マナの対話
亜民の自立支援を行っている上郷町には、就労支援を送る授産施設や能力開発を行う能力支援施設の他に、教育を行う学習支援施設がある。
町内では3つの学習支援施設があり、その一つである『彩の国学園』では正午のチャイムが鳴り出すと、亜民の生徒達が一斉にそれぞれの場所で昼食の準備を始めた。
階段で座ったり、好きな教室に行ったり、校庭の遊具で食べたりと皆好きな場所でお弁当を広げ始めた。
この学園は校庭や体育館の他に、勉学の場所として身体障害者、知的障害、精神及び心身障害者が通う3つの棟が別々に建っていて、それぞれの棟には『ぼたん』『ゆり』『ひまわり』と名称が付けられている。それらの3つの棟は中央の渡り廊下で繋がっているのが特長だ。
ここは一般の学校と違って年齢による学年分けはなく、個人個人の能力とレベルによってクラス分けがなされている。
この学園の生徒に、星村マナがいた。解離性人格障害を患いながらもマナは精神及び心身障害者が勉強する『ひまわり』の棟で勉強を教わっている。
今日も夏らしい日差しが照りつける校庭の端っこで、ちょうど木陰ができたベンチにマナがやってきた。
和服の袖をなびかせながら、マナがいつも昼食を食べる場所はこのベンチか、誰もいない図書準備室のどっちかと決まっていた。
「よいしょっと」
ベンチに腰を下ろすと、いつもなら残り物を詰め込んだ弁当を広げるところだが、今日のマナは袋から売店で買ったサンドイッチとティースティを出した。
「まったく、亮兄ぃのバカっ!!」
機嫌悪く小声で悪態をつくと、マナはムシャムシャと半分ヤケ食いに近い状態で、サンドイッチを口に詰め込んでいく。
せっかくの食事を味わう事なくサンドイッチを食べ終わると、最後に500mlのティーステイをカブカブとラッパ飲みする。
「ぷはぁ~、ゲホッ! ぅぅ亮兄ぃのバカっ!!」
どうしてマナの機嫌がこんなに悪いのか、その理由は昨晩に起こった出来事が原因だった。自分の目の前で葵を襲い服を脱ごがした亮の姿は、それだけのインパクトを持っていた。
込み上げてくる感情を抑えきれずに亮を袋他叩きにしてしまった事については、多少罪悪感を感じてはいたが、それでも胸の奥を燻らせる焦燥感に似た咸じがマナを苛立たせた。
「はあっ!? もう知らないんから」
脱がれた葵の身体は、絹のような艶やのいい肌にくびれた腰、無駄な脂肪がない体幹に反して、ふっくらとした形のいい胸をしていた。思わず自分の胸に手を当てて確認すると、いい知れぬ敗北感な気持ちに陥った。
「亮兄ぃのバァカっ!!」
早く昼食を済ませてしまったマナは、30分近くある昼休みをどう過ごそうかと考えはじめる。教室に戻っても何もする事はなく、図書室に行って本を読むにしては中途半端な時間だ。
仕方なく、和服の袂に入れてあるA6サイズの手帳を取り出して開いてみる。それは2つの異なる書体で書かれたマナの対話帳だ。
これはマナともう一人の人格である『蓮二』と言う男の人格と一緒に行っている、認知行動療法の一種である。
マナが『たんぽぽ』に入所してからこの認知行動療法が行われて、その結果マナと蓮二の人格交換している時間がだんだんと狭まってきた。この事から蒼崎主任はこのまま人格統合が行われると考え、対話帳を使用した認知行動療法の継続を決めた。
治療開始直後は慣れないせいもあり2~3行程の文字しか書けなかったが、今となっては1ベージを軽く超える程蓮二の人格と対話が出来るまでになった。
今では仲のいい友達とマナは思っているが、皮肉なことにこの蓮二と言う名は、マナを虐待してきた父親と同じ名前なのだ。
今日は登校前のバス亭から2時間目の授業の間まで蓮二の人格に入れ替わっていたらしく、対話帳には昨晩の事に対してのコメントが書いてあった。
『まあ、マナよ。男のおれが言うのもなんなんだが、アイツだって年頃の男なんだからさ、他の女に目移りしたってしょうがねぇと思ってよれよ。男の浮気は通過儀礼みたいなもんなんだよ。いろんな女を知って始めていい女に気づくもんだらさ、もし仮にアイツが最後他の女を選んだ時は、そん時は俺がマナに変わって殴っている、ガンガン殴ってやるから安心しろよな』
蓮二の性格がにじみ出てる乱筆の文章を読みながら、彼の気遣いに頬を緩めた。
さらに文章は続く。
『それとさ、この前計画してた例の件はもうアイツに伝えたのか? 早く伝えねぇと間に合わなくなるぜ。もし言いづらかったらさ、俺の方から言っとくけどどうだい?』
文章を読み終わり、マナははっと大事な事に気がついた。この前から亮に伝えようと思っていたことをまだ言ってなかった。
慌てて襟元から携帯を取り出し亮に電話を掛けようとした時、通話ボタンを押そうとする指が止まった。
昨晩の出来事が浮かび、マナの気持ちにブレーキが掛かる。こんな時こそ蓮二が掛けてくれたらと思ったが、それはマナのプライドが許さなかった。
頭を抱え悩んだ末結局出した答えは、帰ったら直接亮に伝えようだった。多分その頃には話しやすい状況になっているだろと、安易な希望的観測に期待していた。
「亮兄ぃ、どうしてるかな?」
急に亮の事が気になりだした。今頃は都島リハビリセンターでフルートの練習が終わった所だろうか、それとももう家に帰ってきてるのだろう、今まで胸の奥にあったモヤモヤした気持ちは消え、変わりに人恋しいような寂しさが訪れた。
「はぁっ、亮兄ぃのフルート・・・聞きたいな」
快晴の空の向こうを眺めながら、マナは一人呟いた。
こんばんは、朏天仁です。今回の話は小休憩のつもりで書きました。この話は本来考えたプロトには存在しませんでしが、最近マナの存在が薄くなっていると思い急きょ作成しました。
あまり時間がない中で作ったので皆さんに満足していただけなかったと思いますが、今回は2話連続掲載ですので、次の24話に進んで下さい。m(__)m




