忍び寄るモノ
照りつける太陽の日差しがだんだんと強くなり始めた頃、都島リハビリセンター行きのバス停にあるベンチで、大きく股を開いて座る亮がいた。
マナと彩音に殺されかけた亮の顔にはその爪あとが痛々しく残っている。大きく欠伸を伸ばすと、口腔内に痛みが走り、血の味が口一杯に広がった。
「まったく、散々な目にあっちまった」
昨晩、半殺し状態のまま簀巻きにされている所に運よく蒼崎主任が帰宅。何とかその場を収めてはもらったものの、『たんぽぽ』内で亮の立場がますます悪くなった。
朝食堂に下りて皆に挨拶しても、誰一人返事を返してくれない。マナでさえ目を合わそうとしないばかりか、完全にスルーする始末だ。葵にいたっては距離を保ち、怯えて亮に近づこうともしなかった。
不可抗力でなったとはいえ、半分しかたがないと思いながら早々と朝食を済ませると、すぐに部屋に戻ってフルートと楽譜を入れた鞄を持つと『たんぽぽ』から出てきた。
バス停は『たんぽぽ』の前の通りを200メートル程進んだ、コンビにの駐車場を間借りした形で設置されていた。そのおかげでいつも通学時間帯のバス停には、学生達がたむろしていた。
亮がバス停に到着したときは既に通学時間を過ぎていて、だれもいないベンチに座る事ができた。一般的な公共施設に設置されている休憩所や、ベンチを亜民が利用する事が出来ないわけではないが、この前のバスと同じで一般の市民と一緒にベンチに座るものなら、すぐにベンチから追いやられてしまう。そも強制的に、まるで服にとまった虫を叩くかのようにして。
市民も亜民も法の下で等しく平等と決めれていても、大多数の市民の中に『対等』という考えは浅いらしい。
大抵の亜民は、市民と一緒にならないよう時間帯をズラして交通機関を利用してる。しかし、運悪く市民の中に入ってしまった場合は目立たないようにしてやり過ごそうとする。最初は気にしない亜民も、自分に向けられる周りからの行動で最後は一緒になってしまう。
亮が再び欠伸を伸ばすと、今度は軽い眠気を感じ始めた。ほとんど睡眠らしい睡眠をとれずに出てきてしまい、ベンチに座っているうちに身体が休息モードに入っていった。
「おはよう! となり座るわね」
突然声を掛けられ横を向くと、そこには一昨日合った霧島千聖がいた。今回はスーツ姿ではなく、白いシャツに茶系の九分丈スキニーストレッチパンツを履いた格好をしている。
「私服・・・はじめて見た」
「そう、感想は」
「歳を考えろ。それにその広い肩幅がすごく不自然だっ、ぐぅふぁ」
ついストレートな感想を言ってしまったため、霧島が護身用に携帯している特殊警防で躊躇なく顔を叩かれた。しかも怒っているはずなのに、何故か顔の筋肉を器用に使って笑顔を作っている。
「今度またそんな面白い冗談いったら、顔にビンタしちゃ~うぞ」
「いっ今・・・ビンタよりスゴイの・・・もらったんだけど・・・」
「君も知ってるでしょう。私の指導は最初厳しく、次は優しくよ。アメとムチの最初をムチにして調教してあげれば、アメをあげた時に効果は倍増間違いなしよ」
「それって、アメを与えるまでに相手が生きていればって事が前提でよね」
「そうよ。当たり前じゃない」
「おかしくないですか?」
「ぜーんぜん、おかしくないわよ」
霧島は細い指をクシ代わりにして髪を梳かしてみせる。
「・・・ところで、何かようですか?」
「ようがあるからわざわざココまで来てあげたのよ。ねえ、20万欲しい?」
「くれるのか?」
「もちろんよ。ただしー」
「断る!!」
「あら、まだ何も言ってないわよ」
「言わなくたってわかる。この前の話だろ、ハンターの仕事をしろって言うに決まってる。俺はそんな仕事はやらないよ」
「なにも殺しを依頼してるわけじゃないのよ」
「いやだ。殺しじゃなくてもハンターの仕事はやらないよ!」
「あらあら、子供みたいに拗ねちゃってまったく。よっぽど2年前のあの事件が尾を引いてるみたいね」
「ガキだよ、まだね」
「でも君、結構かわったわね。すごく人間らしくなったわ」
「はぁっ!? 何言うんだよ急に?」
「前の君は鋭いカミソリみないな感じだったわ。機械のように一切の迷いなく淡々と相手を切り刻む。迷いがない、そう一貫性よ。無関心なままに相手に痛みや苦しみを与えるけど、それを楽しむとは違って、それが当たり前のように思っていたわ。でも、今の君は・・・う~ん、そうねぇー簡単に言えば素直になってる。自分の感情に正直に反応してる。君を受け持ったとき正直この子は感情なんてモノを持ってないんじゃないかって思ってたけど、今は違う。君って意外と人間らしいんだなって思った」
「なっ、なに言ってんだよ。分けわかんねぇよ」
霧島の意外な言葉に、亮は照れたように頬を赤らめる。
「ところで仕事の話なんだけど」
「おい・・・まだ言うか」
「当然よ。話はまだ終わってないんだし。それに内容を知れば君にとって悪い話じゃないと思うから私がこうして来てるのよ」
「どういう意味だよ?」
「使いよ。とても簡単な使いだから」
そう言って霧島が胸ポケットから一枚のメモ紙を取り出して見せた。紙には何処かの住所とアパート名らしい名前に続けて、部屋番号が記されていた。
「ここに書いてある場所に行って、荷物を持ってきて依頼主に渡せばいいのよ。ねぇっ、簡単でしょう」
「ああ、スゲー簡単な仕事だと思うし。スゲー怪しい匂いがプンプンしてくるよ。なんか怪しすぎるからやらない。それだったらあんたが行って来ればいい事だろう」
「それが一番なんだろうけど、実はそう簡単じゃないよ。依頼主の条件が細かすぎて合うのが君ぐらいなのよ。ハンター資格を有して、未成年の男性亜民である事って言われちゃってるから、私の中で君しかいないのよ。だからお願い」
「随分と細かい条件だな。よっぽど神経質な奴なんだな」
「正直これはもう君しか適任がいないのよ、だからお願い引き受けて頂戴。ねぇ」
可愛らしく拝んで見せるが、亮の気持ちに変化はなかった。
「アラサー女がそんな可愛こぶってもて意味ないって。逆に痛々しいからヤメた方が、がっがっがっががががぁがぁがぁがぁあ!?」
「ねぇ君・・・ロシアンルーレットって知ってる?」
冷たい殺気を瞳に宿らせた霧島が、リボルバーの銃口を亮の口に押し込んで引き金を引いた。立ち昇る殺気、この女は本気で引き金を引く気だ。
「ひょっ、ひょっ、ひょっと・・・ひゃって! ひゃぅってくぅれ、ひょううだんだって、ひゃのむから、ひゃめてくひゃえ」
霧島の指が軽く引き金を引いた瞬間。どこからともなく携帯の着信音が流れ出し、霧島は我に返った。
そしてゆっくりと亮の口から銃口を抜き出すと、彼のシャツの裾で絡みついた唾液を拭き取り始める。
「携帯なってるわよ、早く出たほうがいいわ」
「おっ、俺の携帯じゃないよ。あんたの方だろう。それに、俺のシャツで拭くんじゃねぇよ」
「んっ、私じゃないわ。君の方から鳴ってるじゃない、そのズボンのポケットからよ」
言われれた通りズボンに手を当てると確かに携帯らしい硬い物の感触がある。しかし、亮の携帯は楽譜と一緒に鞄に入れてあるはずだ。
ポケットから出すと確かに携帯があったが、見覚えがない携帯だ。しかも画面上には『非通知』の文字が出ている。
嫌な予感を感じながら試しに電話に出てみると、案の定昨夜聞いた声が聞こえてきた。
『やあ、おはよう。ちゃんと生きてるようだね、昨夜は大変だったようだね、心配しちゃったよ』
「おい、元凶はテメーだろう。あんなふざけたまねして、お前どういうつもりだ」
『あれー、言ったはずだけどな。君に前任者の引き継ぎをしてもらいたいって、その為にこっちはいろいろなアプローチを掛けて親切にお願いしてるって言うのに、当の君は朝から女とラブラブチュッチュか、しかもそんな年増女なんかと』
「ああ!! ふざけんな! 誰がこんな年増女とラブラブっ、ごぶはぁがっ!?」
亮の溝内に霧島のカウンターパンチがおもいッきりめり込んだ。さすがは元副教官、人間の急所を迷わず突いてくる。さっき食べた朝食が喉元までこみ上がると、なんとかそれを飲み込んだ。
「君・・・今、絶対私の事言ったでしょ。ねえ、言ったでしょう」
「はい・・・す、スミマセン・・・口が滑りました」
『話を続けていいかなマザコン君、仕事の前に君に資料を渡したいんだけど、今この状況で君と真正面から向かい合って話しなんて出来る状況じゃないよね。だからこっちは間接的に君に接する事にするよ。取り合えずそうだなー当面はこの携帯で連絡を取る事にするから、だから無くさないでくれよ』
「何一方的に勝手な事言ってんだよ。こんな電話じゃなく、人に頼みごとをする時は直接あって頼むのが社会の常識だぜ。俺の・・・直接目の前にきやがれ!」
『それじゃ、こっちの仕事を受ける気になったって事でいいんだな』
「受けるかどうかは俺が決める! でも俺今ちょっと別の仕事を受けようと思ってるんだよね。今ちょうどその話をしていた所だったんだよ。だから内容次第によっちゃ断るかもよ」
自分の方が主導権を握っていると思っている相手に、亮は自分の立ち位置を出来るだけ優位に立つ為、あえて霧島に聞こえるように声のトーンを上げて応えてみる。
内容は知らなくても、亮の返事に霧島は頬をゆるめた。
『それなら問題ない。隣にいる霧島千聖の仕事を受けなさい』
「どういう意味だ?」
『ワタシが彼女の依頼主だからだ』
「なっ!?」
『先刻言っただろ。いろいろとアプローチをしているって。聞いてなかったのか。まあいいや、それなら早速その女から依頼を聞いて仕事に取り掛かってくれたまえ、マザコン君』
「おい、俺はマザコンじゃね! それに俺はあんたの事が気にくわねぇ。コソコソ隠れてないで堂々と出て来いよ。まさか亜民の俺がコワイわけじゃないだろう『引きこもり』くん」
少し茶化したつもりだったが、相手からの反応が返って来なかった。
「・・・おい? 聞いてるか? もしもーし」
『怖い? 君を? 笑えん冗談だな。ワタシが陰陽師に呪われ、生き恥をさらし続ける夜叉蛇を怖がる理由がどこにある?』
「おい、今度その名で俺を呼んでみろ・・・ブチ殺すぞッ!!」
亮の顔色が冷淡に変わり、声が硬くなり怒りが含んできた。駐車場で羽を休めていた鳥達が、突然現れた殺気に驚き一斉に空へと飛び去っていった。
隣にいた霧島も思わず息を呑む。
「正直、あんたの仕事受ける気なくしたぞ。残念だけど他をあたんな」
『そうか、では別のアプローチをするとしようかな、今君が座っているベンチに下に手を入れて探ってみろ。封筒があるはずだ中身を見て、まだ君がワタシの依頼を受ける気がないのなら諦めよう』
言われたとおりベンチ下を探ってみると、貼り付けられた封筒があった。手に持った感触で中に何か入っているとわかった。
テープを剥がし封を開けると、中から3枚の写真が出てきた。
「なっ、テメーェ!!」
『どうかな、綺麗に撮れてるだろう。数時間前のだが、はたして君は守り通す事ができるかな?』
写真に写っていたのはマナ、彩音、楓の寝顔の写真だった。しかもフレームいっぱいの至近距離からフラッシュをたいて撮影されている。普通なら気づくはずだし、亮自身侵入者の気配を察知できたはずだ。
この相手は間違いなく亮の急所をわかっている。もし仮にこれを断れば、亮が気づかないうちに3人を始末する自信があると言う事だ。実際、部屋に侵入を許し堂々と写真まで撮られてしまっている。
『もう一度だけ聞くぞ。こちらの仕事を受けるか? どうなんだ!』
亮は沸き起こる怒りの衝動を必死に堪え、噛み締めた口元から一筋の血が滴る。悔しそうに眉をよせる亮に選択肢はなかった。
『さあ、返事を聞かせてくれ。『白蛇の夜叉蛇』よ』
こんにちは、朏 天仁です。さて、最初に皆さんにお知らせがあります。
今回投稿した20話ですが、こちらの諸事情で内容を変更させていただきました。(話が短くてすみません)
本来載せるべき20話多分次回の21話に以降になる予定です。今回の話は自分の中では19,5話だと思っています。
次回までにちゃんと投稿したいと思います。楽しみにしてくれた読者の皆さん、すみません。
毎回更新時10人ほどの方が拝読してくれているみたいです。平日も1~2人読んでくれる人がいて、とても嬉しく励みになります。
1人でも読んでくれる読者のあたなの為に今後も連載を続けていきたいと思っていますので、今後も宜しくお願いします。
あと、最近誤字脱字が多く目立ってます。気をつけていますが、その辺はどうぞご了承くださいませ。
最後に、第20話まで応援してくださいました方々に、感謝の言葉をのべたいと思います。
ありがとうございます。m(__)m




