初めまして。ティアリエルと申します
十五歳。
ホーリー歴八四九年。
今日は、おれの誕生日だ。
この世界では、十五歳で成人を迎える。
そして今日、おれは――
大好きなエルフのメイドさんと結ばれる。
隣には、いつものメイド服とは違う薄手の服に身を包んだ女性が立っていた。
銀色の長い髪。少し眠たげな、優しい瞳。
控えめで、真面目で、誰よりも優しい。
おれが世界で一番好きな女の子。
ティアリエル。
ただし。
彼女には、ひとつ大きな問題がある。
それは、おれひとりの力では、どうにもできない根深い問題だった。
――エルフだから好きなんじゃない。
メイドだから好きなんでもない。
おれは、彼女自身が好きなんだ。
だからこそ、彼女が抱えている問題から目を背けたくない。
笑わずに聞いてくれる?
…。
じゃあ、まずはおれとティアの出会いから話そう。
すべては、おれが三歳のときに始まったんだ。
*
三歳。
覚えている最初の記憶がこれ。
正直この前の記憶はあまりない。
眠いし、すぐお腹は空くし、気がつけば誰かに抱っこされている。
三歳児なんて、そんなもんか。
でもこの瞬間だけは雷に打たれたように鮮明に覚えている。
そう、おれはこの瞬間にこの世界に転生したようなものだ。
「初めまして。ティアリエルと申します。これから坊ちゃんのお世話を担当させていただきます。どうぞ、ティアとお呼びくださいませ」
ぺこり、と丁寧な所作で頭を下げる銀髪のメイドさん。
長く伸びた髪は、月明かりを溶かし込んだような銀白色。
腰どころか、お尻まで届くほどの長い髪は、絹のようにさらさらとしている。
その内側には淡い紫色が隠れていた。くるんと柔らかくカールした毛先にも、はっきりと紫色が差している。
色白で透き通るような肌に、少し垂れた淡いラベンダー色の瞳。
どこか眠たげにも見えるその瞳は、こちらを見つめるとき、不思議なほど優しい。
長く尖った耳に、黒と白を基調としたクラシカルなメイド服。
そして、ほんの少し遠慮がちな微笑み。
彼女の声は澄んでいて、聞いているだけで心が落ち着いた。
それが、ティアリエルという女の子だった。
……か、かわいい!
かわいすぎる!!
間違いない!
エルフだ!
エルフのいる世界だ!!
やったあああああ!!
おれは心の底から歓喜した。
なぜなら、おれは前世でファンタジーRPGが大好きだったからだ。
剣と魔法、エルフに獣人。
そんな世界に、ずっと憧れていた。
まるで、ゲームの中に入り込んだみたいだ!
…いや待て、ゲームの中に入ったんじゃないぞこれは。
…前世の記憶はしっかりありつつ、この小さなおれの手…。
間違いない。そうこれは異世界転生!
なるほど、召喚される系じゃなく生まれ変わり系ね!
大丈夫!
前世のおれは特別な力は何もなかったが、適応力だけは半端じゃなかった!
どんな環境でだってうまくやってみせるさ!
そして何より。
目の前には、念願のエルフの女の子がいる。
それだけでもう、大当たり確定ですよ。
*
「坊ちゃん、いきますよ〜」
ティアが空中に手をかざす。
すると、おれの頭上に空気中の水分が集まり、両手で抱えるくらいの水の球ができた。
おおおお!
これが魔法!
「ティア! 早く早く!」
「は〜い。では、落としますよ〜」
次の瞬間。
ばしゃーん!
「わー! はははー!」
大きな桶に入った全裸のおれは大はしゃぎ。
ティアは、そんなおれを見てとても嬉しそうに笑っていた。
水遊びは最高だな。
水魔法を使うティアが腕まくりをしていて、実に眩しい!
「ティア! もう一回!」
「しょうがないですねー。それではいきますよ〜」
剣と魔法とエルフの世界!
しかも、そのエルフさんが美少女ときたもんだ……
あー! もー!!!
『異世界転生最高ー!』
……。
おっと、危なく叫びそうになったけど、『異世界転生』なんて言葉は声に出さないように気をつけないと。
そういえば、初めて言葉を話せるようになったときは大変だった。
「あー? あ! しゃべれる! やった! ……え!? このことば……しじぇんと、このしぇかいのことばで、しゃべれてる! らっきー!」
うっかり前世の感覚ですらすら喋ってしまい、母親からは神童だ天才だと持ち上げられて大騒ぎになってしまった。
喋れるのが嬉しくて、つい……。
それ以来、おれはなるべく子供らしい言動を心がけている。
期待されすぎても困るし、異世界転生の説明むずいからね。
まあ、ティアと水遊びをしているときは、そんなことも忘れてしまうくらい楽しいのだけれど。
純粋に、きらきらと光る魔法が不思議で楽しかったのもある。
でも、それ以上に。
ティアが、耳の長い色素の薄い美少女が笑ってくれるのが嬉しかった。
だから、遠慮せず何度もお願いした。
「ティア! もう一回! もう一回!」
「ふふっ。坊ちゃんは、本当にお水遊びがお好きですね」
そう言って笑う彼女の顔が可愛くて仕方なかった。
*
その年、妹のシリカが生まれた。
おれの家は、貴族の屋敷というより、小さな城といったほうが近いなこれ。
それほど高くない丘の上に立つ一階建ての建物は、そこそこの立派な門と壁に囲まれ、広い中庭を備えている。
住み込みの門番やメイドがいて、商人たちが頻繁に出入りしていた。
行き交う人々の中には、トカゲのような姿をした亜人がいた!
猫の耳や尻尾を持つ獣人もいる!
エルフだけじゃない。
獣人もいる!
よくわからない種族もいる!
おれはエルフも獣人も天使も大好きなんだ!
これ、絶対に楽しい世界じゃん!
そんな我が家の中庭で、妹の誕生を祝うパーティーが開かれた。
庭にはたくさんの料理が並び、大勢の人々が談笑している。
母は生まれたばかりのシリカを抱き、幸せそうに笑っていた。
そして、人々の輪の中心に立っているのが、おれの父親。
クエストル・ペーパークラウン。
家族や使用人からはクエスと呼ばれている。
まだ若いのに、立派な人だった。
整った身なりに、穏やかな笑顔。
大勢の人と話しているのに、ひとりひとりの言葉に丁寧に耳を傾けている。
こういうのを、できた大人というのだろう。
「お、レグ。どうした?」
父が、おれに気づいて近づいてきた。
「シリカばかり注目されて、寂しいか?」
そう言って、おれの頭を優しく撫でる。
「別に。そんなんじゃないです」
「ははっ、そうか。レグ、これからはお兄ちゃんだぞ。シリカをよろしくな」
「……うん」
悪い父親ではない。
むしろ、いい父親だと思う。
ただ、おれは父に対して、どこか気後れしてしまうところがあった。
立派すぎるのだ。
前世のおれよりも年下だろうに、こんなにしっかりしている。
なんだか、少し眩しかった。
「クエス様。この度はおめでとうございます」
隣にいたティアが、父に頭を下げた。
「ああ、ありがとう、ティア。これからも、レグをよろしく頼む」
「はい。もちろんです」
ティアは、静かに微笑んだ。
その瞳には涙が浮かんでいる。
どうして泣いているんだろう。
嬉しいのかな。
それとも、何か別の理由があるのだろうか。
おれには、わからなかった。
ただ、父とティアの間には、何か特別な絆があるように思えた。
屋敷はその日、夜遅くまで賑やかだった。
おれはパーティーの途中から、ティアに抱っこしてもらって半分寝ていた。
はー、気持ちいい。
うん。
*
こうして、おれの異世界転生生活は始まった。
大好きなエルフのお姉さんがいて、魔法があって、獣人がいて。
毎日が新しい発見の連続だった。
この世界なら、きっと楽しいことがたくさん待っている。
異世界ファンタジーなら、なんか全部うまくいく。
そんな風に思っていた。
…けど、そんなことないんだ。
十五歳になった自分が、その問題に直面することになる。




