死亡フラグ
「ぐっ、クソッタレが・・・」
地面にうずくまったままの亮は、傷口から流れる血の暖かさが広がっていくのを感じていた。脇腹を貫く刃は最初冷たく、次第に鉄火のような熱を持ち出した。
「こっ、こいつは・・・驚いたな・・・やるじゃないか・・・グゥっ・・・」
「答えが違うわよ」
「ぐぅぅ」
痛みで苦悶する亮に、ミハイは更に刀身を深くねじ込めた。ゆっくりと傷口を広げ、さらに唸り声が混ざった悲鳴が上げる。
「早く答えてよ。こっちもそろそろ限界なんだからさ」
「なっ・・・何だと・・・?」
「背中がゾクゾクしてきたわ、ワタシねぇ皮を削ぎだしたら止まらなくなるのよ。だからそうなる前に早く答えてくれない」
ミハイは笑っていた。何の躊躇も緊張の類もなく声を弾ませながら耳元で囁くと、亮の髪を掴み上げた。
「まだ喉は切ってないわ、喉は最後。さあ早く答えて、まずはポーンはどこなの? ひょっとして殺したの? それならそれで構わないわ、一応戦死扱いになる。兵士として本望。問題は『クルージュの奇跡』はどこ?」
おそらくこの女の言っているポーンとは、あのアパートで保護した男の事だと亮は思った。それなら尾行てきた理由も、コイツがあの術士が待ち伏せていた相手に違いない。それでも『クルージュの奇跡』については何も思い当たらなかった。
「何言ってんだよ・・・訳分かんねぇな・・・・・・一体何の事だ?」
「頑張るわね。でも、そんなに頑張っても何の得にならないわよ。東洋のサムライってたしかハラキリって言う習慣があるのよね、ちょっと試してみたいわね。日本人の腹から何が出て来るのかしら。おっと簡単に死なないでよ、もし死んだりしたらあんたの家族で遊んじゃうから、そうそう家族っているの? どうなの?」
一瞬、マナ達の顔が頭を過ぎった。
「・・・・・・オイッ!!」
薄笑いを浮かべたまま、ミハイは大剣を抜こうと力を込める。だが、いくら引いても剣は数ミリも動かない。否、動かせなかった。
「なっ、チョット・・・なによコレ?」
「お前、さっきから耳元で好き放題喋りがって、ウザイんだよ!! 一つ教えてやる。戦場で一番先に死ぬ奴は、お前みたいなおしゃべりな奴って相場が決まってんだ!!」
ミハイの手首を掴むと、蹲った足をバネにしてそのまま地面へと背負い投げた。
勢いよくアスファルトに身体を叩きつけると、ひと呼吸おかずに腕を持ち上げ横に建っている電柱に向かって投げ飛ばした。
重たい音の後、逆さまの状態で電柱に叩きつけられたミハイは、うつ伏せのまま微動だにしなかった。
生身の人間なら間違いなく肋骨の3~4本は折れているだろう、下手したら折れた肋骨が肺に刺さってそのまま死んでしまってもおかしくなかった。
「ハア、ハア、ハア、少し手加減しようと思ったけど、お前・・・・・・加減出来なかった。待ってろ今救急車呼ぶから。ハアっ、ハアっ、」
息を荒らげ、脇腹に剣が刺さったまま取り出した携帯で119を押そうとして、指が止まった。
ゆっくりと視線を前に向けると、視界一杯にミハイの顔が映り込む。普通なら立ち上がる事も出来ないくらいなのに、この女はダメージをまるで受けてないかのよに涼しい顔で立っている。
「・・・!?」
「なるほど。生まれ持った特異体質かは知らないけど、かなりの怪力だな。それに高いレベルの軍事訓練は受けているようね、技の掛け方、体動の殺し方、平均的な兵士よりも上だわ。でもそれだけじゃあ脅威にはならないわよ。特に自分を殺そうとする相手を心配するその甘さは、ただのバカとしか言えないわ」
「おっ、お前―」
亮が口を開らくと同時に鼻、喉、溝内の順に衝撃が走り、今度はそれが激痛に変わった。
人間の生命維持に必要な呼吸器官の中で、急所の三箇所をほぼ同時に突かれた。
「ガハッ、ゴホッ、ゲホっゲホっ」
亮はムセ込み再び膝を着いた。この女は強い。それは躊躇なく人を殺せる事でも、効率的な殺し方を知っている事でもない。このムチャクチャ打たれ強い防御力だと言える。
現状の力で殺せない相手と対峙した時ほど、やっかいな事はない。もし少しでもダメージを受けているなら何かしらの策を講じる事は出来るが、ダメージを与えられない相手だとどう対処すればいいのか難しくなる。それに時間が経てば経つほど体力は消耗し不利になってしまう。
再度ミハイが亮の髪を掴み上げる。
「ぐぅぅっ」
「ほらしっかり立ちなさいよ日本人。まだ話は終わってないのよ、早く質問に答えなさい。サルはサルでも人間の言葉が話せるサルなんでしょう、ちゃんと人間の言葉で話すのよ」
薄笑を浮かべながらミハイは、顔を顰める亮を眺めている。
「それとも威勢がいいのは最初だけ? ガッカリだは。ワタシはね、期待を裏切られるのが一番腹が立つの。せめてもっと往生際の悪さを見せてちょうだい。大戦前のお前たちの先祖は『核の光』が落ちるまで往生際悪く戦ってきたでしょう。少しは負け犬の意地を見せないよ」
その言葉に、亮は血混ざりのツバをミハイの顔に飛ばした。白色の頬に紅いシミが掛かり、そのまま垂れながら一筋の線が出来上がる。
ミハイは怒るのではなく、更に笑を深めた。
「やるじゃない。そうでなくちゃね」
間髪入れずミハイの膝が亮の顔面に打ち込まれた。
「ガハっ」
続けて2発、3発、4発と打ち込まれていく。
「あはははははははっ、あなたいいわ。スゴくいいわ。あなたの頭が丁度蹴れる位置にある以上に、その反抗的な態度がスゴくいいわ。あはははははははっ、背中がゾクゾクしてきちゃった。もっと楽しみましょう」
歓喜に奇声を混ぜながら5発、6発、7発、8発と続く。そして9発目を入れた時ミハイの足が止まった。
「所詮は小さな島国。どんなに足掻こうが、大国の傘の下でしか生きられなかった民族でしょう。この国の未来は侵略と陵辱の繰り返しって決まってるのよ、あの戦争で誰がこの国のボスなのかいい加減わかったでしょう。オスは縄張りを明け渡し、メスは外国産の新しい男に股を開いていた頃がお似合いだったのよ。自分の身の丈を忘れ、無い知恵を絞って独立してみても中身は同じ、今のうちに踏まれる喜びを覚えて生きなさい」
「だがら・・・知らねぇって言ってんだろうが・・・」
「もうこの際どうでもいいから、この余韻を満足させて。まずは人間の言葉を喋らすその舌を落とすとしましょう」
ミハイは嬉しそうにローブの裾から理容師が髭剃りに使う西洋剃刀を取り出した。剃刀の刃に月明かりが反射し鈍く不気味に輝く。
「・・・このっ、・・・人種差別主義者が!!」
「安心して。これでもワタシは元シスターなのよ。残されたあなたの家族はちゃんと最後まで面倒みてあげるから、ワタシが楽しむだけ楽しんだあとに、使える臓器を全部出したら代わりにゴミを一緒に混ぜて捨てて上げるから」
「・・・・・・お前・・・・・・少し黙れよ」
その言葉を聞いた直後、ミハイは腹部に軽い衝撃を感じ目を下ろした。そこには亮に突き刺した自分の大剣が溝内に突き刺さっている。
「あっ・・・!?」
「返すぞソレ!! それと、いつまでも人の髪の毛を掴んでんじゃねぇよ!!」
ミハイに凄絶な眼光を向けながら亮はゆっくりと立ちがる。その瞳がやがて闇夜でも光る琥珀色に代わり、ミハイの驚く顔を写していた。
「その目、アンタ・・・人じゃないわね・・・」
亮は無言のまま銃口を向けると、ミハイの心臓に残りの全弾を撃ち込んだ。
衝撃を受けて前のめりに身体を曲げるが、すぐに姿勢を戻した。そしてゆっくと腹部に刺さった剣を抜くとそのまま刃を自分の肩に乗せた。
「残念・・・そんな道具じゃあワタシは倒せないわ、今度はこっちの―」
一瞬、二人の間に風が吹く。
「ならコレならどうだ」
「!?」
この時、ミハイは自分の身体に起きた事を理解した。剣を持っていた自分の右腕の肘から下が消えていた。
「ああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!! 何よぉこれぁ!!! ワタシの腕がああぁぁぁ!! 腕がああぁぁぁぁぁぁ!!」
「へえーやっぱりコレは効くんだな。よくやったぞお前。後で名前をくれてやるから」
亮の足元に落ちたミハイの手と一緒に、黒くよろめく影が一つ見える。それは例の『大釜狐』だった。
亮の言葉が理解できるのか、大釜狐は嬉しそうに釜の尻尾を振っている。その横に落ちているミハイの手を拾い上げると興味深そうに確かめていた。
「へぇーどうしてこの国で西洋魔法が使えるのか不思議だったが、こういう事だったのか。お前の身体にこういうカラクリがあったとはな。昔イスラエルの呪術者から一度聞いた事があったが、なるほど、どうりで銃が聞かなかったわけだ。でもな・・・仕掛けがわかればどってことねぇ!!」
亮が一歩前に出ると、ミハイが一歩下がる。ミハイの表情がみるみる真っ青になっていく様子を冷淡な目で眺めている。
「チッ!」
一気に状況が不利になると、ミハイは一目散に撤退した。自分の体の秘密を知られてしまい、これ以上の戦闘は無意味と悟ったのだ。
だが10メートルも進まないうちに、自分の身体の異変に気がついた。視界がだんだんと狭まり、足に力が入らない。おまけに脈が早く呼吸が思うように出来ない。やがてバランス感覚を失うとその場に倒れた。
ゆっくりと亮が近づいていく。脇腹の傷も顔の傷もすでに治っていた。
「アンタ・・・いつワタシに・・・毒を入れいたの・・・」
身動きがとれないまま、今度は亮がミハイの髪を掴み上げた。
「生きたホムンクルスに会ったのは初めてだよ。こっちはお前が人間だと思ってたから手加減したけど、もう手加減する必要は無くなったな。心配するな直ぐには殺さねぇーよ。ただお前がさっき言ってた『クルージュの奇跡』について教えてもらうか。殺すのはその後だ」
「?・・・アナタ・・・本当に知らなったの?」
「さあ、聞かせてもうらうぞ。俺の話ちゃんとそっちで聞こえてるだろう、傀儡師よ」
「アナタ・・・何者なの・・・?」
「ただの亜民だよ」
ミハイはこの時、自分たちが間違った相手と接触してしまった事にようやく気がついた。
こんばんは、朏天仁です。今回最後まで読んでいただいた方は、「?」が出てきたと思います。このミハいの秘密は次回判明すると思います。(多分?)
最近、ここ最近夏バテ気味で体調がかんばしくありませんでした。それでもこうして作品を無事載せることはできたのは、間違いなく応援してくださった。読者の貴方様のおかげです。
今回も、ここまで読んで頂き本当にありがとうございます。今後も応援よろしくお願います。m(__)m
あと、下記の「勝手にランキング」を一回クリックしていただけら嬉しいです。
でわ(´ー`)/~~




