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22時間前、過去からの・・・

 時計の針が7月2日午前1時14分を指した頃、ルーマニア大使館内では職員や武官達が慌ただしく動き回っていた。

 この数時間、皆一様に疲労困憊した顔のまま事態の収拾に奔走していた。何故こうなっているのか、この事態の発端は、ロメロ神父達を乗せた外交車内で、一緒に搭乗していたシスターがある事に気づいた事から始まった。

 突然シスターがロメロ神父の腕を掴むと慌てた様子で口を開いた。

「大変ですロメロ神父! 『聖アントニウスの加護』が消えました!」

「何ですと!?」

 最初は何かの間違いかと思ったロメロ神父だったが、手袋を外しそれが嘘ではない事を確信した。ロメロ神父の手背に刻まれた『聖痕』が跡形もなく消失していたからだ。

 おそらく東京圏内にかなり強力な結界が掛けられていて、連邦国内での術が発動できなったくなっているに違いない。

 ためしにその場でロメロ神父が術を発動させてみるが、何一つ変化が見られなかった。大使館に到着した神父達は、早急に事態打開のため東方シオネス十字教会に連絡を取りつつ、東京に掛けられている結界の分析を要請した。自分達が結界内にいるため、どうしても術の解析を行う事ができず、後位索術法陣サンク・チェリジェンスを敷き術情報を集約する必要があるからだ。

 本国からの通信命令書を持ちながら、ポーンは足早にロメロ神父が待つ円卓会議室へ向かっていた。

 扉の前で一度呼吸を整えてから扉を開けると、部屋の一番奥にある書斎机の椅子に1人腰掛ける神父がいた。円卓会議室は大使や他の書記官が会議するときに巨大な円卓を用いて会議を行う場であるが、普段はその円卓はしまわれていて、変わりに大使専用の書斎机が一つ置かれている。

「お待たせしました。先程本国の東方シオネス十字教会極東方面担当のジャージエル霊術士から返信が届きました。読み上げてもよろしいでしょうか?」

「前置きはいい、早くしろ!」

「ハッ! 『現在我が国の北米幻魔道師団内でも、フレデリック・J・ロメリオロ神父から報告を受けた正体不明の結界術式については確認がとれている。『法霊術式課』と『ラ・パヌゥス教団』の協力の元で解析を行っている最中である。だが、現在の所、数多の文献や古文書を探っても『聖アントニウスの加護』を無力化する術式は存在していない。一番考えられる可能性としてこの結界は近年になり何者かによって意図的に創られた可能性が高い。我々には貴殿らの行動に干渉する権限はないが、詳細が判明するまでは今後の活動は慎みむ事を推奨する。以上』っであります」

「ふんっ! はっきり現在調査中とだけ送ればいいだけだろう。長たらしい文章を送りおってからに」

 ロメロ神父は鬱積うっせきした感情を晴らすかのように、その文章に悪態をついた。本来なら3日程で終わるはずだった任務が、想定外の事態でいつ終わるとしれない状況へと変わりつつある苛立たしさに加えて、7月の日本の気候が彼のイライラ感を余計に助長させた。エアコンを付けていても日本特有のジメジメトとした湿気が身体にまとわりつき、不快気分が一向に下がる気配がない。

 ついに堪えきれずに、力強く机に拳を叩きつけた。

「ええい!! 忌々しいサル共めぇ! 下手に知恵をつけをってからに、本当にこの国のサル共どもはここまで分をわきまえることができん劣等種だったとは! 赤ザル(中国)の方がまだ扱いやすかった」

「少し落ち着いてください神父。まだそうと決まった分けではありませし、それにまだ本国かも何かしらの有益情報がくるかもしれません」

 気を落ち着かせようとしたポーンに向けて、言葉より先に机上のティーカップが顔に飛ばされた。とっさに避けると、カップは後ろの壁にぶつかって砕けた。

「黙れ! 言われんでもわかっとるわ! 問題はそんな事ではないのだ。一番問題なのは司祭枢機卿団カーディナル・プライストだ。よりにもよってこんな時に・・・」

 ロメロ神父は思案顔のまま俯くと何かブツブツと呟き始めた。

 その様子を見ているポーンには何を言ってるのか聞き取れないし、聞きたくもなかった。報告を済ませるとポケットからハンカチを取り出し、砕けたカップを広い集めだした。そのまま捨てに行こうとドアに手をかけようとした瞬間、誰かがドアをノックしてきた。

「入れ!」

 ポーンがドアを開けると、そこには一等書記官のミハイ・イオネスコが立っていた。整った顔立ちと長い金髪を後ろで縛り、ストライプ柄のグレーのスーツが彼女の細い身体のラインを強調していた。本人は知らないが、男性大使館職員の間では『ヴィーナス』とあだ名が付けられている。

「失礼します。先程ロメリオロ神父宛てに本国から書簡転送があり、お持ち致しました」

「来たか。受け取ろう」

 すぐに腰を上げ右手を差し出すと、ミハイが持ってきた一枚の白紙を受け取った。

「確かに受け取った。下がっていいぞミランダ(・・・・・・)

「ハッ!」

 ミハイは何故か神父に十字ではなく、敬礼をして会議室を出て行った。それに名前に違和感を感じたポーンはいぶかしげな顔で尋ねた。

「お知り合いですか? ミハイとは?」

「ああ、昔な・・・」

 ロメロ神父は白紙を見ながら軽く応えた。

 どうでもいい質問と思って軽くあしらわれた事に少しムッとした感じを覚えたポーンは、無言のまま一礼を済ますと部屋を出て行った。

 再び一人になると、ロメロ神父は右指で白紙を軽くなぞり出し始めた。すると青白い光が浮かび上がりやがてそれが文字へと変化しだした。これは北米幻魔道師団内で使われている伝心術の一つだ。原理は簡単だ。FAXの通信信号の変わりに、電気信号に変換した魔術を入れて送るシンプルな方法だ。

 こうする事で外部からの情報流失は不可能になる。だが、以外にも魔法と電化製品は愛称が悪く、特に高等魔法は確実に電化製品を破壊してしまう。機械が精密であればあるほど下等魔法しか受け付けないのである。その為、いくつかある下等魔法の中でこの通信機(FAX)と愛称がいいのが、この伝心術なのだ。

「やはりこうなったか、忌々しい極東のサル共が」

 書簡はジェネック枢機卿からだった。想定外の事態により今回の任務は一時休止を決定したとの内容だった。加えて今後の日本連邦内での諜報活動の足枷あしかせになる可能性が高いと考えられる、結界の調査と可能であればその破壊が記されていた。

「おのれぇ、あと一歩だったんだ。あと少しで王室に大きなカリをつくる事がでたのに、もっと深く根に食い込むことができたのに、クソがっ! 今回の任務・・・ただで終われると思うなよ。イエローモンキーどもがぁ」

 ロメロ神父は肘を立て組んだ手に額を乗せてうな垂れる。日本に来る前まではこの任務を楽しむ余裕を見せていたが、今は事態打開の思考を巡らせ暗澹あんたんとした表情になっていた。

 答えが出ないまま二時間ほど過ぎた頃、突然机上の電話が鳴り出した。

「ロメリオロだ。何のようだ」

『ロメリオロ? それが今のお前の名前か、フローレスク・ロメリオ中佐。ルーマニア王室内でなにやらきな臭い事をしてると耳にしたが、噂通り・・・まさかあの拷問狂ごうもんきょうが本当に神父になっていたとは笑止』

 電話の向こうの人物は間違いなく自分の素性を知っている事から教会関係者ではないと判断した。そんな事よりもロメロ神父は動揺していた。まさか今頃になって自分の本名を聞かされる事になるとは、この動揺を向こうに悟られまいと、一度間を空けてから口を開いた。

「その名を知っていると言うことは、貴様聖騎軍関係の者か?」

『こっちが誰なのか詮索はめようじゃないか、君をよく知る古きものとだけ教えておこう』

「ぬかせぇ! わたしの本名をしている時点でだいたい想像がつく、それよりもこんな時間にここに連絡をよこしてる事に興味が湧いた。一体何ようかな?」

『おやおや、少し動揺すると思ったがさすが元軍人で今は神父だな! それとも実は案外動揺してたりして。まあいいや、お前・・・『聖痕』が使えなくなってるだう』

「なぜそれを? 貴様一体・・・」

『おっと動揺したかな? 心配すんなって、こっちはビジネスの話をしたいだけさ』

「ビジネスだと?」

『そうさ、日本に入る前にいいものを見せて貰ったから、知ってるか今お前達を囲っている結界は、一都市レベルのようなそんな可愛いものじゃないだよ。お前はもう気が付いていると思うが、今の日本は前大戦の教訓から外来勢力、つまりお前達みたいな術士や幻獣使いに対して、いかにして国を守るかを最重要課題にしてきた』

「それで」

『それで軍は陰陽師と手を結んだ。いや、結んだというより協定を交わしたと言うべきか、もともと陰陽師達は国の祭祀を行うために残された機関だ。呪術や獣術で敵と戦う為の兵士じゃない、陰陽師と軍は決して交じり合わない水と油だ。だから軍はあくまでも防衛手段と言う名目で陰陽師達に要請したのさ』

「くどい説明はいい。本題を早く言え」

『陰陽師が作った陣、つまり結界は連邦内全ての国にある。それは連邦内を超えて、領空領海の全てを収めている。その全てを破壊するのは不可能に近い、だが1つのブロックだけなら確実に数時間だけだが機能不全にできる』

「やはりこの結界は陰陽師が創った結界だったか」

『お前が依頼主になってくれるなら一時的ではあるが、この国で術を使えるようにしてやってもいい。付け加えるなら、今お前達が探している『アレ』の居所も教えてやってもいいぞ』

「アレ? アレとは一体何のことかな?」

『とぼけるなよ! 『クルージュの奇跡』のことだよ。別名『使徒しとの導き手』ともいわれているけど、お前たちの様な欲にまみれた面の皮が厚い信者たちによって作り出された悲しいおとぎ話だな。その子に同情するよ、ただ利用するだけにしか存在が許されないんだからな』

「我々の国の問題は、我々の問題だ。関係ない者にとやかく言われる筋合いはない!」

『おいおい、お前は自分の立場がまだ理解できてないようだな。今のお前はただの人なんだよ。何の力もない、弱い一般人となんら変わりないことを理解してもらいたいな』

「貴様ぁ・・・ふっん、まあいいさ。それで術を使えるようにしてもらえる変わりに、そっちは何が望みなんだ」

『金と物さ、まず術を使えるようにするのに『ロンバルディアの聖釘せいてい』を渡してもらおう、『アレ』の居場所は日本円で五千万を現金キャッシュで用意してもらえれば教えてやるよ』

 その要求を聞いたロメロ神父は、こみ上げる怒りを抑え平静を何とか立ちながら応えてみせた。

「それくらいの金は用意できる。だが『ロンバルディアの聖釘せいてい』は無理だな。聖遺物はバチカン本国でも最重要機密で保管されている。一介の神父が簡単取り出せるモノではない、残念だが別のモノにしろ」

『クックックッ、あっははははははは』

「何がおかしい?」

『そんな事百も承知だよ。こっちが言ってるのはお前たちが今持っている『ロンバルディアの聖釘せいてい』の事だよ」

「どういう意味だ?」

『とぼけるなよ! 第二次極東戦争末期、第四次京都攻防戦の際にお前の上官だった北米幻魔道師団のアンティオキア騎士団総長が本国から強引に持ち出した『第三のロンバルディアの聖釘せいてい』があっただろう、それだよ』

「言ってる意味がわからんな、確かにそれはあったが日本の『百鬼衆ひゃっきしゅう』の戦闘で紛失したままだ。あれは唯一我々が膝をつかされた屈辱の日だった。欲しければ過去に戻るしかないな」

『ふっ、ロンバルディアの聖釘せいていを持った軍団が負けるはずないだろう。あの戦闘は最初から負けることが前提だったんだろ』

「・・・何だと?」

 ロメロ神父の顔が険しくなり、無意識に呼吸が荒くなってきた。

『はっはっは、ならこう聞こうか。当時のお前は頭の回転が速く策略と野心を巡らせていた。そこに舞い降りたチャンスがあの『ロンバルディアの聖釘せいてい』だ。お前は戦闘中まんまと『ロンバルディアの聖釘せいてい』を奪う事に成功、そのまま日本のどこかに隠したんだ』

「ふっ何を根拠に、証拠でもあるのか? 無いなら貴様の推論をこれ以上聞く気はないぞ!」

『勿論、お前が盗んだ証拠はない、だがアンティオキア騎士団総長がお前に『ロンバルディアの聖釘せいてい』を奪う事を記した命令書がある。嘘だと思ってるよな、それなら教えてやる。ロウ封の刻印は『梟《ふくろう』》で文章は全て古代ペトログラフを使用し、そのインクは『聖ヤヌアリウスの血』を使用している。これだけでも特一級の聖令書せいれいしょだ。もしこの現物をある所に渡せばお前はちょっとマズイ事になるだろうな。いいや、それだけじゃない、北米幻魔導師団の行く末に関わる問題だ。当然上は全てを否定するし、実行犯のお前は・・・言うまでもないか』

「・・・それは・・・脅しか」

『そう取ったのなら、そうだよ』

 受話器を握り締めるロメロ神父の手が震えだす。完全にこちら側の不利な状況に加え、相手の口調が妙にかんに障りだす。当時の記録は全て抹消したはずなのに何故この者が知っているのか、下手に相手の情報収集能力を侮ると手痛い結果を招くと考えた。

「わかった。たが『ロンバルディアの聖釘せいてい』は渡す事はできない、すでにアレはもう我々でも手が出せない場所に保管してある、その場所を教える事でどうだろうか」

『ふ~ん、そうくるか。いいよ。あっ、でも本当に手が出さない場所なのか確かめる必要があるね』

「わかった。では残りの金五千万は―」

『八千万だ!』

「なっ!? 何だと! 貴様さっき五千万と言っただろう」

『それは、あくまでも『ロンバルディアの聖釘せいてい』を渡してもらったらの条件だ。『ロンバルディアの聖釘せいてい』を渡せないのなら、足りない所を補う必要があるから当然金額も上がるに決まってるだろう』

「貴様ぁ!! 図に乗りをってからに!」

『嫌ならいいんだよ、そこで『クルージュの奇跡』が連中に連れ戻されるのを指を加えながら見てることだ。こっちはお前達の悔しがる顔をさかなに、美酒を飲む事にしよう。さぞ酒が進む事だろうな』

「ぐぅっ・・・わっ、わかった。八千万だな。だが現金キャッシュで用意するには時間が掛かる。一日待ってくれないか、いや、明日の午後までだ」

『賢い判断をしたね、いいよ。明日また連絡する。じゃあねぇ』

 相手が電話を切ると、ロメロ神父は力一杯乱暴に受話器を戻した。

「クソッタレめぇ!!」

 吐き捨てるように汚い言葉を出すと同時に、軽いノックが轟いた。

「失礼します。神父先程なにか大きな音がしたのですが、大丈夫ですか?」

 ドアを開けて入って来たのはロメロ神父と一緒に入国したシスターだった。直に穏やかに表情に戻ったロメロ神父は立ち上がり、シスターの元に歩み寄った。

「驚かせてしまいましたか、別にたいしたことではございません。書斎の本を落としてしまったら思いのほか大きな音が出てしまいまして、ご心配おかけして申し訳ございません」

「そうでしたか。それならよいのです」

「さあ、もう時間も時間ですしお休みなられてください。数時間後には調査が始まりますので、どうぞお部屋でゆっくりなさってください」

 シスターの肩にそっと手をかけるて、そのまま外へと一緒に出ていった。廊下の奥にいた職員と目が合うと、指でシスターを部屋まで送れと、合図を出した。

「では、わたくしはまだ調べる事がございますので、これで失礼致します」

 職員に連れられていくシスターを見送ると、部屋に戻りゆっくりとドアを閉めた。そしてさっきと同じ険しい表情になると、囁く様に独り言を呟き始めた。

「やっとここまで来たんだ。あと少し・・・あともう少しなんだ。誰にも渡さん・・・邪魔はさせん・・・誰にも・・・誰にもだ」

 ロメロ神父が囁いている間、部屋にある時計の長針がちょうど午前4時を指していた。あと30分ほどで日が昇りだす。

 ロメロ神父は、今から始まる数時間がおそらく自分にとってもとも長い時間になるろうとは、この時はまだ考えもしなかった。


 

こんにちは、朏 天仁です。

一日早い投稿です。フライング投稿! さて時間軸は戻りますが、久しぶりにロメロ神父登場です。なにやら陰謀のニオイがプンプンしますね。(p_-)亮達の知らないうちに別のストーリが展開されていくのか、どうなのかって、作者何言ってんだよマッタク・・・<`ヘ´>

第19話を読んでくれまして本当にありがとうございます。これまでの貴方様の応援を糧にこの先もストーリを進めて行きたいと思います。でわ感謝を込めてm(__)mです。

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