第四章から第五章
見てねー
第四章:同じ夜を見てるのに
7月。少し空気が浮き始める時期。周りの奴らは修学旅行の話でもちきりになる。
「修学旅行の班決めるぞー」
担任の声と同時に、教室が一気に騒がしくなった。
修学旅行の班は6人グループ。大体女子3男子3・・・もちろん恋人同士で同じ班になるやつ、さらには好きなやつと同じになりたがるやつがいる。つまり・・・
「夜宵、一緒に組まないか?」
雷火をも凌ぐ、クラス一のチャラ男、星宮皇士。夜宵のことをクラスで唯一呼び捨てで呼ぶ、伊織が関わりたくない人種ランキング1位の人間だ。
「えっとね・・・私は組みたい人がいるから・・・」
その言葉に、教室中が呆然とする。
「え?」
「天下の夜宵様が?組みたい人?」
夜宵は伊織のもとにどんどん近づいていく。
「伊織くん、組まない?」
「…え、俺?」
しばらく静寂が続いた後、教室中が一気に沸く。
「え!?お前、月城さんと、そ、そういう関係・・・?一番ないと思ってたわ・・・」
「なにそれ!?夜宵ちゃん、私聞いてないよ!?」
しばらく騒がしかった後、先生の注意でみんな班決めに戻っていった。
「なんで俺なの?」
「興味あるからかな〜」
そこへ雷火がすかさず入ってくる。
「お前二人でいい雰囲気になってんじゃないよ、俺に言うことはないわけ?」
「近い。うるさい。別にそんな関係じゃない。」
「お前・・・本当に青春偏差値低いよな…まあでも、お前みたいなのが月城さんとつ、付き合うなんてことはないか」
一人で納得して一人で満足した雷火であったが、当然のように、
「じゃ、俺月城さんと同じ班ってわけ!?これは人生一のチャンスでは・・・?」
「誰が雷火と同じ班にするって言ったよ。まぁ同じ班でいいけど…」
「同じ班“が”だろ?」
「…はいはい、わかった」
「よろしい」
夜宵が少し遠慮気味に話しかける。
「えっと・・・それで、私は、入って良いの?」
「…俺は良いと思う」
「俺も賛成!!!月城さんが同じ班とかテンション上がる!」
「ありがと、雷火君と、本城くん!これからよろしくね」
その夜。部屋の明かりを消し、伊織はベッドに寝転がる。スマホを開く。
『ログイン中』
数秒後、通知が震えた。
ナイト――『いおくん、修学旅行って楽しみ派?』
伊織はふっと息を吐き、「普通」と返す。
ナイト――『絶対楽しみにしてない人の反応じゃん笑』
(だって、人多いの疲れるだろ…俺は雷火が居れば十分だもん)
いおくん―『人多いし…友達がいれば十分』
ナイト――『ちょっとわかる…けど、今回は、気になってる子と同じ班で楽しみ』
(気になってるやつ居るんだ…まぁ、ネット恋愛とか興味ない感じだろうな)
ナイト――『人多いと疲れるのはわかる』
その言い方。その空気。最近ずっと感じている違和感が、また少しだけ重なる。
ナイト――『でもさ』
『夜ってちょっと修学旅行楽しくない?』
伊織は画面を見る。窓の外では、夏の夜風がカーテンを静かに揺らしている。
いおくん―『…まぁ、夜は嫌いじゃない』
ナイト――『一緒だ』
一緒。たった三文字だけの言葉なのに、心臓が少しだけうるさかった。
翌日。放課後の廊下には夕日が差し込んでいた。
伊織が階段を降りていると、下から夜宵が上がってくる。
「あ、本城くん」
「…ん、どうも」
夜宵は少しだけ笑う。
「修学旅行、よろしくね」
その言葉に、伊織は一瞬返事を詰まらせる。
そして小さく頷いた。
「まぁ、よろしく…」
すれ違う瞬間、ふわっと甘いシャンプーの香りが微かに残る。
同時に、夜宵のスマホが震えた。
夜宵が画面を見る。ほんの少しだけ、柔らかい顔で笑った。
その表情を見た瞬間。伊織のスマホも震えた。心臓が跳ねる。夜宵はまだ画面を見ている。伊織はゆっくり、スマホの画面へ視線を落とした。
ナイト――『私達ってやっぱり似てるね』
息が止まる。廊下には夕日が伸びている。
数歩先で、伊織が振り返った。
「なぁ、さっきのって誰から?」
夜宵がいたずらっぽく笑う。
「秘密、だよ」
伊織は、耳の先まで夏の夕日のせいで真っ赤だった。
第五章:ログインの先に
修学旅行当日。新幹線のホームは朝から騒がしい。
スーツケースを引く音、友達同士の笑い声、先生たちの注意の声。そんな音が飛び交う中、伊織は一人静かに少しだけ眠そうな顔で立っていた。
「おい伊織〜!」
雷火が肩を組んでくる。
「テンション高…眠くないの…?」
「当たり前だろ!修学旅行だぞ!?月城さんと同じ班だぞ!?」
「それ関係あるか?」
「関係しかないだろ!!」
相変わらず騒がしい。でも、その騒がしさが少しだけ心地よかった。
実を言うと、伊織は昨日もナイトと話していて、夜遅くまで起きていた。
ナイト――『いおくん、明日と明後日さ、私用事があるから、ログインできないかも』
いおくんー『ちょうどよかった。俺も予定があるから⋯』
ナイト――『やっぱ私たち、似てるね!』
その後雑談をした後にログアウトし、気づくと寝ていて、朝になっていたのであった。
修学旅行は意外と楽しかった。班で観光地を回り、写真を撮り、知らない場所を歩く。
雷火はずっと騒がしかったが、有名な神社のおみくじで大凶を引いたときは本気で泣いていた。皇士は相変わらず夜宵にアプローチをしまくっていて、波乱の修学旅行だったけど。
そんな中で夜宵は、なぜか時々伊織の隣にいた。
「本城くん」
「⋯ん?」
「写真撮るからこっちきて」
「…なんで俺なの?」
「同じ班だからです〜」
そう言われると断れない。カメラのシャッターが切られる。その瞬間だけ、いつもより少しだけ距離が近かった。
夜。ホテルにて。
消灯時間は過ぎている。部屋の中では、雷火たちがまだ盛り上がっていた。
伊織は静かにホテルのエントランスに座る。
窓の外には知らない街の灯り。
スマホを開く。
『ログイン中……』
数秒後、通知が震える。
ナイト――『いおくん、起きてる?』
いおくんー『起きてる』
ナイト――『予定はもう終わった?』
いおくんー『まだ。そっちは?』
ナイト――『私は半分くらい終わったかな…意外と楽しいよ』
いおくんー『…良かったじゃん』
ナイト――『今どこ?』
いおくんー『ホテルのエントランスで一人さみしく座ってる』
伊織は窓の外を見る。
数秒。返信が止まる。そして。
ナイト――『私も。』
心臓が跳ねた。
偶然、そう思おうとした。でも。
ナイト――『窓の近く』
伊織の呼吸が止まる。ゆっくりと顔を上げる。
廊下の向こう。窓際に立つ人影。
月明かりの中、見慣れた長い髪が揺れている。
月城夜宵。
夜宵もスマホを見ていた。そして。ゆっくりと顔を上げる。
目が合った。世界から音が消える。お互いに動けない。
信じられなかった。ずっと画面の向こうに居た相手。ずっと教室に居た相手。
それが同じ人間だったなんて。
夜宵の手からスマホが少し滑る。
「本城く…」
画面が光る。そこに映った名前。
「いおくん」 「ナイト」
沈黙。数秒。いや、数分だったかもしれない。
最初に口を開いたのは夜宵だった。
「……え?」
その声は、会話越しに何度も想像した声と少しだけ似ていた。
伊織も言葉が出ない。ようやく絞り出した。
「…夜宵?」
夜宵が目を丸くする。
「伊織、君…?」
その瞬間、すべてが繋がった。
夜の会話。静かな場所が好きなこと。夜ふかし。変な夢の話。同じ言葉、同じタイミング。あの違和感…
全部。全部だった。
夜宵が先に吹き出した。
「嘘でしょ…」
「…それはこっちの台詞」
「だって全然気づかなかったんだけど」
「…俺も」
「え、じゃああの時の『いお…』見てた?」
伊織は固まる。夜宵も固まる。そして。
「見てたんだ…」
「いや、見えたっていうか、」
「見てたんじゃん」
「…事故だろ」
夜宵が笑う。伊織も釣られて笑ってしまった。二人が現実で、初めて素直になれた瞬間だった。
気まずくなると思っていた。でも違った。むしろ逆だった。
今まで画面越しに話していた相手が、ちゃんとここにいる。それが妙に安心した。
しばらく二人で窓の外を眺める。
遠くの灯りが静かに揺れている。
夜宵が小さく言う。
「ねぇ」
「…ん?」
「私ね」
少しだけ照れたように笑う。
「本城くんのこと、ずっと気になってた」
伊織の心臓が跳ねる。夜宵は続ける。
「ネットのいおくんじゃなくて、学校の本城くんも。」
夜風が吹く。言葉がうまくでない。
「…俺も」
やっと言えた、一番伝えたかった言葉。でも、それだけしか言えなかった。
夜宵は少し目を見開く。
「ほんと?」
「たぶん」
「なにそれ笑」
二人で笑う。
その時。遠くから声がした。
「伊織ぃぃ!?どこ行ったぁぁ!」
雷火だった。夜宵が吹き出す。
「探されてるよ」
「うるさいからな、あいつ。」
「ふふっ」
部屋へ戻ろうとして。
夜宵が立ち止まる。振り返ると、少しいたずらっぽく笑った。
「おやすみ、いおくん」
伊織は顔をしかめる。
「学校でそれ禁止な」
「今学校じゃないもん」
そう言って走っていく。
一人で廊下を歩きながら、伊織は呟いた。
「…おやすみ、夜宵」
布団に入り、いつもみたいにスマホを開いて、スマホの画面を見る。
でも、ログインはしなかった。
だって。画面の向こうに居た君は。
ずっと、ずっと近くに居たから。
見たよね!?




