人どもめ。里を焼くだけでは飽きたらず、神子様まで…」
あまり、普段は喧嘩しなそうな顔付きの人達ばかりだったが、震えるほどの怒りを身体中に漲らせ、土蜘蛛と呼ばれた彼らは、こちらを包囲していた。
「ハッ!!」
一瞬の間。シミレットは、馬を蹴ると人々の中心を突破した。
ハァッ!!!
残りの三人もそれに続く。
「待てぇ!」
「ぐぎゃ!」
「射れ!投げつけろ!」
「近くの里へ使者を出せ!」
「俺が行く!」
「追え!隠し馬を取ってこい!」
「若いやつは走れ!」
後方の怒号は、あっという間に離れていった。
あー、きっと、誰かは助けに来てくれるんだろうなぁ、と。漠然とそう信じた。