第10話:エリアナの潜入捜査
これまで滞在していたグラニット近くの森を抜けて、草原を渡り、山の麓にあるドルフ村に向かった。
乙女ゲームのシナリオ通りであれば、最初にこの辺りで魔獣が現れるはずだ。先に村に到着していたアンディと合流し、現地の人々から情報収集した内容を教えてもらった。
「エリアナ様の予言通り、数日前から、土属性の魔獣の目撃情報があるようです」
「予言って言われると、変な感じね」
「それと、これはエリアナ様にとって幸か不幸か、何とも言いにくい情報もありまして……」
「あら、なぁに?」
少しだけ躊躇ったアンディが、話を続ける。
「この辺りを管轄している領主の館が近くにあるのですが、本日、そこに王太子殿下一行が来るようです」
「えぇっ! 本当に来るのね! ……あまり会いたくないわね」
「今回の魔獣退治のために皆さんでいらっしゃるようです。聖女マリア様とクリス王太子、騎士団長のレオナルド様、魔法使いのニール様、神官のアンジェロ様の5名と、王家の護衛騎士や侍女達の大所帯のようです」
「まぁ!」
乙女ゲームでは5人で各地を巡る旅だったが、そんなに大所帯だったのだろうか?
この時、「推しとまでは言えないけれど、強いて言うならあの人に会ってみたい」と思っていた人の名前が出て、僅かな反応を示した私をカイ様は見逃していなかった。
この件は後で問い詰められることになるのだがーー。
「ねぇ、アンディ。私良いことを思いついたのだけれど」
「はい、何でしょうか?」
「……お嬢様の考える『良いこと』は、少々怖いのですが。慣れてきている私もいます」
「フフ、ケイティったら。王家の侍女に扮して、潜り込むのはどうかしら! 向こうがどういう戦い方をするのか、聖女は本当に光魔法が扱えないのか、情報収集をするのよ」
「侍女に扮すると言うのは、誰がですか?」
「もちろん私が、よ!!」
「「「えぇ〜〜〜っ!?」」」
「何よ、そんなに驚かなくても……」
カイ様は笑いながら「またエリアナは面白いことを言い出した」と言いながら、私のアイデアに賛成してくれた。
「確かに遠目で見ているより、実際に潜り込んだ方が格段に情報収集が出来るだろうね。でも、もしバレた場合は危険だ。そうだ、ケイティも一緒に王家の侍女として行けるかい?」
「わ、私もですか……!? もちろんお嬢様を一人では行かせませんが、王家の侍女ほど出来るか不安ですね……」
「ケイティなら大丈夫よ! 公爵家一の仕事のできる侍女だもの!」
「そう言って頂けるなら……」
こうして、私とケイティは王家一行の侍女として潜り込むことにした。その間、カイ様とアンディは魔獣に関する情報収集を進めるらしい。
今回の魔獣退治行きは突然のことだったらしく、王家も人数を充分に用意できなかったとかで、私たち二人はすんなり潜り込むことができた。何とか理由をつけて、一日限りの侍女として働くことになった。
***
私とケイティは、侍女長の指示のもと、雑用もテキパキとこなした。ケイティが私に耳打ちしてくる。
「お嬢様、貴族令嬢とは思えないくらい無駄のない素晴らしい動きです。掃除洗濯をやっていた成果でしょうか」
「ありがとう、ケイティ。でも、ここではお嬢様ではなくて、オフィーリアと呼んでちょうだい」
「はい、オフィーリア」
「そういえば、ケイティは名前を変えなくて良かったの? あと、クリス様があなたを見たら気づくんじゃないかしら。公爵家でお会いしたことあるでしょう?」
「何度かお見かけしたことはありますが……あのクリス様が私のことを覚えていると思いますか?」
「うーん、それは確かに怪しいわね」
王太子の周りには沢山の侍従・侍女や護衛騎士がいるし、一介の、しかも公爵家の侍女まで覚えるのは流石に難しい気がする。
少しでも変装しておけば、クリス様対策は大丈夫な気がしてきた。
こうして二人で雑用をこなしていたが、そこで侍女長に声をかけられた。
「オフィーリア、ケイティ、王太子殿下への配膳を手伝ってちょうだい」
「「はい、かしこまりました」」
「……ケイティ、王太子一団に近づくチャンスね!」
「はい、それにしてもオフィーリア、とても楽しそうですね」
「潜入捜査だもの、わくわくしちゃうわ!」
「……くれぐれもバレないよう、気をつけて参りましょう」
クリス様達の食事を配膳するため、カートを押しながら歩いていく。蓋があって食事の中身は見えないが、良い匂いが漂っていた。
「あぁ、ケイティ。やっぱり王家の人々はとても美味しいものを食べているのね! 国民とは大違いだわ。何が入っているか、とても気になるわね」
「オフィーリア、開けてはいけませんよ」
「大丈夫、今は開けないわ。後でこっそり見るんだから」
二人でテキパキと配膳していくと、王太子一団は今後の作戦について話している最中だった。
「ニール、今回はお前の風魔法でいけそうか?」
「はい、魔石も魔道具も用意してありますし、大丈夫かと思います」
「そうか、なら安心だな。マリアは……早く、本来の力を発揮できると良いのだが」
「クリス様、申し訳ございません……」
聖女マリア様が謝ってから、シーンと静かになる。魔法使いのニール様は「はぁ」と小さくため息をついた。
「私が基本属性の魔法を全て使えるから何とかなっていますが……本来は聖女様お得意の光魔法で鎮めていただきたいですね」
「ニール、そのような言い方はするものでない」
ニール様がクリス様に諌められているが、騎士団長のレオナルド様や神官のアンジェロ様も浮かない顔をしている。
(ゲームのシナリオだと、この時既に聖女マリアに対する好感度が全員高いはずなのに……。クリス様以外は誰一人、マリア様と関係を深められていない? やっぱり、光魔法が使えないことが原因なのかしら……)
あれこれ考えていると、隣にいたケイティから肘で小突かれた。そうだ、私は今王家の侍女として雇われているんだったわ。
それぞれの前に食事を出す。蓋を開けると、この村で収穫した卵、肉、野菜類をふんだんに使った料理が現れた。特に、卵をたっぷり使ったオムレツや牛肉のコンフィはとても美味しそうだった。
(コンフィなんて時間のかかる低温調理、魔道具でも使ったのかしら? やっぱり一般市民が食べていないようなものを、普段から食べているのね……!)
先ほどまで聖女マリア様と男性陣の関係が気になっていたのに、今では料理のことが頭の大半を占めている。
しかし、突然クリス様に声をかけられて、無理やり意識が戻された。
「お前達は……以前から王家の侍女として働いていた者か? 見たことがない顔だな」
(ぎくぅっ!)
飛び上がりそうになるが、そこは王太子妃教育の賜物だろうか。顔には一切出さずに答えた。
「いえ、今回臨時で採用されました。私はオフィーリアと申します、王太子殿下」
「そうか。オフィーリア、お前はマリアと歳が近そうだな。この後彼女の話し相手になってくれないか? まだこの国に来て日も浅く、知り合いもいない」
「わっ、私が、ですか?」
「不満か?」
「いえ、滅相もございません。私で宜しければ、喜んで」
笑顔が引き攣りそうになるが、王太子の命令を断るなんてもっての外だ。潜入捜査と言って意気込んできたが、まさかここまで接触できるとは思いも寄らなかった。
果たして、エリアナだとバレずに会話できるだろうか……。ケイティも不安そうな顔でこちらを見ていた。
その後、指定された部屋に向かうと、聖女マリア様が待っていた。
「マリア様、初めまして。侍女のオフィーリアと申します。王太子殿下の命により、参りました」
「オフィーリアさん、こんにちは!マリアです。あのぉ、年も近いのでそんなにかしこまらなくても……」
「失礼いたしました、あ、いえ、ごめんなさい。聖女様ということもあり、つい」
「そうですよね……」
マリア様は憂いを帯びた表情で、視線を下げた。彼女は彼女で、苦労が多いのかもしれない。
「失礼ですが、マリア様はおいくつなのでしょうか?」
「私は17歳の高校2年生です。あ、この世界には高校なんてないんだった……。オフィーリアさんは何歳ですか?」
「私は18歳です」
「そうなんですね、でも、もう侍女として働いていてすごいですね」
「マリア様の方が素晴らしいですよ。この国唯一の存在なのですから」
私は出会って早々、一気に踏み込んだ会話に出た。『この国唯一の存在』と言われて、どのような反応をするのか気になったからだ。
「それが……ここだけの話ですが、私、光魔法が使えないんです。もしかしたら『無属性』なのかもしれません」
「まぁ……」
「本当はクリス様に『誰にも言うな』と言われていたのですが、私、もう辛くて……。ある日突然この世界に飛ばされて、知っている人は誰もいないし、家族にももう会えないし……。でも、クリス様の手を手放したら私は生きていけなくて……うぅっ」
「そうだったのですね」
泣き始めたマリア様の背中をさする。やはり、彼女はこの世界では孤独で、何とか生きていくために必死だったんだ。歳の近い女性につい、弱音も吐きたくなってしまったのだろう。それにしても、無属性とは……。
(無属性となったら、クリス様以外の男性陣の態度も頷けるかもしれない。聖女として召喚したはずなのに、光魔法はおろか、何一つ魔法が使えないということなのだから……。それにしても、『マリア』という名前だけで召喚してしまったのだろうか?)
「マリア様、ご家族に会えないのは辛いですね。私も家族とは今離れて暮らしていますが、たまに顔を思い出すと、ふと寂しい気持ちに襲われることがあります」
「オフィーリアさんも?」
「えぇ。ですので、マリア様の悲しい気持ちは計り知れないのだと思います。元の世界に帰る方法は無いのでしょうか?」
「帰る方法は無いのかもしれません……他の国では聖女様がその後もずっと、その国に残っていると聞きました」
「でも、マリア様は聖女の力がまだ発揮されていない、ということですよね。こんなことは軽率に言ってはいけないと思いますが……もしかしたら、帰れるかもしれませんよ?」
「えっ……確かに、聖女じゃなければ帰れますかね……? その発想はなかったです……」
聖女でないのなら、この国が彼女を無理に留まらせる理由もない。召喚させる方法があるのなら、帰る方法も実はあるのではないだろうか?
「魔獣騒動が落ち着いたら、クリス様か魔法使いのニール様に相談されても良いかもしれませんね」
「オフィーリアさん……ありがとうございます!! 私、希望を捨てずにもう少し頑張ります!
それに、ここは私が元いた世界でプレイしていた乙女ゲームの舞台なので、本当はとても楽しいんですよね。聖女ではなく、遠目にキャラを見るくらいの存在だったら良かったのですが……」
(まぁ! マリア様もゲーム『聖女マリアと魔法の国』をプレイされていたとは……! 本当は色々と語りたいところだけど、ここはグッと我慢ね)
「マリア様が心穏やかに過ごせる日が来ることを、願っております」
「ありがとう、オフィーリアさん。あの、良かったら友達になってくれないですか?」
「友達、ですか? 私は日雇いの侍女ですが……」
「はい、また会えた時にはこうやってお話しできたら嬉しいです!」
ニコリと微笑むマリア様。その笑顔を見ると、まだあどけない高校2年生だということを再認識する。
「えぇ、またお会いできる日を楽しみにしておりますわ」
こうして、一日限定の王家侍女としての潜入捜査は幕を閉じた。
次の日、私とケイティは、カイ様、アンディと合流して作戦会議を行うーー。
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