第13話 受付姫プリシラ 後篇
「あいかわらず幸薄そうで何よりだわ」
顔に続いて、扉の隙間からするりとギルド内に全身を滑り込ませ、後ろ手に扉を閉める。
白のブラウスにスミレ色のコルセット付きフレアスカートは西ギルドの制服。違いはスカートの色だけ(東は落ち着いた紺色)と思いきや、見比べるとブラウスの袖と襟のフリル具合が強めだった。
「ええ、プリシラもあいかわらずのようね」
彼女は片手を腰に当て、細い顎をちょっと上に向け、蜂蜜色のツインテールを揺らしてカウンターまで歩み寄る。
「あの勇者サマ、ホンモノだったりしたのかしら?」
「さあ、それはわからないけど、少なくとも実力は上級冒険者クラスね。西で手放してくれたおかげで、また依頼達成率が上がりそう」
「なら良かったわ。だって東は万年人材不足でしょう? なにせ初心者向けギルドだから」
微笑みあいながら、視線をぎりぎりと絡ませる私と彼女。
同じ19歳だけれど、小柄で童顔なプリシラには美少女という形容がよく似合う。そのくせブラウスの胸はボタンが可哀想になるくらいぱつぱつで、発育が良すぎるのか、あえてワンサイズ小さいものを着ているのか、かつて本人に聞いたところ「乙女の秘密よ」とのたまっていた。
「……サキュバス……」
「え、何?」
右隣でベアトリスがぽつりと漏らした呟きに、耳ざとく反応する。
「あ、いえ、美女の姿で男性をたぶらかす“サキュバス”という魔鬼がいるのだけど、図鑑で見た挿絵があまりにもそっくりで……」
「ちょっと、誰が悪鬼種の上位存在よ!?」
「安心してベアトリス、プリシラはこれでも人間だから」
「いや待って、彼女そこは疑ってないでしょ!?」
「安心しましたわ……」
「って疑ってたの!?」
「まあまあ、ベアトリスは初対面だから仕方ないじゃない」
「初対面だからこそ失礼でしょ!?」
カウンター前で私とベアトリスに交互に詰め寄るプリシラ。忙しい人だ。
「……で? 西の看板受付嬢が、じきじきに何用だい?」
その真横でカウンターに背を預けるヨモギさんの問いに、我に返ったように頭を振って「こちらを」と封書を差し出した。
「やっぱり例の件かい。めんどうだねぇ……」
西ギルドの紋章の入ったそれを、開封して一瞥したヨモギさんは、顔をしかめながら私に手渡してくる。黒塗りの紙に見えたそれには、几帳面な文字がびっしり、みっちみちに書き込まれていた。内容は──
「ええと……“ギルド対抗戦の開催について”……?」
「こないだの会議でねえ、魔王復活に備えた実戦訓練が必要だとかなんとか、マーティンのやつが熱弁を奮ったのさ。途中でみんな面倒になって、西が主催するならいいんじゃないかってことにしたんだよ」
マーティン氏は西ギルドのマスター、つまりプリシラの上司。熱烈なラブコールで彼女を東から引き抜いたのも彼だ。何かにつけて優劣を付けたがる性分で、しかもどうやら東──というか、ヨモギさんのことをマスターとしてライバル視しているきらいがある。
「先日の東ギルドの件を鑑みて、ギルド襲撃に対する実地訓練を兼ねた形式とする? これってどういうこと……?」
文字が多すぎて頭がくらくらしてきた私は、書面を無言でベアトリスにたらい回す。受け取った彼女はしばらく静止して視線だけを動かしてから、「なるほど」と呟いてカウンターに書面を伏せる。
「期間中、各ギルドには他ギルドへの攻撃権が三回分付与され、攻撃対象を宣言した翌日に標的ギルドへの攻撃を実行。訓練の参加者は、自ギルドの専属契約冒険者か、マスターを除く守備側ギルドスタッフの中から最大で五人を選抜する──」
続けてスラスラと口にした。プリシラは目を見開いて「あれをもう把握したの?」と小声で漏らす。すごいでしょ、うちの新人。
「──対象ギルドを制圧できれば加点、された側は減点。訓練期間に獲得した合計点数で順位を決める」
つまりお互いのギルドを攻撃/守備し合うことで、先日の執行者襲撃時のような事態に備えようということか。……うーん、でもそれって。
「どう考えても、規模の小さい東が不利なのでは?」
問いかけるベアトリスに「そうかしら?」とわざとらしく首をかしげるプリシラ。
「設備の破損があれば本部が補償することになってるから、金銭的な余裕のないギルドも安心よ。それに東は、クロエちゃんがいるじゃない」
ちらりとカウンターの左側に視線を送ると、獣人族の元暗殺者は無言で二本指を立てていた。たしかにギルドスタッフとしてなら彼女が最強だろう。ただ問題は、東には専属冒険者がひとりもいないこと。
専属契約を結んだ冒険者は、そのギルドからしか依頼を受けられなくなる。引き換えに優良依頼の優先権や、仲介料の割引などのメリットがある。うちはヨモギさんの「冒険者は自由であるべし」という意向で、縛りの発生する専属契約は基本的にやってない。──ギルドの収入も減っちゃうし。
対して、王都最多の専属契約数を誇るのが西ギルドだ。
「ちなみに1位のギルドは特典として、よその専属冒険者かスタッフをひとり強制トレードできるそうです」
「はあ……まったく、めんどうな話だねえ」
深々とため息を吐くヨモギさんを横目に、一歩下がったプリシラはスミレ色のスカートを摘まんで優雅に膝折礼。
「それでは、ご健闘をお祈りいたします。ごきげんよう皆さま」
「あの! お帰りになる前に、ひとつお聞きしたいことが……」
そのままカウンターに背を向けようとした彼女を、ベアトリスが呼びとめる。
「……うん? 何かしら?」
「確かに重要な内容だけど、わざわざ看板受付嬢のプリシラさんが届ける必要があるとは思えないの。もしかして、あなたの本当の目的って……」
「あら、やましいことなんて何ひとつないけれど」
首をかしげるプリシラの紺の瞳をまっすぐ見据え、ベアトリスは言った。
「……先日の襲撃の件で、セシルのことを心配して様子を見に来たのでは?」
「はああ!? あなた、どこをどう切り取ったらそんな曲解ができるの!?」
「お二人は幼馴染と聞いています。あの件はわたくしにも責任がありますから、本当に申し訳ございません」
「ちょっ! そんな綺麗に頭下げないで、話聞いて! 私がセシルの心配なんてするわけないでしょ! ほら、あなたからも言ってやって!」
こちらに話を振ってきたプリシラの視線は、なぜかあちこち泳いでいる。
「うーん、でも逆の立場なら、私は心配するけどなあ」
「え……?」
私の言葉に、泳いだままの目を見開く。
「だって、大切な幼馴染だもの」
「なっ……!? ばっ……えっ……そっ……ちょっ……」
頬は真っ赤に染まり、泳ぎ過ぎた目がもはやグルグルと回っていた。
「……かっ、勘違いしないでっ! もし落ち込んでたりしたら、上から目線で慰めてやろうかなって、マウント取りに来ただけなんだからッ!」
入口の扉の前まで後ずさって、私をびしりと差した右手の指先が小刻みに震えている。
そんな彼女に私は、胸に浮かんだ気持ちをそのまま口にした。
「それでも、慰めようとしてくれたのは嬉しい。ありがとう、プリシラ」
彼女は何も言わずにゆっくりと右手を下ろして、後ろ手に扉を開けると、入って来た時と同じように扉の隙間からするりと出ていった。最後に一瞬だけ、「うん」と小さくうなずきながら。
──肩をすくめたヨモギさんが、対抗戦の書面を摘まんでひらひらさせながら、めんどうそうに売店の方に歩み去る。
「……プリシラさん、意外と可愛らしい方ね」
誰に言うでもなく、ベアトリスが口にした。
クロエも無言でウンウンと首を縦に振っている。
そう。大聖堂の孤児院で一緒に育った私の幼馴染はあいかわらず、ちょっと意地悪で素直じゃなくて、でもとっても可愛い女の子だった。




