一章 第四話 あのひとの出会い
別天知とは違う図書館で彼の身には一体何が!?
朝日が差し込むのを久方ぶりに実感して起きる。
最近は、睡眠の質自体はいいが、どうしても気絶して寝ているような寝方ばかりしていたため、しっかりと寝られてはいなかった。
大学四年生での悠々自適に暮らせていたあの頃のような体だけでなく心までもがふっと起き上がるような感覚。この感覚が非常に心地良かった。
今日はあの人と会う。正直、この年になって人と会うのがここまで怖いとは。
準備はしっかりとした。身だしなみもそれ相応に整えたつもりだ。
気分がどれほど良かったとしても、懐かしいあの人にどう思われるかの不安は、どうやっても拭いきれない。
とりあえず会社で悟られたくないと作った、その場しのぎの顔をして、出社する。
出社して3秒で、渡辺に異常に気づかれ、いじられたのは語らずともだろう。
その日中からかって、周りにまで広げていくのは、正直やりすぎだとは思うが。
持ち帰り仕事をまとめ、定時になったと同時に「お疲れ様でした!」と、社内全体に伝わるように声を出し、颯爽と帰っていった。
今日は、渡辺も遠慮したのか、それとも残業していくのか、ついては来なかった。
そうして、チラシの書いてある地図を頼りに、道なりに進んでいく。
そうして10分もしないうちに、目的地に辿り着いた。
”現世会館”あの頃通っていた図書館の名前である。
外見はあの頃と変わらなかったが、周りの建物は年季を感じさせるようなものばかりで、自分が成長してしまったことを、なんとなしに感じた。
「あの頃の嫌な記憶も、楽しかった記憶も全部、全部ここに詰まってる。今まで見て見ぬふりしてきた自分には悪いけど先に進まなきゃ。」
窓口のインターフォンを軽く押し、受付のお姉さんに通してもらう。
当たり前のようなことだが、あの頃の図書カードは使えず、新しく発行することになった。
心機一転、心も切り替わったような気がする
当時は今ほどしっかりもしていなかったから、受付のお姉さんにも迷惑をかけた。
それで、あの告白の仕方をしていたというのだから、片腹痛いと言わざるを得ない。
そんなことを思っていると、後ろから声をかけられた。
「お久しぶりですね。ずいぶん顔にも皺が出てきて、渋顔イケメンって感じで、今ならワンチャンあるかもしれませんよ」
振り返るとそこにはあの頃と比べて大人びており、魅力が一層増したあの人が立っていた。
「何かお探しですか?あの頃の本はあちらに。」
そう言って、いかにも子供が読みそうな本が並べられた本棚を指さしており、思わずクスッと笑ってしまった。
「では昆虫図鑑を読ませていただきましょうかね。」
そう言って手に取った本には落書きがされ、目を凝らせばようやく説明が読めるほどで、この図書館が今もなお人気があることが見てとれた。
「どうです?あの頃の記憶と和解出来ましたか?」
そう言いながらもしたり顔で見てくる顔にどこかドキッとした。
「そうですね。あの頃の自分は若かった。無謀なことにも挑戦していく精神力は今となっては無くなってしまったのだなと少ししみじみとしてしまいました。」
「別にこんな私で良いなら付き合ってあげても良いんですよ?」
そうあの時の告白を弄る彼女の左手の薬指には、指輪が付いていた。
「いえ、私にはもうあのような愚行は出来ませんから。」
「では連絡先だけでも」
そう言って見せてきたものは、公式LINEだった。
この人は今も昔もイタズラ好きな人なのだろう。
今思えば、物語ばかり読んでいた私があのような恋愛実用書が目に入ることは仕入れや間取りを決めている図書館員に気づかないはずがなく、また恣意的にそうなってしまった可能性も否定できない。
この人はあの頃思っていたよりも面白い人だった。
そのおかげで、今自分は朝に悩んでいた不安はどこかに消え去ってしまった。
「連絡先ひとつで硬直しすぎじゃ無いですか?」
「でも、よかった。あの頃のウブな少年のままのようで。これでキザにでもなっていたらこっちが戸惑ってしまうところでしたし。」
そう言って笑う彼女はあの頃と同じように輝いて見えた。
「ではそろそろ失礼します。」
結局、その後思い出話をしているうちに夜が更けてしまった。
「私のせいで本読みをやめていたなんて、そんな勿体無いことがあったなんて」
「でも今日から私たちは同じ本好きという仲間ですからね。よろしくお願いしますよ?」
そう言って、館内に帰ろうとする背中を見て、やはり自分のあの恋は黒歴史として胸にしまい続けるべきだと確信した。
家に着き、ポカポカした気持ちのまま床についた。
「年月が経とうとも冷めない恋。なんかそんな小説ありふれすぎて今となっては飽きられているテーマだよな」
まるで今日の出来事が夢のように感じていた俺は、なんとなくうつ伏せの状態で原稿用紙に文章を書いていた。
「いつかあの人に見せることができたら良いな。」
そう思いながら描き、寝落ちした。




