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第9話:回想 sideカイ


「アンディ、あの中庭で本を読んでいる令嬢は……エリアナ嬢か?」


「えぇ、クリス・ハートレイ王太子の婚約者、エリアナ・エンフィールド公爵令嬢ですね」


「彼女は今日も、こうやって休み時間に本を読んで過ごしているのだな」



 この時、私はキアラ王国に1年間、留学生としてやってきたばかりだった。魔法学園では本名のカイル・フェザーではなく、偽名のカイ・クロフトで通し、一般生徒として過ごしていた。


 偽名で滞在していることを知っているのは、学園長や国王など、ほんの一握りの人間だけだ。皇太子だからと言って特別扱いされたくなかったし、爵位が分からない相手にどう対応をするのか、相手の本質が見えるような気がしていた。


 留学してすぐに、クラスメイト全員の名前と顔が一致していたかというと、そうでもない。でも、エリアナのことはすぐに覚えたし、こうやって姿を見つけると、つい何をしているのか気になってしまうのだった。



「この間は魔法学に関する本を読んでいたと思うが、今日は……あぁ、異国の料理の本でも読んでいるのか。ニヤニヤしながら読んでいるじゃないか。フッ 本当に面白いなぁ」


「キアラ王国は食文化が発展していませんからね。あの本は最近出版されたばかりですし、目新しいのかもしれません」


「彼女、魔法の授業の時はものすごく真剣なんだぞ? ああやって表情が崩れる隙なんて、一分たりともないんだ。それなのにこの差は何なのだろうな、ずっと見ていられるよ」



 以前、水魔法の授業でエリアナと手合わせをしたことがある。

 王太子妃教育の傍ら、魔法についても鍛錬してきたのだろう。コントロールの筋の良さからそれが感じられた。

 手合わせの後、たまたま二人で話した時に、彼女が火魔法まで扱えると聞いて驚いた。私は褒めたのだが、エリアナは控えめにこう返してきた。



「クリス様が使えるのは火魔法だけでして、私が2つ扱えたとしても褒めて下さることはないのです。なので、そう言って頂けるととても嬉しいです。ありがとうございます」



(あの王太子は何と器が小さいのだろうな……二つ目の魔法は、彼女が努力して後天的に身につけたものだろう。それを褒めもせず、才能を抑え込むようなことをして……)



 私は幼少期から水魔法が使えたが、風魔法は鍛錬の末、後天的に身につけた。もちろん、努力すれば必ず身につけられるかというとそうでもないのだが、魔法が一つでも使える者であれば体得しやすい。

 私はさらに三つ目の魔法を身につけられるよう今も努力しているし、接近戦に備えて日々、体の鍛錬も欠かさない。


 その時のことを思い出し、つい思ったことが口を滑って出てしまった。



「あぁ、エリアナ嬢が私のパートナーだったらな」


「カイ様、エリアナ様はクリス王太子の婚約者ですし、それはなかなか……」


「もちろん分かっている。私が出来るのは、今こうやって彼女を眺めるだけだ。帝国に帰ったら、散々見合い話を用意して待っているんだろうな。父上は」 



 ハァ、とため息が溢れてしまう。でも、仕方のないことだ。無理やり奪うことは彼女も喜ばないだろう。

 そう思って1年過ごしてきたのに、まさか、あの王太子が婚約破棄をするなんてーー。



「アンディ、神様は私に味方してくれたと思わないか?」


「えぇ、このようなことがあり得るのですね。この後はどうされるのですか?」



 クリス王太子の婚約破棄宣言の後、私達はエリアナがどのような行動に出るか伺っていた。どうやら、王都の外れの街・グラニットに侍女と二人で行くというのだから驚いた。



(彼女もまさかあっさり身を引くとは思わなかったな……王太子妃教育は大変だったろうに。どういう心境の変化だろう? クリス殿には既に愛想をつかせていたのか?)



 彼女にアプローチしようと、グラニットまで着いてきてしまった。

 魔法学園卒業と同時に、マリン帝国に戻らなければならないのだが……魔獣や瘴気の影響を調べると、最もらしい理由をつけて出来る限り残ることにした。

 全てはエリアナを皇太子妃に迎えるためだ。失敗は許されない……。



 グラニットに着いてからのエリアナの行動は、本当に面白かった。食堂でご飯を食べた後に、料理をするために市場に行くと言い出して。家の前に行くと良い匂いが漂っていて、堪らずドアをノックしてしまっていた。

 パンを売り始め、王太子からの突然の横やりもあったが、彼女は毅然とした態度で立ち向かっていた。


 シャワーを浴びた直後にばったり鉢合わせた時は、顔を真っ赤にしていてつい自分の腕の中に閉じ込めたくなってしまった。


 なんて可愛らしいんだろう。

 でも、抱きしめなかった自分を褒めてやりたい。



(あの時のエリアナは、本当に可愛かったな。あの日を境に、『元同級生』ではなく『男性』として意識してもらえたような気がする)



 流石に魔獣と対峙しているのを見た時は血の気が引いたが……。事前に通信用の魔道具を渡しておいて、本当に良かった。



(追放されて惨めな気持ちになるどころか、どこまでも前向きに、人生を切り開いている。危なかっしい所もあるが、彼女は何て素敵な人なんだろう)



 私は想いが募るばかりだった。



 なぜ、あんなに美味しいものを作れるんだろう? とか、

 なぜ、卒業パーティーを境に人が変わったようになったんだろう? とか、

 疑問に思うことは沢山あるが……考えても分からないことは、気にしても仕方がない。



 この先も、彼女が何の憂いもなく笑っていられるよう、私が守りたいと決意を新たにした。




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