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受付聖女セシル 〜大聖堂がヒマなので、隣のギルドで受付嬢はじめました〜  作者: クサバノカゲ


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12【前】続 冒険者トーマス

「──おかえりなさい」


 セシルさんの優しい声が、ぬくもりと一緒に胸にじんわりしみ込んできた。

 同時に、自分がそれなりに疲れていたことを思い出す。


 五日ぶりに訪れた東ギルド。最初に覗いたとき彼女は髪をほどいていて、さらに際立つ女神様っぷりに驚いたけど、畳みかけるように知らない人たちがふっ飛んできたり襲ってきたり。

 しかも襲ってきた一人はこれまで会ったなかでも五本の指に入るくらい、強さの底が知れなかった。

 ちなみに内三人は、ここのギルドマスターと黒髪獣耳の受付嬢さん、そしてさきほど剣を交えた貴族風の男。


「ただいま、戻りました。……ええと、これを」


 ポニーテールを結び直したセシルさんの微笑むカウンターに、腰のポーチから取り出した依頼書を拡げて差し出す。


「……はい、確かに。オーク討伐、依頼主の完了サインと……報酬の追加? ええと、この額で合ってるのかしら……」


 受け取った文面を見詰めて困惑の表情を浮かべる彼女。僕はそこで思い出して、腰の後ろに結わえてきた革袋を依頼書の横に置いた。ずっしり重いその中で、じゃらりと金属音が鳴る。


「依頼主さんから、預かってきました」


 袋の口を緩め中を覗き込んだ彼女は、次に僕の顔を見て言った。


「ねえトーマスくん。良かったら、何があったか聞かせて欲しいな」

「はい。上手く話せるか、わからないけど……」


 そう前置きしつつ、五日前にここを離れてからの経緯を思い浮かべる。

 それはもう、ずっと前の出来事のようにも思えた。


 ──はじめに村を訪ねたとき、依頼主である壮年の村長(むらおさ)の顔には、明らかな失望が浮かんでいた。


 無理もない。僕の前には、中級冒険者の四人パーティが敗走したという。

 その次にやってきたのが頼りない初級冒険者の若造なら、がっかりもするだろう。しかもここ数日で、近隣の村がオークの襲撃に遭ったという。いつこの村が標的になるかわからない、その不安が苛立ちに変わるのも理解できた。

 理解はできたけど口下手な僕には気休めのセリフさえ浮かばず、最悪の空気の中で、村長の娘のサラという少女がいろいろ取りなしてくれた。


 僕より二つ年下、十六歳の彼女はとてもしっかり者だった。おかげでその日の食事と宿、それからオークが住み着いたという山小屋までの地図を準備してもらえることになった。

 王都からの移動だけで、すでに日は暮れる寸前。魔物は基本的に夜目が利くので、討伐は明日の日中にすべきだ。このへんは冒険者の常識として、駆け出しの僕でも知っている。


「ゆっくり休んでね。わたし、応援してるから」


 宿を提供してくれる老夫婦の家まで案内された別れ際。彼女は三つ編みを揺らしながら、満面の笑顔に両手の握りこぶしを添えてそう言ってくれた。なんていい子なんだ。無言でうなずくことしか出来ない自分が情けない。

 村に同世代がいなかったから……という言い訳は、彼女もまったく同じ境遇なので通じなかった。


 老夫婦はありえないくらい優しくて、だいぶ前に村を出たという一人息子の寝室を提供してくれた。

 僕の育て親である祖父母を思い出しながら、束の間の安らげる時間を過ごすことが出来た。二人のためにも、必ずオークを討伐しようと決意を新たにする。


 そうしてベッドに潜り込んだ直後のこと。家の玄関が壊れるほど激しく叩かれて、跳ね起きる。老夫婦を奥に下がらせて慎重にドアを開けると、そこには村長が座り込んでいた。


「サラが……娘が……オークに……」


 息も絶え絶えの彼の、右腕からは血がしたたり落ちている。僕を見上げる瞳の中で、激しい怒りと憎しみが燃えていた。


「おまえ冒険者なんだろ……! サラ……サラを取り返せ……でなきゃ、俺がお前を……!」


 どう答えればいいか、言葉が詰まって声にならない。手も震える。どうすればいい。

 右手を左胸に重ねる。流行り病で死にかけた子供のころ、夢の中で女神様が光の玉を埋めた胸。──そして右手の甲には、ギルドで重ねたセシルさんの手のひらの感触が微かに残る。


 うん。やれる。やってみせる。手の震えは、もう止まっていた。


「──オークは何匹? 方角は?」


 静かに問う僕の顔を見て、村長はなぜか驚いたように目を見張り、それからようやく落ち着いて話してくれた。

 オークは二匹。サラと、この村に嫁入りしたばかりの女性も一人連れ去られた。阻止しようとした彼女の旦那さんは重傷だという。僕は老夫婦に手持ちの魔法薬(ポーション)をすべて預け、そのまま件の山小屋の方に去ったというオークの後を追う。


「ゴブリンやオークのような人型の魔物は悪鬼(あっき)種と呼ばれ、創造神が人間の反面教師にすべく『人の悪しき性分を煮詰めて創った』とされています」

「解説ありがとう、ベアトリス。創造神ってほんと意地悪だよね。神話でも女神さまとしょっちゅう親子喧嘩してるし」


 先ほどまで冒険者の手当てをしていた銀髪の受付嬢さんが、左側の席に戻るなり補足してくれた。あいかわらず美人すぎて、ちょっと怖い。


「……あ! あの冒険者さんは、大丈夫ですか?」


 彼女が手当てしていた彼は、僕を助けようとして負傷した。あとでお礼を言わないと。


「アルバートさん? ええ、あの方は見た目よりだいぶ頑丈みたいです。ちょっとボーッとしてらっしゃったので、休憩所に置いてきました。そんなことより続きを! サラさんが心配です……」


 他人事とは思えないような深刻な表情で彼女は急かす。もしかしてすごく優しい人なのかも知れない。それとも何か、オークやゴブリンに嫌な思い出があるのか。

 彼ら悪鬼は弱者を虐げることを好み、人間の女子供を攫っていたぶることこそ最高の娯楽(・・)だとも言われている。


 ──左右から草木の影が黒く迫る。月の光も届かない山道を、サラのまぶしい笑顔を思い浮かべながら駆け登る。そうだ、絶対に助けなくちゃ。

 やがて前方の道の真ん中にうずくまる影が見えた。近付くと女性のすすり泣きが聞こえてくる。サラではなさそう。きっと、もう一人の女性だろう。


「大丈夫ですか?」


 駆け寄って手を伸ばした瞬間、背後で殺気が膨れ上がる。


 ──しまった、待ち伏せ!? 


 グフォウ、グフォッ


 重なる下卑た鳴き声と気配は、草木の影から四つ(・・)同時に僕に襲い掛かっていた。


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