第11話:魔獣退治と混浴事件
潜入捜査を終えた次の日、私とケイティはカイ様達の泊まっている宿に合流した。二人は少し山を登った所にある、温泉宿を拠点としていたらしい。どうやらこの近くで、魔獣の目撃情報があったそうだ。
「温泉宿に宿泊している人、ほとんどいらっしゃらないですね……」
「あぁ、いつもは人で賑わっているらしいんだが、最近この辺りで魔獣が出たこともあってパッタリ人が来なくなったそうだ」
「それは宿屋の主人も大変ですね……。でも、営業停止にはしなかったのですね?」
「本来ならちょうど観光シーズンらしく、冬への蓄えを考えて少しでも多く稼ぎたいそうだ」
「なるほど」
宿泊客が私たちしかいないので、あまり周りを気にせず話すことができる。私は三人に、聖女マリア様と二人きりで話したことも共有した。
「無属性か……それは気の毒だな。その聖女も周りの人間も」
「えぇ。彼女も突然異世界から転移させられて、可哀想だなと思ってしまいました」
「お嬢様、王太子殿下達の食事の席で、ニール様が今回魔獣退治されると話しておりましたよね」
「えぇ」
「ニール様というのは、あの魔法使いの?」
「はい、魔法の基本属性は全て扱える、あのニール様ですわ」
そんな話をしている時に突然、宿屋の主人が大声を上げた。
「皆さん!! あの魔獣が近くに現れたようです!! ここから急いで逃げてください!!」
「えっ!? もう!?」
「お、お出ましかな? 今回は私の得意な風魔法で対応しよう。みんな、行くぞ!」
「「「はい!!」」」
まさかこんなに早く現れるとは思わなかったけれど、夜の暗い中での戦いではなく安心した。『逃げろ』と言われたが、私達は反対に魔獣のいる方向に向かって走っていく。
「ご主人や働いている皆さんは急いで逃げてください!!」
「えっ お嬢ちゃん達は!?!」
「私達は、魔獣を退治してきます!!!」
「えぇぇぇぇ!?! 無理はするなよ!? 俺たちはドルフ村に滞在している聖女様達に助けをお願いしてくるからっ!」
「はい! 行ってきます!!」
こうして向かった先には、大きな土の塊となった魔獣がそびえ立っていた。
前回の魔獣はキツネのようで少し可愛げがあったけれど、特にそういった感じでもない。同じく額あたりに魔石が埋め込まれていた。
(これじゃ魔獣と言うより、魔物って言う方が正しいのかしら?)
敵をまじまじと観察してしまう。そして私は、カイ様に声をかけた。
「カイ様、いけそうでしょうか? 私達も援護します!!」
「いや、私に任せてくれ! それにしても奴はデカいな……こんなに巨大化するものなのか」
「大丈夫ですか?」
「あぁ、倒し甲斐があるというものだ……!」
カイ様の凛々しい横顔を見て、つい『かっこいい……』と思ってしまった。いや、これは10人女性がいたら、全員が満場一致でかっこいいと思ったはず。
「一度、風魔法を当ててみよう。みんな、後ろに下がっていてくれ!」
そう言われて後方に下がると、カイ様が魔力を集めるような姿勢を取り始めた。そして、高速の風魔法をビュンビュンと何度も魔獣に叩きつける。
しかし、相手の体があまりにも大きいからか、なかなか微動だにしない。
「やはりダメか。エリアナ! 申し訳ないが、君にも協力してもらいたい!!」
「えぇ! もちろんです! カイ様、どのような作戦でしょうか!?」
「君と私の水魔法であいつの体をドロドロにして、溶けた所を君の火魔法で砂状にする! その後は固まる前に、一気に私の風魔法で飛ばすんだ! あとケイティ、君の土魔法で、瞬時に土が固まるのを阻害できるか?」
「はい! お任せください!!」
ここからはカイ様の作戦で、三人の連携プレーで戦うことになった。
アンディは雷魔法の使い手なので、土属性の魔獣とは相性が悪い。必要となれば接近戦で戦えるよう、剣を構えていた。
「よしっ!ではいくぞ、まずは水魔法!!」
「はい!!」
私は集中して水魔法を放出するイメージをする、カイ様と息を合わせるように、魔獣に向けて一気に放出した。
「グァァァァァァァッッ!!」
土の塊だった魔獣が一気にドロドロに溶けていく。それだけでは敵の体を飛ばせないので、次は私の火魔法の出番だ。
後天的に身につけたのでまだコントロールに自信はないが、自分の中の別の引き出しを開けるようなイメージをする。燃え盛る炎をイメージ出来たら、次は火魔法を一気に放出した。
ドロドロになった泥が、サラサラの砂状に変化していく。まだ体を繋ぎ合わせようともがく魔獣に対し、ケイティの土魔法でなんとか押さえつけた。
ここからは、カイ様の風魔法で一気に畳み掛けていく……!
「カイ様!!」
「あぁ、任せてくれ!」
再度、高速の風魔法を魔獣に叩きつける。私達も立っているのがやっとで、周りの木々の葉がどんどん飛ばされていった。
そして、魔獣は断末魔の叫びを上げながら、辺りに消えていった。先ほどまで魔獣がいた場所には、額に載っていた魔石がポトンと落ちている。
「カイ様! 凄い威力でした!!」
「あぁ、でも事前に調査していた魔獣より、一回り小さいような気がするな……」
「えっ!?! あれでもですか? かなり大きかったと思うのですが」
「今倒した魔獣もかなり大きかったが……アンディはどう思う?」
「確かに、事前に聞いていた目撃情報とは少し異なる気がしています」
「そんな……」
せっかく倒したと思っていたのに、まだ気が抜けないなんて……。次こそは魔法使いのニール様が倒してくれないだろうか、なんて思ってしまった。
「ひとまず、一旦温泉宿に戻ろうか。あ、特に二人は王太子達がくる前に戻って、隠れた方が良い。鉢合わせてしまったら気まずいだろう? 先ほどの魔獣退治の件は、私とアンディから説明しておくから」
「ありがとうございます! 確かに、“エリアナ”としてここで再会するのは色々とまずいですね。急ぎましょう!」
そうして、私たちは急いで元いた温泉宿に戻った。その後すぐ、王太子一団がやってきても問題ないよう、『侍女・オフィーリア』に変装しておいた。
ケイティも前日と同じような変装をして、突然誰かと出会しても問題ないようにしておいたが、私たちは運良く、王太子と鉢合わせることがなかった。
***
「カイ様、クリス様には何と説明されたのですか?」
「今回現れた魔獣については、私の風魔法で退治したと言っておいたよ。魔石も見せたから、それは事実だと納得しただろう。
ただ、ニール殿は若干噛みついてきたけどな」
「ニール様が?」
「あぁ、『風魔法だけで倒せたのですか?』とな。私達二人では火魔法を扱えないことに気付いて、そう聞いたのだろう。さすがニール殿は頭が切れるな」
「まぁ! それで、どのように説明したのですか?」
「今回は風魔法だけでどうにかなった、でも事前に住民が言っていた魔獣よりやや小さかったように思うと伝えておいたよ。それを聞いて、彼らは一旦村にある領主の館に戻っていった」
「そうだったのですね」
やはりまだ魔獣が出る可能性があるのだろうか……そう不安な気持ちになっていると、カイ様は明るい声で話し始めた。
「まぁ、次にもし魔獣が出ても、ニール殿が倒してくれるかもしれないな。我々は魔獣退治をしたのだから、お腹を満たして温泉に浸かるのはどうだ?」
「賛成です!! でも、何食べましょうかね? ここで出てくる食べ物はいかがでしたか?」
「あーーそれは……」
カイ様とアンディが顔を見合わせる。
あ、これはあんまり美味しくなかったんだろうな。なんとなく察してしまった。
「恐らく、エリアナの予想通りだ。最近エリアナの作るものをよく食べていたせいか、どうも他のご飯が味気なく感じてしまってな」
「もし食材があれば、私の方で料理させて頂けますかね? 働いている皆さんも、魔獣が出た後で落ち着かないでしょうし、私が料理を振る舞いたいです」
「それは良いアイデアだね。でもエリアナも先ほど魔力を使ったんだから、疲れているだろう?」
「大丈夫です! 皆さんの笑顔を見れば私は元気になるので!!」
「ハハッ それは頼もしいな。私から宿屋の主人に頼んでみよう」
その後、カイ様のお陰で宿の料理場に入らせてもらうことができた。
「村で採集した搾りたての牛乳があるなら、バターも作れるわ! 少し手間はかかるけど、じゃがバターを作ろう。あとは王家の食事を真似して牛肉のコンフィ、あとクレソンやトマトも添えて……。温野菜や温泉卵も用意しちゃおう!」
なんだか盛り沢山になってしまったが、ケイティや温泉宿の人にも手伝ってもらい、宿の魔道具も借りて無事作り終えた。それに、パンの方は作り方を覚えたカイ様とアンディが二人で作ってくれた。
「これは、美味しい!! エリアナ様、こんなに美味しいご飯は食べたことがありませんよ。それにレシピまで共有して下さって、本当に宜しかったのですか?」
宿屋の主人が、用意したディナーを食べながら私に問いかけた。他の宿屋の従業員も「美味しい…!」と感動していて、中には涙を浮かべながら食べている者もいた。
「えぇ、もちろんです! この土地で採れる物で作っているので、ぜひまた作ってみてください!」
「本来、レシピは門外不出にする料理人が多い中で、あなたは女神なのだろうか……もしかしたら聖女様かもしれない!」
「フフ、私は聖女ではなく、ただの貴族令嬢のエリアナですよ!」
みんなが喜んでくれて、またポカポカと温かい気持ちになった。あぁ、こうやって笑顔を見れるのが何よりも嬉しい。
ご飯を食べた後、私達は交代で温泉に入って寝る準備をした。私は前世で入った温泉に再び浸かれたことが嬉しく、皆が寝静まった頃にまた一人で入ることにした。
***
「ふぁ〜〜 良いお湯だなぁ。日本に戻ったみたい!」
今日は魔獣退治から始まり、皆に手料理を振る舞って、かなりパワーを使ったので体は疲れてきっていた。お湯の中で脚をググッと伸ばしてみる。
お湯の温かさもあり、血流がどんどん良くなっていくような気がした。すると突然、入り口の方から誰かの声が聞こえてくる。
「あれ、エリアナも入っていたのか?」
「カッ カイ様!?!」
まさかこんな時間に誰かが入ってくるとは思わず、あわあわと取り乱し始める。
前回のシャワールーム事件に続き、腰に布を巻いた状態のカイ様が現れて一気にのぼせそうになった。
「え、ちょ、カイ様、どうされたんですか!? こ、こんな時間に……!」
「ここの温泉がとても気持ち良かったから、また後でゆっくり入ろうと思っていたんだ。混浴の温泉みたいだから、私も入って大丈夫か?」
「は、はい、いいえ? えーと、大丈夫です……」
カイ様が私の様子を見て「クク」と喉の奥を鳴らすようにして笑うと、同じ湯ぶねの中に入ってきた。
先ほど見たカイ様の鍛え抜かれた上半身が目に焼き付いて、ドキドキが止まらない。前世からそうなのだが、私は鍛え抜かれた筋肉に弱いのだ。それを知ってか知らずか、カイ様は突然妙なことを尋ねてきた。
「エリアナは、騎士団長のような男が好みなのか?」
「え? 騎士団長のレオナルド様ですか? そのようなことは言ったことがありませんが、どうしてそう思われたのです?」
「アンディが王太子達の名前を出した時、レオナルド殿の時だけ反応があったように見えたんだ」
「あぁ、それは……」
前世で乙女ゲームをプレイしていた時、もし「推し」と言うならレオナルド様だったなぁと思っていたのだ。ほとんど顔には出ていなかったと思うが、カイ様はそのような微妙な反応さえも読み取ってしまうのかと驚いた。
「いえ、好きとか、そういった感情ではありませんよ。ただ、あのように鍛え抜かれた筋肉は、素晴らしいなと思いまして……ひゃっ!?」
突然ザパッと湯船から立ち上がったカイ様が、何やら焦ったように私を見ている。
「エリアナは、鍛え抜かれた筋肉が好きなのか!?」
「え、えぇ、まぁ、素晴らしいなと思いますが……カイ様の筋肉にも、その……惚れ惚れしていますよ?」
「そうか……」
焦ったかと思いきや、次は安堵したかのように胸を撫で下ろしてまた座る。
カイ様の筋肉を目の前で見て、私はそろそろ熱さも限界に達してしまい、先に上がることにした。
「カイ様、先に上がりますので、その……少し横を向いていて下さいますか?」
「あぁ、分かった」
(時折、嫉妬のような気持ちを向けられて、カイ様に翻弄されているわ……)
こうして少しずつ、私たちの関係は変わりつつあったーー。
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