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叙事詩の進行  作者: あいすに刺さる茶葉
第一章

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第16話  大喧嘩



「だから…カイン…お前が俺を」








 ―――殺してくれ




「ッ!!出来るわけねぇだろ!」


「ッ!」


 カインは激怒した。何を馬鹿な事言っているのか理解できなかったからだ。


「なぁ、探せばいつか手立てが…」


「…その手立てを見つける前に俺は人を殺めてしまう…もうこの掌をこれ以上汚したくないんだよ…」


 既にザインは100以上の人間を殺害している。もし、彼を捕らえられたとしても死刑一択だ。


「ッ…」


「な、カイン分かってくれ…頼むから」


 そんなザインの顔は涙で濡れていた。そうだ、彼だって死にたくないのだ。

 その顔を見たカインは――




「…不可能を現実にする…入団時に聞いたよな?」


「…」


「お前のあの時の覚悟はそんなもんだったのかよ?」



 1拍置いてからカインは()()()の言葉をもう一度言う




「『…自分のこの先の人生を考えてみたんだ。そしたら出来ないことは出来ないで済ませて、また別の事を始める…諦めが早くなる奴になるって思ったんだ』」


「…!!」


「『俺は、そんなつまらねぇ男になりたくないって考えた。ただそれだけだ』」


「『お前はどうだ?諦めてるのか?怖さ(それ)に打ち勝つことを』」



 そう、『少し笑いながら』聞いた。



「…諦めたくなくねぇよ…」


 それは彼の本心だった。


「俺だってまだ死にたくねぇ!お前と一緒に最下層の景色を見てぇ!」


「ッ!」


「でも駄目なんだよ…もう俺はこんな事したくねぇんだ…」


「駄目だ!」



「…分かった。じゃあ俺はお前を()()



「…は?」


 次の瞬間目の前に斧が降りかかる。

 その斧は()()()の斧だった。


「おい?!何して…」


「話してる暇なんてねぇぞ?」


 『ギィーン!』と剣と斧が交差する音が響く。

 だが、カインよりもザインの方が力が強かった。


「ガッ…!」


 ザインはそのまま力任せにカインを付近の家に吹き飛ばした。

 瓦礫が舞い、土煙が視界を遮る。カインは背中から民家の壁を突き破り、家の中にまで吹き飛ばされていた。


 肺から空気が無理やり押し出され、視界がチカチカと火花を散らす。


「カハッ……ゴホッ……!」


 喉の奥からせり上がる鉄の味を吐き捨て、カインは折れそうな体を無理やり立ち上がらせた。

 正面。崩れた壁の向こう側に、月光を背負った影が立っている。


 その手に握られているのは、禍々しいオーラを放つ斧ではない。カインがよく知る、あの日、二人で一緒に『鋼の心臓』で買った「斧」だった。


「どうしたカイン。そんなもんかよ。……不可能を可能にするんだろ? だったら、俺を止めてみろよ。できないなら、お前はここで死ぬんだ」


 ザインの声は冷たかった。だが、その声の端々は、微かに、本当に微かに震えている。


 カインは悟った。

 ザインは、オーサーに操られているのではない。

 自らの意志で、カインを本気で殺しにかかっている。


 それは慈悲だった。

 自分という「殺人鬼」を、最愛の親友の手で終わらせてくれという、狂ったような救済の願い。


「……ふざけんな。ふざけんなよ、ザイン!!」

 

 カインが吼える。

 落ちた白銀の剣(ファトゥム)を手に取り、突き進む。


「お前が死んで、誰が喜ぶんだ! 誰が笑うんだ! 最下層で、最高の景色を見ながら一緒に美味い酒を飲むんじゃなかったのかよ!!」


「……そんな日は、もう来ねぇんだよ」


 ザインの斧が、迎撃のために振り上げられる。

 

 重い。


 一撃一撃が、街の石畳を砕き、周囲の空気を震わせる。

 カインは剣を合わせるたびに、腕の骨が軋む音を聞いた。


 ザインは強い。もともと《七色のテラス》でもカインを除き、一二を争う実力者だった。

 その彼が、捨て身で、命を燃やしてかかってきているのだ。


「俺は大量殺人犯だ。殺した一人一人に家族がいて、夢があったはずだ。それを俺はこの掌で握りつぶした……! 今更、どんな顔をして夢を語れってんだ!」


「それはお前の意志じゃない! オーサーが、奴が……!」


「関係ねぇよ! 実行したのは俺だ! この腕だ! カイン、お前は優しいよ……。優しすぎる。だから、俺が教えてやる」


 ザインの斧が、カインの白剣を力任せに弾き飛ばした。

 無防備な胸元に、斧の柄が叩き込まれる。


「ガハッ……!?」


「これは『決別』だ。俺を殺せない雑魚じゃ、到底オーサーには勝てねぇ……。ここで俺を殺して、お前が正義の英雄になるんだ!!それが俺が送る最後の贈り物だ!」



 ザインは笑った。


 泣きそうな顔で、血を流しながら、親友を絶望の淵へ追い込むために、最高の笑顔を作った。

 カインは床に這いつくばりながら、ザインを見上げた。


 目の前の男は、もう「救われること」を諦めている。


 けれど―



「……贈り物、だと?」



 カインの低い声が、崩壊した家屋の中に響く。

 彼の指が、弾き飛ばされた剣の柄に、再びかかった。



「ふざけるな……。ふざけるなと言ったはずだ、ザイン」


 カインの周囲で、紅い魔力が渦を巻き始める。

 それは怒りではなく、深い、深い、静寂を伴った力。


「だから…何度言ったら…!」


「俺は欲張りなんだよ。お前も救う。オーサーもぶっ殺す。そして、お前と一緒に最下層に行く。……お前が俺に『殺してくれ』と願うなら、俺はその願いすらも、俺の目的のために利用してやる」


 カインは立ち上がる。


「ザイン。お前は俺を正義の英雄にするって言ったな。……甘いんだよ。俺はお前を生かして絶望に突き落としてやる。死んで逃げるなんて、そんな楽なこと、絶対にさせない」


「……っ、できるわけねぇだろ! 俺はもう、止まれないんだ!」


 ザインが再び斧を構える。今度は本気の、必殺の間合い。

 

「なら、その足を叩き折ってでも止めてやる…!」


「調子に乗んじゃねぇ!!」




◇◆◇




 「ガッ、ハ……ッ!!」


 カインは白銀の剣『ファトゥム』を杖代わりにし、石畳に膝を突いた。


 肺が焼ける。視界が真っ赤に染まり、心臓の鼓動が耳の奥で鐘のように鳴り響いている。崩壊した民家の瓦礫から立ち昇る煙が、月光を遮り、二人の境界を曖昧にしていた。


 目の前には、ザインが立っている。


「……どうした、カイン。立てよ。その程度か? 俺を止めるんだろ?! だったら、さっさと俺の心臓を貫いてくれよ!!」


 ザインの叫びは、獣の咆哮に近かった。



「……」


 カインは口内に溜まった血を吐き捨て、震える腕で『ファトゥム』を握り直した。


「ザイン!…お前は、俺がなりたくないと言った『つまらねぇ男』に、俺をさせるつもりか!!」


「……ああ、そうだ!! 時には諦めも必要なんだよ!!」


 ザインが突進する。


 大斧が空を切り裂き、カインの右肩を掠めた。防具が弾け飛び、肉が裂ける。


 重い。あまりにも重い、一撃一撃。それはザインがこれまで奪ってきた百以上の命の重さであり、彼が独りで背負おうとした罪の質量だった。


「100人だぞ、カイン!! この掌で、俺は100人以上の喉を潰し、心臓を叩き割った!! どんなに洗っても、血の臭いが消えねぇんだ! 」


 ファトゥムと斧が激突し、爆音と共に火花が散る。

 ザインの顔は、苦悶と涙でぐちゃぐちゃだった。


「お前は優しいよ。だから、俺に『手立てがある』なんて夢を見せる! でもな、ねぇんだよ! 壊れた器は元には戻らねぇ。俺はもう、お前と一緒に笑う資格なんてねぇんだ!! だから……殺してくれよ!! 親友(お前)に殺されるなら、俺は笑って死ねるんだ!!」


 カインの胸元に、斧の柄が叩き込まれる。

 肺が潰れそうな衝撃。


 だが、その瞬間、カインが吼えた。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」


 白銀の剣『ファトゥム』が、白く輝く。

 カインは吹き飛ばされる勢いを殺さず、逆にザインの懐へと飛び込んだ。


「 誰がそんなつまらねぇ結末を望んだんだ!! 」


「……なっ……!?」


 カインの『ファトゥム』が、ザインの防御を強引に弾き飛ばした。


「お前が一生かけて償いきれないと言うなら、俺がその『一生』を管理してやる。死んで逃げるなんて楽なこと、俺が絶対にさせない!!」


 カインの放つ魔力が、街の残骸を震わせる。


「ザイン。……俺は、お前を救うなんて綺麗なことは言わない。……地獄の果てまで一緒に引きずり回してやるよ!!」


「できんならやってみろ!」


 カインの目が深紅になる。だが、その目には確かな理性と、蒼穹の光が残っていた。



「本気で行くぞ?ザイン」


「こいよ、この屑野郎!」


 2人の殺し合い(大喧嘩)はボルテージを増していく―――




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