格の違い
赤色のハイブリット高級車『SR-700』が関越道を東京に向かって颯爽と飛ばしてしている。メーターは既に200キロを越えていて、巧みなハンドルさばきで前方の車を追い抜いていく様は神業の域だ。ハンドルを握る霧島は、車内でシートを倒しふて腐れたような表情の亮を横目で見ると、更にアクセルを踏み込んだ。
さらにスピードが上がる『SR-700』の景色からは、時速100キロ前後で走る車がまるで止まっているような錯覚に陥ってしまう。この霧島には渋滞以外でブレーキを踏むという概念が無いのか、それとも死の恐怖そのものが欠落しているのかのように、涼しげな表情のまま車体を操作していた。
しかし、この状況下でさらに驚かされるのは亮の態度だった。普通なら自殺行為に近い運転のさなか寝る事なんて出来るはずもないが、亮は高速に入った直後に眠りに入り、まったく起きる気配を見せずにいた。
亮は眠りの中で夢を見ていた。自分が薄く霧がかった公園のベンチに座っている夢だ。
周りの遊具に人の姿はなく、亮と合い向かいあって座る女性が1人居るだけだ。
その女性は巫女の服を着てベンチに座り、じっと亮を真正面で見据えている。子供と思えばまだあどけなさが残る顔立ちだが、大人と思えば凛とした雰囲気を醸しだしている。
「今度な、俺たちの家に新しい家族が増えたんだ。葵っていう子なんだ」
「・・・・・・」
「最初は皆と馴染めるか心配だったけど、大丈夫だったよ。何だか俺の時とは大違いさ、マナや彩音達が良くしてくれているし、少しだけ・・・ちょっとコミュニケーションに問題があるけど大丈夫、すぐに慣れるさ。昨日はちょっとした誤解があってその、ちょっと嫌われちゃってるけどな」
いくら話しても巫女は黙ったまま亮を見据え続ける。いつも夢に現れては、黙って話だけ聞いて何も語ろうとしない。
やがて亮は自分の気持ちを愚つける。
「なあぁ、何か言ってくれよ。ノゾミ! 久しぶりにこうして会ったんだ、なんで何も話してくれない? 何も話さないんだったら、だったら早く・・・・連れて行ってくれよ、頼むよ。俺・・・疲れたよ。俺はもう・・・もう疲れたよ・・・疲れちまったよ、一ノ瀬はいいな・・・・もうそっちに行っちまったんだ。ズルイよ、あいつだけ・・・先に・・・・楽になりやがって」
奥歯をかみ締めながら声を震わせる。そして膝の上で両手を握り締めるとノゾミに向かって深く頭を下げた。
「頼む、お願いだ・・・俺も連れて行ってくれ。頼むよ」
その光景を見ながら、ノゾミはゆっくりと口を開く。
「あなたは、ダメ」
「どうして?」
「―ッて」
希の言葉が何かにかき消されるように一瞬聞こえなくなった。
「え? 何、なんて言った?」
「助けてあげて。あの子を、あなたが」
「何を? 誰を助けるんだ? マナか? 彩音? 楓? それとも葵か? 」
亮が聞き返すと周りに漂っている霧が急に濃くなり始め、ノゾミが残念そうに顔を横に振り、物言いたそうな瞳を亮に向けながらだんだんと姿が薄く消えていく。
「おい! 待ってくれノゾミ! 助けるって・・・誰を助けるんだ? 待ってくれよ!」
追いかけようとベンチから立ち上がろうとするが、足を動かすことができなかった。力一杯足を動かそうとしても石のように微動にしなかった。
やがてノゾミの姿が完全に見えなくなると、亮は声を荒げながら名を叫んだ。
「ノゾミィっ!!」
電気ショックをくらったような勢いで上体を起こすと、視界に見知らぬ光景が入ってきた。
車は既に高速を下りて、住宅街の一角で停車していた。
「あらら、今起こそうと思ったのに。タイミング良すぎるわよ」
「その手に持っているモノは何ですか?」
亮を覗き込む霧島の手に一本の油性マジックが握られている。
「いやあ、君の寝顔を見てたらこういう時のお決まりって言うの、ちょっと君の額に『肉』って書こうと思ってさ」
「・・・本気で言って乗るのか?」
「おっ、マジ怒りだ。そうか『肉』よりも『バカ』の方がよかったか、でもそっちだと定番過ぎて面白くないと思うんだけどな」
「いつの時代のボケかましてんだよ。てか、今どきそんなの本当にやるバカはいないだろう普通」
「いいじゃないの別に、たまには童心にかえって遊ぶのもいいものよ。それに家に帰れば話しのネタにもなるしね」
「・・・取りあえず離れてくれよ。そして今の状況を説明してくれ」
霧島は座席に腰を戻すと、「LARK」のタバコをポケットから取り出して銜えるとライターで火を着けた。
「ふぅー・・・、目の前に半分緑に埋もれた建物があるでしょう、あれが依頼人から言われた目的地よ。あそこの部屋で一ノ瀬の私物を回収すれば今回の依頼は終了よ」
「そんな簡単は依頼で20万かよ、それで何を回収すればいいんだ」
「知らないわよ。部屋に入ったら連絡してって言われてるから」
「それで、ここどこ?」
「東京の八王子よ」
「っ!? スゴイね、あそこからここまで一時間掛かってないの・・・相当飛ばしたんじゃないの?」
「そうでもないわよ、たまたま道が空いていただけよ」
「ふ~ん、そう」
半ば半信半疑で聞き流すと、亮はドアを開け外に降りた。夏の湿気が一気に身体にまとわつき、眩しい日差しに目を細めた。
本当なら今の頃は神矢講師の教室でフルートを吹いている時間だ。全然練習出来なかった『アルルの女』を下手に吹きながら、嫌味の一言でも言われていただろう。
始めての無断欠席に気落ちしながらも、亮は目的の部屋へと向かった。人が住んでいそうもない廃墟に近い建物だが、部屋はすぐに見つかった。
一応インターホンを押してみたが鳴らず、ノックをしても返事はなかった。それもその筈だ、すでにここに住人は3日目に死亡しているからだ。
「律儀ね、行儀がいいこと。でも時間の無駄だから早く入って片付けちゃいましょう。あっそうそう、無事依頼達成できたら今日のガソリン代は紹介料とて頂くからね」
「セコイな」
「当然でしょう。もう助教時代の時みないに湯水の如く経費で落とせないのよ、これでも一応公務員なんだから、経費だと監査がうるさいのよ」
「サラリーマンも縛りがキツイご時勢だね」
「あら~空耳かしら今なにか命知らずな発言が耳に入ってきたよ。サラリーマンだなんて、普通はOLって聞こえるはずよねぇ~っ」
「うぅっ、カギは掛かってないから早く済ませるとしよう、ここにいても時間の無駄からな」
「あっれ~それ、さっきの私のセリフよ。なんでそんなに動揺してるのかしらね」
目を合わせないようにして、亮はドアノブを回すした。カギはかかってなく、そのままドアを開けると亮の顔色が一変した。
「どうしたの?」
「どうやら、先客がいたようだな」
異臭と一緒に部屋の奥で血だらけの男が1人、裸のまま椅子に縛り付けられた状態の姿が亮の視界に入っていた。後ろ手に細いワイヤーで体を絞められて肉に食い込んでいる。
確認のため手で顔を持ち上げると、ドス黒く乾いた血の跡が目と鼻にできていた。そして奇妙なことにこの男は2本の線を食わえている。
その線をたどって行くと、タイマースイッチに接続されていた。間違いなくコンセント回路を使用した電気ショックの拷問だ。
すでに拷問は終わっているらしく、タイマーの電源は抜かれていた。部屋に漂う肉の焦げたような匂いは、電気ショックで焼けた皮膚の匂いだった。
「お粗末なやり方ね、コードはむき出しだし、こんな細いワイヤーなんて使ったら痙攣で肉が切れて痛みでシック状態になっちゃうのに、こんな雑に作るなんてよほどのド素人ね」
「いいや、あえてそう言う風に見せて作ったんだよ。ほら、よく見ろよ。ワイヤーは全部主要な動脈を避けてるし、足をゴム紐で駆血してるから血圧を上げてショックを起こさないようにしてる。それにこのタイマースイッチの設定、0.05秒でブレーカが遮断されるからその対策をちゃんと考えて設定されてる。間違いなくプロの仕事だよ、それもかなり熟知している」
「それは有り難い評価ですね」
背後から発せられた声に振り返ると、そこに道士が1人立っていた。
霧島がバックに手を入れて身構えた。おそらくバックの中には小口径の銃が入っているのだろう。
「あなた何者?」
「おっと、驚かせてしまって申し訳ありません。ですがあえて名乗る必要はないと思いますので、さっそく仕事に取り掛からせていただきます」
道士の眼から殺気を感じた霧島は反射的に銃を抜き銃口を向けた。だが次の瞬間、銃が霧島の手を離れ磁石のように道士の吸い取られてしまった。
「なっ、へぇ!?」
「いけませんね、いきなり銃なんて使ってしまったら正当防衛で殺されても文句は言えませんよ」
道士は小さくほくそ笑むと、パチッンと指を鳴らす。
次の瞬間、霧島がゆっくり膝をつきそのまま前のめりに倒れてしまった。
「組織とは楽なものですね、1人を捕まえれば後は芋づる式に捕まえられる。おや? これは珍しいわたくしの術が効かない人がいたとは」
少し驚いた顔を見せる道士に対して、亮は黙ったまま相手を見つめていた。
興味深そうにしていた道士が一枚の札を出すと、それに念を込めて床に落とした。
札が落ちるとそこに大型犬くらいの獰猛な獣が姿を現した。大きく裂けた口に鋭い牙列。山伏色に体毛に覆われた体から伸びる筋肉質の四肢は神社の狛犬にも見える。
「九星式神の一つ『三碧』だ。そなたに術が効かない以上、骨の1.2本は覚悟してもらいますよ」
「待て、あんた誤解をしているぞ。俺たちは多分あんた達が捕まえようとしている者達とは無関係だ。俺たちはここに仕事にきたんだよ、まずは話を聞いてくれ。本当はここに住んでいた住人の荷物を取りに来ただけなんだ」
ここにきて亮が説明しだした。
「ほう、まさかそんな言い訳が通じると思っているのですか? それならその荷物とやらは?」
亮は倒れている霧島に向かって指を指した。この部屋に入ったら依頼主に連絡をするっと言っていたので、亮自身にはまだ何を回収するのかを知らされていなかったのだ。
「あんたが眠らせちゃったから、その荷物がどれなのか確認が出来ないんだよ」
「時間稼ぎは止めといたほうがいいですよ、その分手加減はしませんから。少しでも痛い思いをしたくないなら、もう覚悟を決めなさいね」
道士が指先を亮に向けると、それを合図に三碧が口を開け飛び掛ってきた。瞬時に身体を反転させて受け流したが、胸元のシャツが大きく裂ける。
あとコンマ何秒か遅れていたらカミソリの様な爪が、亮の胸を大きく切り裂いていただろう。
「あっぶねぇーな、おまえコレ、本気で殺す気かよ」
「ほう、三碧の攻撃をかわすとはなかなかの身体能力ですね。それとも単にマグレなのかな、どっちにしろ次で終わりますから、あぁぁ、それと安心して下さい。心臓さえ動いていれば後はこちらで何とかなりますので。さあ、次が来ますよ」
今度は道士が合図を送るまでもなく三碧が動き出した。さっきと違い、部屋の四方にランダムに移動しながら亮の追尾を鈍らせる。その俊敏な動き事態、常人では認識することはほぼ不可能だ。薄い影が部屋の中を縦横無尽に飛び回っているとしかわからない。
亮は既に目で追うのを止め、ただ一点だけに視線を向けていた。余裕の笑みを浮かべる道士のその顔に対して。
「陰陽師が人間相手に式神を使っちまっていいのかよ?」
「ご安心ください。わたくしは陰陽師ではありません。だた式神を扱えるだけの存在ですから、それにわたくしの術が効かない時点であなた、人間ではないでしょう。すごく興味深いですね、いろいろと調べてみたいです」
「男に調べられるのは好きじゃないな、それに―」
亮はとっさに右腕を振り上げると、一気に手前に打ち下ろした。
「しつけの悪いペットは嫌いだ」
低い悲鳴と一緒に三碧が床に転げ落ち微動だにしない。隙を突いてきた三碧の首元に亮の手刀打ちが決まり、首の骨が折れたのだ。その瞬間、道士の笑みが消えた。
「素手で式神を殺すとは、いやそもそも殺せたとはな」
「今のは不可抗力だ。なあ、ここは退いてはくれないか? ここでの戦闘は俺の本意ではないんだ。あんたとは戦う気もないし、理由もない。俺たちの仕事の邪魔さえしなればそれでいいから」
「式神を素手て殺す相手とは想定外だしたが、ここは退くのが妥当なんでしょう。ですが、オメオメと逃げたとあっては主様に顔向けできません。それに兄弟を殺されて黙って入れるほどわたくしは出来てはおりませんよ」
「なら殺し合いでもするのかよ、おれはそんなのしたくないし、出来ればあんたを傷つけたくない」
「随分余裕なんですね、ですがそのがいつまで続きますかね。今度は手加減は致しませんよ」
道士は服の袖を挙げ腕に彫られた梵字の刺青に指を乗せた。そして念を込め離すと乗せてた指の先に墨汁のような液体がつき、それで式神を召喚する陣を書こうとした。
道士が召喚しようとしている式神は『大釜狐』と呼ばれる荒狐だ。半透明な身体で大きさは狐程だ。体の倍近くある2本の釜のような尻尾が特徴てきで、性格は獰猛でなにより自分の間合いに入った獲物は瞬き一つで細切れにされてしまう。
第二次極東戦争中に合金の戦車でさえ切り刻んだとして、連合軍を一番苦しめた召喚獣として知られていた。兵士からは『切り裂く大嵐』と恐れられていた。
それを道士は召喚しようとしていた。
「死んでも悪く思わないでくれ、いくぞ!」
「仕方がない、それなら退かざるえなくするだけだ」
道士が陣を書き終える前に亮が懐へ入り込むと、道士の手を掴み捻り上げた。
「ダメだよ。そんなに時間を掛けてやっちゃ相手に先を読まれちまうだろう、術は発動してからその力を発揮する、それなら発動前に術を封じ込んじまえばもう終わりだろ」
「ぐっぅ、はっ、離せ!」
苦し紛れに放った言葉だったが、以外にも亮はすぐにその手を離した。道士はよろめきその場で尻餅を付く。
「どういうつもりだ?」
「それで言い訳がつくだろう。あんたの主様とやらに」
「何?」
「その手だよ」
「んっ、なっぁ」
道士が手を見て驚いた。掴まれていた手にいくら力を入れても動かす事が出来なかった。
「安心しろ、半日ほどすればちゃんと動くようになる。それでその主とやらも納得してくれるだろうよ」
「敵に情けをかけられるとは、だが残りの左手でも術は書けるぞ!」
「やめておけ、死ぬぞ」
「何?」
「よく眼を凝らしてよく見てみろ、俺の周りに何がいるのかを」
亮の言葉に道士は目を凝らしてみると、足共に何かいるのに気がついた。まさかと思いさらによく見ると、間違いなく『大釜狐』がそこにいた。
「なぜだ?」
「お前の式神を操る梵字を食っちまったからな、鎖から開放されたこの式神はどうやら俺になついたみたいた。これでもまだ俺と殺り合うつもりなのか?」
半透明に透ける『大釜狐』の体がいつでも攻撃できる態勢に入る。大きな2本の釜尻尾が鈍く輝き、今か今かと合図を待っているように見える。
道士は降参を示すように手を上げた。流石にこの状況下では分が悪い、ここは大人しく退散したほうがいいと判断したようだ。
「さすがにかなわぬな。いいだろう、ここは大人しく退くとしよう。だが、次出会った時は覚悟しておくことだな」
道士は立ち上がると動く左手で使って転移術を発動させた。道士の後ろで空間が縦一文字に裂けると、中から無数の黒い手が伸びてきて道士を中へと引き込んだ。
引き込まれると同時に裂けていた空間も元に戻っていった。
「ふぅ、面倒事が増えなくて良かった。それにしても・・・」
亮は床に倒れている霧島と縛り付けられている男を交互に見ると、大きくため息を漏らした。
男の首筋に指を当てると、かすかにだが拍動を感じた。聞きたいことがあったがまずは助ける事を優先して、体に巻きついているワイヤ―を一本一本慎重に切っていく。
男を床に寝かすと、今度は霧島を仰向けに起こした。
顔にマジックで落書きしてやろうと考えたが、自分もコイツと同じになると思ってヤメた。
「おい、起きろ!」
2、3発軽く頬を叩くと直ぐに目を覚ました。おそらく霧島にとって術士と合間見えるのははじめての経験だろう。
無理やり眠らされたためか、まだ意識がハッキリしないらしく目元を指で押さえている。
「ううん、一体なにがあったの? 頭痛い、亮くん目覚めのキスちょうだい」
「冗談言えてる時点でもう大丈夫だよ。それよりも仕事の前にコイツどうするんだ? この外人まだ生きてるけど救急車でも呼ぶか」
「任せるは、私ちょっと外出て電話してくるから」
それだけ言うと、少しおぼつかない足取りのまま霧島は外に出て行った。
部屋に2人だけ残ると、亮はこれまでの経緯の不自然さに気がついた。さっきの術士は亮たちが何かの組織の一味だと思って待ち伏せていた。しかもこの場所で、偶然にしては出来すぎている事に亮は一ノ瀬が何か大きな陰謀に関わっていたのではと考えだす。
そう考えると、下手をすれば自分だけではなく『たんぽぽ』の家族にまで影響を及ぼす恐れがあるのではないか、亮の心中に一抹の不安が過ぎった。
こんにちは、朏天仁です。今回の話はいかがでしたでしょうか? 少々話を詰め込み過ぎて展開が早くなってませんでしたか(;´Д`A
次回は少し話の視点を変えて送りたいと思います。
今回もここまで読んでくれました貴方に感謝を送りたいと思います。
m(__)mありがとうございます。




