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遅く帰った、そのあとは・・・

「じゃあーねぇ兄上。バイバイ」

 たんぽぽに到着して、薫の車を見送り終えるとすでに時刻は夜9時を回っていた。今の時間帯はちょうど夕飯を食べ終わり、10時の就寝時間まで各自が自由時間を過ごしている頃だ。

「ふぁあ~、そろそろ新しいシャツ買うかな」

 玄関の外灯の下、穴の開いたシャツを掴みながら大きくため息を漏らした。大剣で開けられた跡は切れたとういうよりは無理やり破いたに近かった。縫った所で縫合部はいびつに歪みみっとないくらい目立つだろう。

 家のみんなは気を遣ってないも言わないだろうけど、たった一人だけ彩音だけは笑いなながら貶してくる筈だと確信していた。

「やっぱり一着ぐらい買うかな、臨時収入も入ったことだし」

 ポケットの膨らみを確認し明日にでも買いに行こうと思った瞬間、家の中なら悲鳴が聞こえてきた。しかも一人じゃない、複数の悲鳴だ。

 慌ててドアを開けると、靴も脱がずに廊下を駆けて電気がついている居間のドアを開けた。開けた瞬間、亮の目に飛び込んできたのは、中央のテーブルを軸にマナ、葵、彩音、楓の4人が部屋の隅へと広がっている光景だった。

 4人全員の顔が恐怖と驚愕に引き連れたいた。葵に至っては今にも泣き出しそうな顔をしている。

「ああ、亮兄ぃい! おっ、おかえりなさい」

「ああぁ。ただいま・・・どうしたんだ? 一体?」

「ああ、あのねぇ・・・あのねぇ・・・えっとねぇ・・・」

「うわぁ、葵の方へ行ったで!!」

 彩音が床を指差しながら大声を上げた。それを聞いた葵はきょッとした顔のまま亮の元へと飛び込んだ。

「いてぇ!!」

 亮の腰に手を回し、腰が抜けたように右足に絡みつきながらその場にしゃがみこんだ。葵の服装はショートパンツに意味のわからない英語がプリントされたブルーのシャツを着ている。

 おそらくこれは彩音の服だろう。露出度の高い服ではあるが、それが逆に密着した肌から葵の震えが伝わってくる。

 この様子から見てよほど怖かったようだが、亮にはまだその原因がなんなのか分からなかった。

「ムゥ!?」

 その光景を見ていたマナも、同じように亮に飛びかかり反対側の足に絡みついた。そしてムッと頬を膨らませ、ジッと葵を見つめている。まるで葵に対抗するかのようにマナは力強く亮の腰ベルトを掴む。

「おっ、おい。何なんだよ二人も、イダダダダダ、肉挟んでる、肉挟んでるってマナ!? 離せってマナ!!」

「やぁ! マナ絶対離さないもん! 絶対離さないんだから!!」

「おい・・・」

「なんいやっとんや!! 二人共!! てかっ何やらせとんやぁ亮ぉ!! そないな不潔な場所に二人の顔を押し付けをって!! この変態がぁ!!」

「テメー彩音!! この状況を見ておきながら、さらにこじれること抜かしてんじゃねぇーぞ!! 大体何があったんだよ!! 俺は今それを聞いてんだろうがぁ!!」

「なぁっ、逆ギレすんなやぁ!! 大体なんでそんな羨ましいっじゃなかった・・・おかしな状況になるやぁ!! 後から来て、一人美味しい思いしやがってホンマ腹つわ!!」

「なに意味わかんねぇ事言ってんだよ」

「じゃかましぃわ!! ただでさえハーレム状態やと勘違いしとる中で、そんなおいしいハプニングなんてうちは認めんでぇ、このタコ!!」

「だれかわかるように説明してくれ。だれか、頼むよ・・・」

「・・・・・・ねぇ、二人共ケンカの前に忘れてる・・・大事な事・・・それ、それ」

 一番奥のテレビ台に股がっている風見楓が、たどたどしい声に震えが混じりながらも指をある方向へと向ける。バサバサな髪にフチなしメガネを掛けているが、彼女も皆と同じに青白い顔をしていた。

「来た! 来た! 来た!」

 楓が示した方向に目を向けると、亮はやっとこの騒動の原因がハッキリわかった。それは全女性の敵であり、そのグロテスクな姿だけでも憎悪の対象になる生物だ。神出鬼没でどこからともなく現れ、家で一匹見つければ、見えない所に50匹はいると言われる、黒茶色の高速移動物体「Gゴキブリ」だった。

 しかも、5cm級のデカイのが一匹。2本の触手を上下に揺らしながら真っ直ぐ亮達に迫ってきていた。

「ヒィィィィィ!! 亮兄ぃ来た来たよ!、コワイ!」

「ちょっとまて、どいて。二人ともどいてくれ、動けないだろう」

「嫌ぁ、ヤダぁヤダぁ 亮兄ぃ、早く何とかしてよ!」

「だからちょっと待てってててぇっ危ねぇって! おおぉっ」

 亮はバランスを崩し、そのまま後ろに倒れてしまった。

「いてて。ほら、危ないっていっただろう。マナ、葵。大丈夫か?」

 マナは黙ったまま頷くが、反対側の葵は違っていた。先程よりも強く腕に力を込めると、今にも泣き出しそうな瞳を向けながら、小刻みに震えだした。

「う゛う゛ぅっう゛」

 上手く発声できない葵が、精一杯な唸り声を上げて何かを訴えている。

「う゛おう゛ぅっおっう゛」

「?・・・どうした?」

「バカ亮ぉ! 足や、足!! 葵ちゃんの足みてみぃや!!早う!!」

 言われた通り葵の足を確認すると、巨大ゴキブリが葵の白く滑らかな足の肌をゆっくり登り始めていた。柔らかそうなふくらはぎを進んでは止まり、進んでは止まりを繰り返しながらゆっくと登ってくる。その感覚を肌で感じ取っている葵は、恐怖で口をカチカチと鳴らし亮に助けを求めだした。

「亮ぉ!! あんたの親戚やろ!! 早く何とかしぃ!!」 

「誰が親戚だ!! 誰が!!」

「仲間やろうが!! 同じ嫌われもんの同士やろう!!」

「仲間じゃねぇーし、ってか、あきらかにそれってお前の―」

「やっかましぃわ!! 女々(めめ)しい奴やなお前は。女みたいにグチャグチャゆっとらんで、早う助けてやらんか!!」

「ったく、しょうがねぇーな。ほれ!」

 亮は登ってくるゴキブリに対して溜めたデコピンで弾き撃退した。

「ぬああああああ、どこ飛ばしとんやぁこのアホンダラぁ!!」

 飛ばされたゴキブリは大きく弧を描きながら彩音の足元近くに落下し、その場でひっくり返った。そして6本の足をバタバタと動かしてながらもがく姿は、その場にいる者達の気持ち悪さをさらに引き立たせた。

 決してワザと彩音の場所に狙った訳ではないが、日頃から彩音にされている事を思えば少しいい気味だと亮は思った。

「亮ぅ!! あんた狙いおったな!!」

「チャンスだ彩音! そのままデッカイコオロギだと思って踏みつぶせぇ!!」

「できるかぁ!! ド阿呆ぉぉ!! あんたがやれやぁ亮!!」

「彩姉ぇーちゃんならできるから、早くやって!!」

「なっ!? マナまで何つぅーこと言うんや!!」

「彩、お前が・・・そいつに近い、やれ・・・」

「楓までうちにおぞましい事させるきかいな・・・酷すぎるわ」

「いいから早く潰せよ」

「なっ!? あんたにだけは言われたかないぃ」

 元凶はお前のはずだろうと言わんばかりに、彩音の怒りの血が頭に登っていく。その怒りが恐怖を飲み込むと、さっきのお返しとばかりにゴキブリを蹴り返した。踏み潰すよりかはマシだったと思っても、それでも背筋に不快な電流が走った。

 だが、彩音のひと蹴りはゴキブリの身体をわずかにかすめる程度で、半分も飛ばずにテーブルの上に着地した。着地の弾みで逆さまだった体勢が元に戻ってしまった。再び息を吹き返したゴキブリはお返しとばかりにそのまま亮達を目指して前進した。

「彩バカ。どこ蹴ってるのよ」

「いやあぁぁ、こっち来ないでよ。彩姉ぇーのバカぁ!!」

「う゛おっう゛ぐぅっおっう゛」

「亮兄ぃ! 亮兄ぃ! もう一回デコピンして!!」

「はいはい。わかったわかった。わかったから落ち着けってマナ」

 この中で唯一落ち着いていた亮は、もう一度デコピンを食らわせて彩音の方に飛ばしてやろと考えた。

 しかし、大きく腕を伸ばした瞬間。黒い影が右上から伸びると、そのまま乾いた音と一緒にゴキブリは進行を停止した。

 突然どこからともなく現れたのは蒼崎玲子の腕だった。だてに年かさを重ねただけの事はある程の精神の持ち主だ。

 たかがゴキブリ一匹程度では動じる事はなかった。しかも、手に持ったフォークをゴキブリの頭部と体部のツナギ目部分に、ちょうど上手い具合にブッ刺している。

「あなた達うるさいわよ。たかがゴキブリ一匹にそんな大声上げて、近所迷惑になるでしょうが。もっと考えなさい!!」 

 みんな蒼崎の一括に口を閉じ、一時いっときの静寂が生まれた。そして次に誰もが同じことを考えた。みんな一番聞きたい言葉が出かかっていたが、それを言い出す勇気が出てこなった。意を決して楓が口を開いた。

「あの・・・玲子先生・・・そのフォークは誰のですか?」

「・・・・・・・・・・・・ぅん゛、とにかくこれで問題はなくなったわね。みんな早く周りを片付けたら順番にお風呂に入るのよ、あとが突っかえると遅くなるから」

「だから蒼崎先生。そのフォーク誰のかって聞いてるんですけど? まさかと思うかけど・・・ひょっとして―」

 質問をぶつけてくる亮の肩をポンっと叩くと、蒼崎はこれまでに見せてことのない温かい笑顔を亮に向けてきた。

「亮君!! 男この子なんだから小さい事をいちいち気にしちゃダメよ」

「やっぱり俺のでしょう!! 俺のなんでしょう!! 俺のフォークなんでしょう!!」

「・・・ねぇ、玲子先生ぇ・・・」

「私はね、気にしちゃダメって言っただけよ」

「・・・玲子先生ってば・・・」

「先生ぇ・・・それ認めてるって言ってるもんですよ」

「・・・・・・ごっ、ごめんなさい・・・つい無難なのを選んじゃったの・・・」

「やっぽり俺のじゃねーか!! 俺のフォークに何の恨みがあるんですか!! ヒドイですよ」

「だからちゃんと誤ってるでしょう。男の子なんだから、いつまでもそんな昔の事を引きずってないで前を見なさい、前を」

「いかにも前向きな発言で誤魔化さないで下さいよ。それに、まだ二分も経ってねぇよ」

「玲子ぉ先生ぇってばぁ!!」

 楓の大声に蒼崎は振り返って見る。

「先生あっ・・・アレってヤバくないですか?」

 楓が指差す方向には串刺しのゴキブリがいる。みんな普通ならもう死んでいると思っていたに違いなかったが、ゴキブリの生命力はそれほど甘くはなかった。

 足を勢いよくバタつかせながら体を振っていると、その振りが大きくなりそのまま・・・

「イヤヤアアアァァァァァァァァ!!!! モゲた!! モゲた!! 首がもモゲた!! オエェェ気持ち悪い!!」

「わあぁぁ、亮兄ぃ首が!! 首が!!」

「悪魔や、悪魔やコイツは」

 頭部をなくしたゴキブリは白い液体を垂らしながら、テーブル上を不規則かつ縦横無尽に走り周る。そのおぞましい光景に流石の蒼崎も悲鳴を上げた。

「きっきっきっ気持ちわるい!! だれか早く何とかして!!」

 張本人はお前だろうとツッコミを入れようかと思った亮は、履いていた靴を片方脱ぎそれをハエたたきのように振り下ろした。

 放射状に白い液体が広がると、完全にゴキブリの息の根が止まった。

「よし!! これでもう大丈夫だぞ」

 これでやっと静かになると思いきや、振り返って見たとき靴下の足が何かを踏みつけた。

「あっ!?」

 全員の顔色が青くなると、みんな亮から一歩ずつ離れて行く。亮もまさかと思って恐る恐る踏みつけた方の足を上げ、そのモノを確認した。

「踏んだ?」

「うん、踏んじゃった・・・蒼崎先生。コレどうしようか?」

 亮は踏んだのは残されたゴキブリの頭部だった。

「とりあえず動くな。そのまま靴下を脱いで片足ケンケンで外に出たら、表の蛇口で洗い落としてきなさい。おっとまだ、まだよ。まだ脱がないでね。ちゃんと私たちが出て行ったら亮君動いていいから。それまでは絶対動かないでね。いいわね」

 説明中にマナと葵、楓に彩音は足早にその場を出て行ってしまった。

「それと、ちゃんと洗い終わったら。私の部屋に来てね、ちょっと話があるから」

 そう言い残し最後に残った蒼崎がゆっくり居間から姿を消すと、ただ一人その場に残った亮は切なそうに呟いた。

「理不尽だ。あまりにも理不尽だよこれ」


 一人外の蛇口で汚れた靴下を洗い流し終えると、洗濯機に入れないまま庭の物干しに引っ掛けた。暗い夜でも夏の熱帯夜に干しせば朝には乾いている。

「何か、最近ツイてないよな」

 洗濯物を干し終え念入りに石鹸で手を洗うと、言われた通り蒼崎主任の部屋に向かった。

 ドアの前で軽くノックをすると、主任がドアを開けてくれた。

「入って」

「はい」

 主任の部屋は私部屋と違って閑散としていた。ある程度は綺麗にされているが、机上にはファイルやら書類の束が積まれ。壁の棚にはファイルが隙間なく揃えられている典型的な事務所部屋だ。

 蒼崎が自分の椅子に腰掛けると、あらかじめ用意したのか丸いパイプ椅子に座るよう合図する。

 面と向かい合ってすわる二人に、いつしか重たい雰囲気が漂ってきた。

「ねぇ亮君、私はいつもみんなにこう言ってるわよね。『この家の住人に他人はいない、生い立ちがどんなであっても私たちはみんな家族よ』って」

「はい、もう何度も聞いてますよ。耳にタコができるくらいに」

「それなら、家族同士秘密をいつまでも隠しておくわけにはいかないわよね」

 いきなり確信をつくような発言に、亮は首をかしげた。

「それは・・・どういう意味ですか?」

「そろそろ教えてくれないかしら、亮君・・・あなたの()()()理由を」

 亮は驚くというよりは、虚を突からたような感じで言葉が詰まった。

「・・・どうしたんですか? なんで急に・・・今まで聞きもしなかったじゃないですか。なぜ急にそんな事を」

「今日、朝ね・・・警察が来のよ。ただの聞き込みって言ってたけど、途中から亮くんの事を細かく聞いてきたのよ。あれは絶対目的は亮君よ。役所の交渉とは訳が違うは、今度万が一でも『家宅捜査令状』なんてもの持ってこれたらあなたの事をどう説明すればいいの? あなただけじゃなく、マナや他のみんなに影響が起こるかもしれないのよ」

「先生のおっしゃる事はわかります。今まで海のものとも山のものともわからない俺を守ってもらっているのに、何も聞いてこないあなたの優しさに甘えきっていました」

「それじゃ早速何か身分を証明するものを―」

「先生」

 亮は哀しい目を向けたまま言葉を続けた。

「先生。俺はここに来て変わりました。変わるというよりは別の生き方を選べたんです。それは最初怖かった。でもあなたや、施設長。それにマナ達に支えられて今こうして別の生き方を歩んでいます。俺はあんたを母親のような姉だと思っています。マナ達は妹のように・・・決して本当の家族ではなくてもあなたのあの言葉で、あの意味のある言葉でおれは無くしてしまった家族をもう一度得る事が出来たんです。俺は・・・この家族を守りたい。今度こそ守りたい」

 亮は椅子から降りると床に膝をついて頭を下げた。

「亮君?」

「俺は昔・・・恐ろしい過ちを犯しました。償いきれません。でも・・・時間を下さい。必ず話ますから、今は時間を下さい。お願いします!! お願いします!! どうかお願いします!!」

「・・・亮君」

 亮のこれまでにない必死な態度を見せられた蒼崎は、それ以上追求することが出来なかった。






朏天仁です。今回の29話はいかがでしたでしょうか。今回の話は少し息抜き感覚で書きました。まだまだ誤字脱字あって読み苦しいと思いますが、そこはご了承下さい。

次回は少し話を進めようと思ってます。あと勝手にランキングをクリックして頂きありがとうございます。

最後にここまで私の作品に付き合って下さってありがとうございます。今後共よろしくお願いします。m(__)m

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