第18話:魔獣の王・サタンとの戦い
重い扉をぐっと押すと、そこには薄暗い洞窟のような空間が広がっていた。先ほどいた場所よりはとても広い。中央に大きな木が植えられており、葉は一枚も付いていない。干からびているように見えるが、木の幹がかなり太く、何十年、何百年とそこにあるようだ。
太い枝部分に腰掛けるように座っているのは、真っ黒な翼が生えた男性だった。見た目は20代後半くらいに見えるが、あれが魔獣の王なのだろう。
「ようこそ、魔窟の最深部へ! いやぁ〜人間が来たのなんて初めてだなぁ、すごく嬉しいよ!」
「お前が魔獣の王か?」
クリス様の問いに、魔獣の王はニコニコしながら答えた。
「あぁ、そうだよ。僕はサタン。君はこの国の王太子だね。なるほどな〜」
そう言いながらクリス様のことを、上から下まで舐め回すように見ている。
「君は、なぜこの国で今、瘴気や魔獣の影響が拡大しているか分かる?」
「それは……前聖女が亡くなって暫く経ち、聖女が不在で浄化できないからだろう」
「うーん、それは半分正解で、半分不正解かな。ま、君のような王族や貴族では、分からないよなぁ。だからこうなっている訳だし」
「どういう意味だ?」
魔獣の王・サタンの発言は雲を掴むようで核心が掴めず、クリス様は少し苛立っていた。
「下位の魔獣は、その辺の野菜とか植物を食べるんだけど。僕みたいに高位の魔獣ともなると、人間の負の感情を栄養にすることができるんだよね。例えば怒り、憎しみ、妬み、嫉妬……そういうものが大好物なんだ。特に今は政治も貴族社会も腐敗している。
そこには負の感情が沢山渦巻いているから、たまに吸い取っては下位の魔獣達にも栄養を分け与えているんだ〜♪」
「な、なんだと……?腐敗している?」
「ほら、国民が美味しいものを食べられないのも一つの例だよ。貴族が魔道具や魔石を独占した結果、貴族の間では食文化が発展したかもしれないけど、それを遠目に見ている一般市民は不満が溜まっていく。ま、僕は大好きな負の感情を得られるから、何も損してないんだけどね!」
クリス様は何も言い返せないのか、拳を強く握りしめてサタンを見据えている。
「まさに、そこにいる女の子の感情とか、最高だね〜! 本人は全く気付いていないみたいだけど」
「え、私!?」
「違うよーそっちの子!」
サタンが指差す方を見ると、そこにはマリア様が立っていた。本人もまさか自分に話が振られると思っていなかったようで、目を見開いて固まっている。
「ハハ、ちょっと小腹が空いてたし、早速その感情を栄養にしようかな! いただきまーす♪」
サタンが人差し指をくるっと回すと、マリア様から黒いもやのようなものが抜けていき、その場でパタンと倒れてしまった。
「マリア!」
「マリア様!?」
クリス様と私が駆け寄るが、呼吸はしている。意識を失っているだけのようだ。あれだけ前向きに、この世界で頑張ると言っていたマリア様がどうして……。
「君、彼女が何に負の感情を抱いていたか気になる?」
「……えぇ、気になるわ」
「まぁ、彼女はこの世界に突然転移させられて、聖女としての力もなくて、周りから必要とされていないのが辛かったみたいだね〜。でも、君は周りから愛されているだろう? その姿を見て心の奥底では、妬みと嫉妬のオンパレード! アハハッ 君、気付いてなかった?」
「そんな……」
まさかの指摘に言葉を失ってしまう。
私はマリア様のことを分かったような気でいて、何も分かっていなかったんだ。彼女の抱える、計り知れないほど重い心の鉛を……。
その時、カイ様の言葉が私の思考を遮った。
「エリアナ、重く受け止めるな。その悲しい感情も奴の餌になる」
「おー君のような賢い人間もいるんだね。珍しいな〜! さて、せっかくお腹も満たされたし、君たちのお相手をしてあげた方が良いかな?」
「あぁ、望む所だ!!」
「威勢の良い王太子殿、君は本当に僕に勝てるのかなぁ?」
サタンがそう言った途端、彼の指先から沢山の稲妻が私たちに目掛けて飛んできた。
魔法使いのニール様が「土魔法!!」と叫び、ニール様とケイティが急いで魔法を放つ。土壁のような物が現れて、私たちを稲妻から守ってくれた。
「ハハ、魔法使い君、良いね〜! もっと僕を楽しませてくれる?」
次は一面の炎に囲まれてしまった。ニール様が「水魔法!」と叫んだのを合図に、ニール様とカイ様、私の三人で水魔法を放つ。ニール様は立て続けに魔力を放出し、少し息を切らしていた。
「アンジェロ様、ニール様に治癒魔法を!」
「あぁ、アンジェロ殿ありがとう、でも奴の動きが速すぎて回復が追いつかなさそうだ」
そうこうしているうちに、土でできた巨人のような物体が何体もこちらに向かって歩いてきた。ニール様が「水魔法!」と叫んだのに対し、なぜかクリス様が強烈な火魔法で丸焦げにしてしまった。
「殿下! なぜ勝手なことを!?」
「その方が早いと思ったからだ! ニール達の体力が切れてしまうのは困る!!」
言っていることは尤もかもしれないが、チームワークが大事な場面で勝手な行動をしてしまうクリス様に影響を受け、皆の足並みがズレていくような感覚に陥った。
この時を境に、次々と技を繰り出すサタンに対して、集中力が切れた私達は技が的確に当たらない。ジリジリとした展開だった。
「あぁ〜すっごく楽しいな〜! みんなとっても強いんだね! でも、ここからが本番だよ♪」
何事か、とサタンを見ていると、徐々に瘴気が濃くなっていることに気がついた。これは恐らく……
「そう、この国では僕しか使えない、闇魔法だよ〜! 僕はこうやって徐々に追い詰めていくのが大好きなんだ」
ニヤリと笑いながら黒い靄が辺りに立ち込めていく。既に体力を消耗している私達は、この瘴気でさらに体の動きが鈍くなっていった。アンジェロ様が頑張って治癒魔法をかけ続けるが、最初にケイティが座り込んでしまった。
「ケイティ!? しっかりして! 意識だけは保つのよ!!」
「お嬢様……」
私の側で守るように立つカイ様も、苦しそうな顔をしている。私も意識が持っていかれそうだが、なんとか踏みとどまった。
(あぁ、どうして私はいつも何もできないの……料理だけじゃなくて光魔法が使えたら良いのに。みんなを、守りたい……!!)
自分に出来ることは少ないと、これまで何度も思ってきた。でも、それで全てを投げ出してしまってはお終いだ。
もう全てが乙女ゲームのシナリオからかけ離れているけれど、ここで諦めてしまってはダメなんだ。
自分を奮い立たせて立ち上がる。サタンに対して得意な水魔法を当てようと、手をかざした時だった。
過去に魔力を放出した時と同じように、手からキラキラと光の粉が溢れ出していた。
「あぁ、君だったのか。本当の敵は」
「え……?」
どういう意味かと考えている瞬間、真っ黒な光線が私目掛けて飛んでくる。今まで見たことがないような、恐ろしい威力と鋭さを伴って。
(あぁ、もうダメかもしれない)
そう思ってぎゅっと目を閉じる。その直後に体がバンッ!! と飛んでいったーー。
ふと目を開けると、先ほど私が立っていた場所にカイ様が倒れていた。
「カイ様!!!!!!」
私がサタンの攻撃を受ける直前、体を突き飛ばしたのはカイ様だったのだ。そして横たわる彼はサタンの攻撃の全てを受け止めて、身体中が血まみれで、至る所に真っ黒なあざのような痕が付いてた。
「カイ様!カイ様……!! なんで、こんなこと……」
意識を失っているカイ様から答えはない。このままでは死に絶えてしまいそうなくらい、息が細くなっていた。
「エリアナ様、カイ殿はかなり危険な状態です! 私の治癒魔法で延命しますが……闇魔法に効くのは光魔法だけなので、この延命もあと何分持つか……」
アンジェロ様が全ての力を出し尽くす勢いで、治癒魔法を放出していく。
額には汗をかいていて、とにかく予断を許さない状況であることは誰の目から見ても分かった。
「くそっ!!! 私という護衛騎士がいながら!」
カイ様の護衛騎士・アンディが、これまでに見たことのない威力の雷魔法を落としていく。彼も、全ての魔力を投げ打つ勢いだ。それに対してサタンは「フンッ」と鼻を鳴らして真っ黒な光線で返していく。アンディの雷魔法がこちらに跳ね返ってきた。
「きゃあっ!!」
「アンディ殿! 気持ちは分かるが、落ち着いてくれ!!」
「私はカイ様のために死んでも良いと思ってるんです! !だからっ……全力で行きます!」
濃い瘴気が立ち込める中、それぞれが得意な攻撃魔法を次々とサタンに当てていく。カイ様の顔がみるみる色を失っていくのに対し、私は目の前が真っ黒に塗り潰されるようだった。ぼろぼろと、いつの間にか涙が溢れていく。
(カイ様……カイ様……やっと想いが通じ合ったのに、今生の別れなんて嫌です……お願い、神様、私の命に替えても……どうかカイ様を助けて……)
私の全てを投げ打っても良い。そう思えたのは、前世と今世を通してもカイ様だけ。
カイ様がいない世界は、光を失うのと同じなのだから。
そう祈りを捧げた瞬間、ピカッと白い光が私の体の中心から溢れ出したーー。
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