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私に恥をかかせたら許さないんだからね

 四歳になったある日。


「レグ、今日は首都へ行くぞ」


 朝食の席で、父がそう告げた。


「首都? 何しに行くの?」


「シリカが生まれた報告も兼ねてな。陛下に顔を見せて、それからキララの実家にも寄るつもりだ」


 なるほど。


 王様へのご挨拶と、母様の実家への里帰りか。


 母様は今日も、妹のシリカを抱きながらご機嫌だった。


「レグちゃんも今日はおめかししましょうね〜! シリカちゃんもかわいいお洋服を着て、みんなにご挨拶しまちゅよ〜!」


 こちらがおれの母、キララ・ペーパークラウン。ギャルのような母だ。


「あ〜! かわい〜! うちの子たち、世界一かわいいんじゃないかしら!」


 ……親バカっ!


 でも、裏表のない明るい人だ。


 若くて元気で、家族のことが大好きな母親。


 テンションも高い!


 そんな母様が、にこにことおれの顔を覗き込んできた。


「そうそう、レグちゃん。今日は許嫁のロゼッタ様にも会えるわよ〜!」


「……許嫁?」


 聞き慣れない言葉に、思わず首を傾げた。


「そうだ。お前の婚約者だよ」


 父が、何でもないことのように付け加える。


 ……は?


 婚約者?


 四歳のおれに?


 いやいや、ちょっと待ってくれ。


 おれ、まだ桶で水遊びをするようなお年頃なんですけど!


「キララの親戚で、この国の第七王女だ。頭がよく、しっかりしたお方らしいぞ。きっとお前とも気が合うだろう」


 父は楽しそうに笑っている。


 いや、父様。


 気が合うかどうか以前に、四歳で婚約って早くないですかね?


 ……いや、わかるよ。


 貴族の結婚には家同士の付き合いもあるし。領地とか、政治的な事情だってある。


 そういうのが大切なのは理解できる。


 でも、本人の意思は?


 おれの将来、もう決まってるの?


「大丈夫よね〜、レグちゃん?」


 母様が満面の期待に満ちた目で見つめてくる。


「ロゼッタ様も、きっとレグちゃんのことを気に入るわ!」


 いや、緊張してるわけじゃないんだが……。


「……が、頑張ります」


「うんうん! 偉いわね〜!」


 母様は満足そうに、おれの頭を撫でまわした。


 こうして、おれは人生初の婚約者に会いに行くことになった。


 ちなみに。


 ティアは同行していない。


 ……えー。寂しー。


 ……許嫁がいること、ティアも知ってるのかな。


 なんだか気まずいなあ。


 *


 馬のような生き物が引く車に揺られること、しばらく。


 平野を抜けた先に、首都の街並みが見えてきた。


 そして、王宮。


 高い天井に、磨き上げられた床。


 壁には歴代の王たちの肖像画がずらりと並んでいる。


 すげえ。


 これはもうテーマパークだ!


 もちろん、そんなことを口に出すわけにはいかない。


 父に促され、国王陛下に挨拶をする。


 緊張はしたものの、なんとか失礼のないように話せたと思う。


 四歳児にしては上出来だろう。


 そして。


 いよいよ、問題の許嫁との対面である。


「あんたが噂のレグね?」


 現れたのは、鮮やかな赤い髪をなびかせた女の子だった。


 腕を組み、堂々と胸を張っている。


 年齢は、おれより少し上だろうか。


 整った顔立ちをしているが、その表情には隠す気のない不満が浮かんでいた。


「ふーん……。神童なんて聞いてたけど、別に普通の子じゃない」


 第一声がそれか。


 なかなか強烈なお姫様だな。


 おれは気を取り直して、丁寧に頭を下げた。


「初めまして、ロゼッタ様。レグルス・ペーパークラウンと申します。どうぞ、レグとお呼びください」


「レグね。わかったわ」


 ロゼッタはおれをじっと見つめた。


「ねえ、レグ。あんたから見て、私はどう映るの?」


 ……え?


 なんだ、その質問。


 恋愛シミュレーションなら選択肢が出る場面だぞ。


 正解はどれだ?


 かわいいです?


 お美しいです?


 王女様らしく気品があります?


 いや、待て。


 目の前の彼女は、何かを試すようにおれを見ている。


 ここで適当なことを言うのは、まずい。


「そうですね。とても頭のいい方に見えます」


「……え?」


 ロゼッタが目を丸くした。


「頭? ……ふ、ふん。当然でしょ。私は王女なのだから」


「いえ、王女様だからではありません」


「へっ?」


「堂々と周りを見ていて。きっと、今何をするべきかを、自分で考えて自分で決められる頭の良い方なんだと思いました」


 おれは、素直にそう答えた。


 すると。


 ロゼッタは、ぽかんと口を開けたまま固まってしまった。


「な……! そんなことを言われたのは初めてよ……」


 小さな声で、何かをつぶやいている。


「てっきり、今日のために用意したドレスとか、髪のことを言われるんだと思って……」


 顔が少し赤くなっている。


 ……あれ?


 なんだ?


 思ったことを言っただけなのに。


 もしかして、ラッキーパンチが当たった?


 いや、待て。


 本当に喜んでいるのか、これは?


「……わかったわ、レグ!」


 ロゼッタは、ぱっと顔を上げた。


 そして、おれにびしっと指を突きつける。


「いい? 私と結婚するんだったら、相応の振る舞いをしてもらうわ! 私に恥をかかせたら、絶対に許さないんだからね!」


 さらに一歩、距離を詰めてくる。


「私はこの国の第七王女なのよ! 何かあったら、すぐに兄様や父様に言いつけてやるんだから!」


 ……なるほど。


 強い。


 とにかく強い。


 これが王女様というものか。


「えーっと……。別に、ロゼッタを軽く見ているつもりはないよ。これからよろしくね」


 おれは、握手をしようと手を差し出した。


「ふんっ! まだ気安く名前で呼ばないでよね!」


 そう言いながらも。


 ロゼッタは、きちんとおれの手を握り返してくれた。


 目は合わせてくれなかったけれど。


 その手は、思っていたよりも小さかった。


 ロゼッタ。


 それが、おれの許嫁の名前だ。


 初対面から、なかなかの迫力である。


 父は苦笑していた。


 母様は「仲良くなれてよかったわ〜!」と、ひとりで喜んでいる。


 ……いや。


 これ、仲良くなれたのか?


 先が思いやられる。


 *


 屋敷に帰る頃には、すっかり疲れ果てていた。


 国王への挨拶に、初対面の許嫁。


 四歳児には、なかなかハードな一日だったと思う。


 ……ああ。


 早く帰って、のんびりしたい。


 そう思いながら屋敷に入ると、見慣れた白い髪が迎えてくれた。


「坊ちゃん。お帰りなさいませ」


「ティアー……!」


 思わず駆け寄った。


 ティアは、おれの顔を見るなり、優しく微笑んだ。


「陛下にもご挨拶をされたのでしょう? お疲れになりましたね」


「うん……。疲れた」


「まあ。では、少し休みましょうか」


 そう言って、ティアはおれの頭をそっと撫でてくれた。


 ……ああ。


 落ち着く。


 さっきまでの緊張が、少しずつほどけていく。


「ティアー、膝枕してー」


「えっ……。ひ、膝枕ですか?」


 ティアは目を丸くした。


 そして、少し困ったように視線を泳がせる。


「もう……。坊ちゃんは甘えん坊ですね」


「だめ?」


「……だめでは、ありませんけれど」


 ティアは中庭でそっと腰を下ろし、自分の膝をぽんぽんと叩いた。


「どうぞ、こちらへ」


 おれは遠慮なく、その膝に頭を預けた。


 柔らかい。


 あたたかい。


 そして、なんだか安心する。


 さっきまでの疲れが、嘘みたいに消えていく。


 ……やっぱり、おれはティアの方がいいな。


 そんなことを考えながら、おれは目を閉じた。


 膝枕から見上げる月が、綺麗な夜だった。

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